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少年と少女の邂逅

 その日は、最悪だった。


 少年は、ムカついた気持ちで基地の外へ出る。


 敵軍が出撃した様子がない今、息抜きに外へ出るも寝ているも、各人の自由だ。


 「くっそ!」


 地面に落ちていた石を思い切り蹴り飛ばす。


 なんとなくその石を目で追ってしまって……少年は戦場を見る。いや、その跡地を、だろうか。


 100メートルほど基地からは離れているが、しかしその血の匂いは消えない。


 遠距離狙撃による脳や心臓への攻撃が行われなくなった……いや、行えなくなった今、死ぬ時は体の各所を貫かれて悶え苦しみながら死ぬのがほとんどだ。だから、血溜まりが出来上がる。必要以上に血が体外に出てしまう。


 沸騰していた頭が、そんな死の光景を見て冷却されてしまった。


 なぜ基地の外に出る人がいないのか、少年はその理由が分かってしまった。


 少年はまだ、戦闘には参加していない。たぶん参加することはないだろう。


 それでも、いやだからこそ、少年はそれをきちんと見るべきだと思った。自分は戦場に出ないからこそ、ここから目を背けるべきではないと、そう思ったのだ。


 「……」


 少年は、目を逸らす事なく戦場を見つめる。



 ◆  ◆



 統一暦××××年、レオリア帝国は全世界に宣戦布告した。


 理由は、時代に逆行するような白色人種(コーカソイド)優良主義に基づく黄色人種(モンゴロイド)黒色人種(ネグロイド)の絶滅または奴隷化。


 それに対して、黄色人種(モンゴロイド)黒色人種(ネグロイド)、さらに白色人種(コーカソイド)の国の半分が連合を作りレオリア帝国と交戦。


 レオリア帝国は白色人種(コーカソイド)のみからなる、世界第二の人口を擁する帝国であり、単騎での連合軍との戦争を可能とした。


 いくらレオリア帝国が大国だからといっても、短期戦で終わると思われたこの人種間戦争だが、ある技術によって長期戦へと移行していく。


 人工衛星による地表のスキャン精度と回数を従来の物より圧倒的に凌駕出来るようにする、繊細制御技術の台頭によって。


 それらの技術は、現代戦で連合軍に味方する『フリズスキャルヴ』というシステムを作り出した。


 地上の人間一人一人を認識し、シュミレーションによってその行動すら予測し攻撃を予言するシステムだ。


 これにより、予測など役に立たないごく近距離戦以外の単純な攻撃によって、死傷者が出る可能性はなくなった。


 『フリズスキャルヴ』を実装した連合軍に対抗するため、来ることが分かっていても避けられない大量破壊兵器をレオリア帝国が投入するようになり、人的被害を恐れる両軍が防戦よりになって1年。


 両軍は、完全に膠着状態になっていた。



 ◆  ◆



 ただ、少年もまさか好き好んで戦場跡地を見ようとは思っていない。目を背けるべきではないと思っているだけだ。


 だから少年も、実際にはすぐに目を逸らそうとした、のだが。


 「……っ!?」


 何かが動いた気がして、少年はもう一度戦場跡地にピントを合わせ直す。


 戦場全体を視野に入れるようにして、全体的に目を凝らす。


 「見間違いだったかな……?」


 少年の視野の中で、戦場が観察されて行く。少しの動きも見逃さないように、集中力が一点ではなく全体に散らばって、でもきちんと持続している状態が保たれる。


 そして。


 「見つけたっ!!」


 少年は、ゆらりと動く生存者の姿を発見した。


 少年は今持っている装備を確認する。


 腰に拳銃が一丁、それだけだが疲れ果てた敵兵を撃ち抜くには十分だろう。


 少年は、腰から拳銃を抜いて右手に持つと、人差し指をぴんとのばしたまま走る。


 遠目から見る感じ、生存者は白人だ。まだ敵味方は分からない。


 いつも運動はあまりしない少年にとって、100メートルの疾走は厳しいものだったので、ブレなく拳銃を保持できる体力を残せる程度にスピードを絞って生存者の元へ向かう。


 「(あの服装は……、連合軍の物だっ! 味方か!)」


 生存者はまだ後ろ姿しか分からなかったが、近づくにつれて分かってきた生存者の恰好から、少年は味方だと判断して拳銃をしまう。


 「大丈夫ですかっ!」


 やっとたどり着いた少年は、生存者に声をかける。近くで見れば、生存者はかなり小柄な方だった。よく100メートルも離れた所から確認できたな、と少年は自分にびっくりする。


