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少年のお仕事

 「遅いぞ新入りっ!」

 「すみませんっ、ちょっとトラブルがありまして!」

 「そんなことはどうでも良い、さっさと仕事に戻れっ!」

 「はいっ!」


 カードロック・指紋ロック・パスワードロックを外して情報部の部屋に入った少年は、照明はあるものの画面が反射で見にくくならない程度に暗い部屋の、自分の机に向かう。


 スリープ状態のパソコンに12桁のパスワードを一瞬で打ち込み、作業中の画面に帰還した少年は、進捗状況を見て溜息をついた。


 「ネオ、タスク35に介入します」


 静かに呟く声だが、既に付けているヘッドセットが拾って全てのメンツに共有されている。無言を許可と判断して、ネオはタスク35の処理ページに移動した。


 『タスク35、昨日起こった2587番防衛戦線によって減った増援に対する資源の分配と兵力の再編成』


 (彼女が帰還したのも、この2587番防衛戦線なのだろうか……?)


 少年の頭の大半はタスクを終わらせることに向いていたが、片隅では未だに彼女のことを考えていた。


 (2587番防衛戦線……。他の支部の規模縮小で、余った兵力がここの支部に増援として送られてきた直後に、再編する間もなくレオリア帝国が大規模な侵攻作戦に出た防衛戦線……。フリズスキャルヴに対抗するため、今回も一人で数十人を殺せる装備を整えたレオリア軍制圧には、指揮系統の混乱も経て大量の死者が出た。)


 少年の指は高速でキーボードをタイプして、タスクを段々と終了に導いて行く。


 誰もそのスピードを見て、少年が少女の事を考えながら仕事をしているなんて思えないだろう。


 (2587番防衛戦線では、部隊ごと全滅した所も多いって聞いている。彼女がそこの唯一の生き残りだとしたら、彼女を知る手掛かりは一つもなくなってしまう……。そうすると、本当に記憶を取り戻してもらうしか彼女をどうにかする方法が無いなぁ……?)


 そこで。


 少年の指がエンターキーを軽やかに叩き、タスク35を終わらせた。


 少年に対する周りの視線は、尊敬の眼差しの割合が多いことに、少年は気づいているだろうか。


 情報処理能力において、天才的なセンスを持つ人材。


 そういう名目で情報部にスカウトされた少年だが、少年は未だ自分のことを普通レベルの腕としか思っていない、ことになっている。


 「よし、総員話を聞けっ!」


 情報部の部長である彼女の声が、ヘッドセットを通して聞こえた。


 別にここで作業を止めろとは言わない。戦闘を行う部隊では厳しい規律で縛るのは有効だが、情報部ではわざわざ手を止めさせて処理を遅らせる方が非効率的だからだ。


 「目下の問題だったタスク23〜35が全て終了した。これより通常体制に戻る。レオリア帝国は『フリズスキャルヴ』の台頭によって劣勢に追い込まれているが、未だその勢いは健在だ。フリズスキャルヴの技術を盗むため、フリズスキャルヴを停止させるためにスパイが潜入している可能性も否定できない。監視体制を万全にしろ」

 「了解です」


 少年はそっと呟くと、パソコンの画面を切り替えた。


 タスクマネージャーから、メールソフトへと。

 宛先は情報部部長、用件はさっき保護した彼女の事だ。


 『先ほど、第2587番防衛戦線戦場跡地で友軍兵一人を保護しました。しかし、彼女はドッグタグが破損しており、なおかつ記憶喪失になっていたため、情報部の自分が保証人になり管轄することになりました』


 事実のみを簡潔にまとめたメールを情報部部長に送って待つこと数分。


 返信メールには、


 『詳しく聞きたいから今すぐ情報部応接室まで来い』


 と、短く書かれていた。



 ◆  ◆



 「それで? もう一度最初から説明しろ。あ、座っても良いぞ。別に軍紀を乱した訳ではない、私が情報部部長として確認しておきたいだけだからな」


 応接室にたどり着いた少年が最初に対面したのは、そんな言葉だった。


 「ええと……どこから説明すれば良いですか……?」

 「最初から、だな。お前が実際に行ったことだけで良い、それ以外は本人から訊く」

 「わかりました」


 部長のその言葉を聞いて、少年は一度息を吐く。それから、


 「よし、良いぞ」


 部長がICレコーダーを用意し終わってから話しはじめた。





 「なるほど、だいたいわかった。そうだな、とりあえずお前の判断は正しかったと言っておこう」

 「それは助けた方ですか……? それとも保証人の方……?」

 「両方だ」


 部長はよくやった、とばかりに笑みを浮かべ、言葉を続ける。


 「救出の方はもちろん、ドッグタグと記憶の二つが当てにならない以上、不審人物として扱うしかない。ある程度の期間常に監視をして確かめなければいけないところだが、その人選が必要なくなった。無駄が減るのは大いにけっこうだな」