 生存者は、少年の声に後ろに振り向こうとして……、緊張の糸が切れたのか、重心のバランスを崩して倒れようとした。


 そこにギリギリ間に合って、生存者を両手で受け止めた少年はしかし、生存者の意外なまでに軽い体重に驚く余裕など持っていなかった。


 なぜなら。


 崩れ落ちるまでの一瞬でちらっと見せたその顔に、衝撃を受けていたからだ。


 今は血と埃で汚れているが、純白の肌。軍服の中に先が仕舞われている髪は銀白で、その指は細く儚げだ。


 少年は、ただ呆然と純白の彼女を見つめることしか出来ない。


 「あ……」


 そんな中、とても軍人には見えない彼女は、一言そう漏らすと意識を失った。



 ◆  ◆



 「生存兵を発見したのかっ! 速く救護室へ連れていってやれ、衛生兵ーっ!」

 「は、はいっ!」


 気を失った少女を背負って基地に戻った少年は、慌ただしく迎えられた。


 基地の道中で次々と道を譲られて、辿り着いた救護室で少女を女性衛生兵の方々に渡した少年は、救護室の廊下に置かれた椅子に座った。


 少女をここまで背負ってきたから疲れていた、という事もあることにはあるが、少年はどうしても少女の傍から離れたくなかったのだ。


 いや。


 少女の事が気になり過ぎていて、離れたくとも離れられない状況だったのかもしれない。


 「大丈夫かな……」


 肘を腿の上に置いて視線を下げたまま、少年はそっと呟く。


 「まぁ大丈夫だろう」

 「うわぁっ!」


 その呟きに、答えが帰って来て少年は、飛び上がるほどに驚いた。


 「おいおいとんだご挨拶だなぁ、新入り。まったく情報部とあろう者がこれくらいで驚くなよ。」

 「先輩、そりゃいきなり隣に座られてたら驚きますよ……。っていうか先輩、分かるんですか?」

 「……お前が背負っているのを後ろから眺めたくらいだがな。目立った外傷もお前の背中が血に濡れている事もない。ただの極度の疲労によって失神しているだけだろうさ」

 「良かった……」


 安堵したように呟く少年を見て、先輩と呼ばれた青年は羨ましそうに苦笑する。


 「さて、お邪魔虫はここでおいとまするよ。おまえらの逢瀬を邪魔する気はないしな」

 「せ、先輩っ!」


 少年が顔を真っ赤にさせて食ってかかる頃には、青年はいつの間にか席を立ち、ひらひらと手を振って立ち去っていた。


 「(そんなんじゃない……のかな……)」


 少年が、青年の言葉によって自分の気持ちを知ろうと思った時。


 ガラッ、と扉が開く音がした。


 慌てて立ち上がって救護室へ視線を向ける少年だが、その顔はすぐに落胆の色に染まる。


 出て来たのは純白の彼女ではなく、黄色人種(モンゴロイド)女性の衛生兵だったからだ。


 しかし、女性衛生兵の方は少年を探していたようでこちらに手招きをする。


 「……なんですか?」

 「君、情報部だよね? ……ちょっとまずいかもしれないのよ」

 「……どうしたんですか?」


 女性衛生兵は周りを見回して人がいない事を確認すると、小声でそれを告げた。


 「あの子、ウチの部隊じゃないでしょ? だからどこの部隊かって訊いたんだけど……。あの子、記憶喪失になっちゃったみたいなのよ……。ドックタグが壊れてるのに」



 ◆  ◆



 ドックタグ。


 軍に入った者なら全員が持っている物で、手の平くらいの金属製のプレートだ。


 そこには自身の名前、部隊名などが刻まれている。つまりはそれを見ればどこの誰かがはっきりする代物なのだが、実際には死亡確認と家族へ送る遺品としてしか使われている所を見たことがない。