 「ありがとうございます」


 その言葉に照れ臭そうに言う少年に、今度はニヤニヤした笑みを浮かべながら部長は訊いた。


 「で、そんなに可愛い子だったのか?」

 「……っっ!!」


 少年の顔が真っ赤に染まった。


 「部長までそんなこと言うんですか……?」


 恥ずかしそうに言う少年に、部長ははっきりと答える。


 「お前くらいの年代の奴が、私の苦労まで考えて保証人になることを決断していたのなら、それこそおかしいだろう。報告には『彼女』という表記があったし、色恋沙汰に考えた方が面白いからな」

 「面白いってなんですか、面白いって……」


 口を尖らせる少年に、部長はもっともらしい理由を付け加える。


 「なに、実を言うと私もこの後その『彼女』に会いに行くつもりなんでな。どんな子なのか知っておきたいんだよ」

 「うぅぅ……」


 少年は少しの間、そうやって恥ずかしそうにしていたが、部長から放たれる催促と興味の視線に耐え切れずにポツリポツリと白状しはじめた。


 「白色人種(コーカソイド)の、僕と同年代くらいのすごく綺麗な女の子で……。髪の毛は銀白色で、肌は雪みたいに真っ白で……。それでも始めて会う人には警戒して、でも助けてくれた人にはありがとうって言えて……」

 「わかったそれくらいで良い」


 少し苦笑しながら放たれた部長の声に、少年は不思議そうに首を傾げて言葉を止める。


 「私が知りたかったのは、外見と簡単な性格だけだよ。それ以上は先入観になって判断を狂わせかねないからね」

 「はぁ……。じゃあ僕をあそこまで弄る必要は無かったんじゃないですか……?」

 「それはご愛敬って奴だ」


 部長は少年の非難を笑って躱した部長は、今度は真面目な顔になって少年に訊いた。


 「最後に。……どうして基地の外に出た?」


 今までとは打って変わった真剣な態度に、少年は咄嗟に背筋を伸ばす。


 「ええと、ちょっと機嫌が悪かったからです」

 「『彼女』を発見したのは昼過ぎだったな。例の件か」

 「はい」


 部長は大きく息を吐くと、少し語調を荒げて少年に言う。


 「一応表向きは自由時間はなにをしても良いことになっている。基地の建物の外に出ることも自由だ。だがな、戦闘訓練も受けていないお前は、例えフリズスキャルヴの支援を受けていたとしても狙撃弾を避けることは不可能だ。例の件に関するお前の立場を考えろ。お前に死なれたら例の件が進まなくなるだろう。自分が死なれたら困る程度の地位にはいることを自覚しろ」

 「はい……。すみません」


 少ししょんぼりとした様子の少年を見て、部長は満足そうに鼻を鳴らす。


 それから。


 部長はスイッチが切り替わったように立ち上がり、軍隊式に部下へ声をかける。


 「起立っ!」

 「は、はいっ!」


 慌てて立ち上がった少年に向かって、部長は正式な辞令を下した。


 「貴官に帰還兵の監視任務を任ずる! 補助要員については追って連絡する」

 「了解しました!」

 「ついては、事務仕事の任を解く。監視任務と例の件に注力せよ!」

 「はいっ!」


 少年の嬉しそうな返事を聞いて、部長の顔にも笑みが浮かべられた。


 部長のその笑みを見て、少年も嬉しそうな表情を抑え切れなくなってしまう。


 「さて、とりあえず『彼女』に会いに行くか。私からもう一度話も聞きたいしな」


 そう言って、二人は足並みを揃えて救護室に向かった。


 少年は嬉しさを胸に。


 部長は微笑ましさを胸に。


 救護室についた部長は、女性衛生兵の一人に、


 「すまない、情報部なんだが『彼女』に会いたい」


 と言った。


 「『彼女』? ナナちゃんのことですか?」

 「えーと、ネオが助けた子の事なんだが……」

 「ああ、ナナちゃんですね」

 「き、記憶が戻ったのか?」


 部長が慌てて衛生兵に聞く。少年の心の中も穏やかではなかったが、部長の慌てる様子を見て逆に落ち着いた。


 「いえ、名前がないと不便なので便宜上付けているだけです。2587戦線だったので、ナナちゃんって」

 「なるほど……。それで、会えるのか?」

 「あれ? ネオ君から聞いてません? 今薬で眠ってもらってるんで、目覚めるのは多分明日になるかと……」

 「え」


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