 つまりは、記憶喪失と文字の読めないドックタグのコンボは、少女の身元が完全に分からなくなったことを示していた。


 「まだ混乱してるみたいだったから、もう一度寝てもらったんだけど……。ほらみて、このドックタグ。なんかねじ切れたみたいに先端しか残ってないのよ」


 女性衛生兵の案内で、重病者用の個室へ来た少年は、衛生兵がそう言ってサイドテーブルから壊れたドックタグを差し出すのもそっちのけで、少女に釘付けになっていた。


 汚れが落とされて、小綺麗になった少女の顔は、少年には形容できないほど綺麗だった。


 閉じられた瞳は涼やかに、目鼻立ちはすっと通って、赤みの薄い、小ぶりの唇に連なっている。


 その背景を司る肌色は透き通っていると思うほど白く、髪の毛は銀白色に輝いていた。


 「はいはい、見惚れちゃうのは分かるけど、こっちの話を聞いてよね?」

 「あっ、すみません……」


 女性衛生兵の言葉に現実に意識を戻した少年は、少女のドックタグを受け取り視線を向ける。


 女性衛生兵が言うとおり、そのドックタグはまるで強烈な力でねじられたかのような断面を残して、端っこの1センチほどしか残っていなかった。刻印されている文字の痕跡さえ見えない。


 「これじゃ、ドックタグの意味がないですね……」

 「そうでしょ? だから本人の言葉に頼るしかないんだけど、その本人が記憶喪失だとね……。あっ、こらっ!」

 「……?」


 女性衛生兵の奇妙な言動に驚く少年だが、しかしその理由はすぐに明らかになった。


 「とりあえず薬飲んで寝ようって言ったでしょ?」

 「でも……初対面の人に渡された薬なんて……」


 寝ているはずの彼女が、まだ起きてたのだ。


 「ほら、記憶喪失は混乱による一過性の物かもしれないから、そういうときは一回寝て夢という形で記憶の整理をすると治る場合もあるんだから……。とりあえず、一回寝てみよう?」

 「……そちらの人は?」

 「……答えたら寝てくれる?」


 首を横に振る少女に女性衛生兵は溜息をついて、どうするかを訊いてくるように少年の方に顔を向けた。


 「僕はネオ。君を見つけて基地まで運んだんだけど……、覚えてる?」

 「……あ、あなたが助けてくれたのね? あ……ありがとう……。……ごめんなさいなんとなく揺られていた気はするけど、はっきりした記憶はここで目覚めた時からしかないの……」

 「そうなのか……」


 言葉だけ見れば冷静になるよう少年は頑張ったが、少年の中は少女が見せた素直な姿と、恥ずかしそうな姿に心を撃ち抜かれていた。


 「……で、どうするんですか? この子が入隊しているかも確証が取れない状況だと、ここの救護室にいるのもちょっと問題になるかも……」

 「僕が保証人になるよ」

 「「え……?」」


 女性衛生兵と少女が驚いたように声を上げた。


 「一応僕は情報部なんだ、この案件、機密保護の観点からどうせ情報部の扱いになる。僕が保証人になればその辺の問題は大丈夫だと思うから……」

 「はいはい分かりましたよ。上にはそういう風に報告しておきますよ」


 女性衛生兵が半分ニヤニヤした顔で、了承した。


 「なんで……?」


 少女が少年に問い掛けた。


 「なんでそんなにしてくれるの……?」

 「僕がしたいからさ」


 少年は、一瞬さえ考えずに答えた。


 「僕が、君のためにしたいなと思ったんだ」


 少女は、少しの間ぽかんとした様子で少年の顔を見つめていた。


 それから。


 「ありがとう……」


 もう一度、それだけを少年に呟いた。



 ◆  ◆

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