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大胆不敵イリュージョン  作者: みんしぃ
第1章 ビビッドショウタイム
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08話*屋上での攻防

 何かを考える余裕もなく、ただただ全身全霊で窓の外へ向かった。

 アサギの体が猛スピードで地面へ落下してゆく。


 だめだ……!落ちるな……!

 あの動きを、止めなくちゃ……!

 どうか落ちる前に動きを緩めてくれ……!スローモーションみたいに……!



『止まれぇぇえええええっ!!!!』







 ……


 ………ん?


 目の錯覚だろうか。

 アサギの体は、僕のイメージ通りにスローモーションになったように見える。

 ふわりと浮き上がって、そーっと……ビビッドシティの石畳の道へ着地した。



 アサギは、一体何が起こったのか把握しきれないのか、目をぱちくりさせている。



 よ、よかった……

 どうやらアサギは、無事助かったようだ。


「なんだったんだ……?それに、僕はどうしてこんな無謀な飛び降りを……いかん。考えている暇はない。追わなくては!」


 アサギはそう呟くと、ツツジの元へ駆け始めた。

 ツツジは時計塔の方に向かって優雅に飛んでいる。

 まだそれほど高く上昇していないようだ。この空中に浮かんだ体なら、追いつけるかもしれない。

 僕はツツジを追いかけ、青い夜空に飛びたった。


 それにしても、さっきのスローモーションは一体なんだったのだろう。

 とにかく、無我夢中だった。

 必死でアサギが落ちないように念じて、スローモーションになるようにイメージしていた。

 そしてその時は……体中の神経という神経に見えない力が巡り、意識の裏側まで目覚めたような感覚を覚えていた。


 この青白い半透明の体は、実在する人物に声をかけたり、直接触れたりはできなくても、間接的に物事を変えることはできるのかもしれない。

 正しい使い方は、わからない。

 でも、少しでもアサギを助けられる可能性があるのであれば、試してみる価値はある。


 よし……


 頰にあたる生温い夜風が、心地よい。

 物に触れなくても、どうやらこの体は風を感じることはできるらしい。

 空を飛ぶって、こんなに気持ちのいいことだったのか……!

 空から眺めるビビッドシティの街並みは、宝石を散りばめたように輝いている。

 

 追いつかれるという予想をしていないのか、ツツジは余裕たっぷりに夜空を飛んでいた。

 ものの数分で追いついた僕は、ツツジの横に並んで空を飛ぶ。

 その幼く儚い横顔は、満月に照らされて白さを増していた。

 どこか寂しそうに見えるのは、僕の気のせいだろうか。

 羽から流れ落ちる星屑のような鱗粉が、空気に溶け込んでゆく。

 うっかりしていると、その危なげな美しさに呑まれてしまいそうで、少し怖い。


 アサギは今どのあたりだろうか?

 もう時計塔を通り越してしまったけど、ちゃんと追いついているのだろうか?


「待ちたまえ!怪盗ツツジ!!」


 声の方へ振り返ると、さっき不法侵入した屋上にアサギが上ってきたところだった。


「なんでまだ生きているの……」


 ツツジはやれやれといった様子で、溜息をついて振り返った。

 今がチャンスだ!

 アサギの元に、ツツジを誘導しよう。


 ありったけの六感を振り絞って、ツツジが屋上に行くよう念じてみる。


 ……が。ツツジの体は、ピクリとも動かず、羽と髪の毛が風になびいているだけだった。

 なんでだ!?さっきはスローモーションになったのに……!


「もうあなたと遊んでいる暇はないの。さようなら」


 ツツジはくるりと方向転換して、満月の方へ飛んで行こうとしている。

 どうすれば……どうすればいい!!


 そのとき、ビュン!という音とともに、真横を何かが通り過ぎて、ツツジの体にぐるぐると巻き付いた。


「きゃああ!」


 ロープだ。先端に柔らかい鉤爪のようなものがついたロープが、ツツジの体に巻き付いている。どうやらアサギがこんなときのために用意しておいたらしい。


「逃がさないぞ……!」


 アサギはギリギリと歯をくいしばってロープを手繰り寄せていこうとするが、ツツジも負けじと力を振り絞っていた。

 細い腰に巻き付いたロープを取ろうとしながら、アサギの力に負けないよう満月の方へ向かってゆく。


 僕も……僕も何かしなくては!

 きっと、ただ念じただけでは力は作動しないんだ。

 アサギが落下したとき、どうやって作動していたか思い出してみる。


 ……そうか!


 あのとき僕は、アサギの体がスローモーションになるように明確なイメージを思い浮かべていた。

 考えてみればこの青白い体になる直前も、空中に浮かぶようイメージをしていたような気がする。


 ということは……


 ジリジリと綱引きのように引っ張り合うアサギとツツジをしっかりと見る。

 そして、 明確にイメージする。 ものすごい突風で、ツツジの体が吹き飛ぶシーンを……

 体中に、ビリビリと目に見えない力が巡り渡ってゆく……


 今だ!


「っ……!!ひゃ、ひゃあああああ!!」


 やった!

 立っている人がよろめきそうなほどの突風が吹き荒れると、ツツジの体は勢い良く引っ張られて屋上に転げ回った。

 すかさずアサギはツツジを押さえ込んで、ロープでさらに縛り上げていこうとしている。


「やめなさいよ!」

「やめるわけないだろう!」


 ツツジはバタバタともがいているが、力の差では敵わないらしく、あっという間に縛り上げられてしまった。

 小さな体に、太いロープがみっちり食い込んで少し痛そうだ。


「よーし……もう逃がさないぞ……」


 アサギはニヤリと笑みを浮かべると、満足げにロープを縛り終えた。

 ツツジはアサギを忌々しそうに睨んでいる。


「そうやすやすと、私を捕まえられると思わないことね……」


 もがくのをやめたツツジは、じーっとアサギの瞳を見つめ始めた。

 みるみるうちに、躑躅色の瞳が、更に鮮やかな濃い色になってゆく。

 反対にアサギの瞳の色は鮮やかさを失い、どんどんくすんでいってしまった。


 アサギは手の力が抜けてしまったのか、持っていたロープの端をパタリと落とした。

 その隙にツツジはしゅるしゅるとロープを解いてゆき、あっという間に立ち上がって屋上の隅まで移動してしまった。

 ツツジが移動した後、ハッと意識を取り戻したアサギは、大きな声で叫んだ。


「待ちたまえ!!……今、一体僕に何をした?何かの術をかけたのか?」


 ツツジはアサギの言葉でゆっくりと振り向いた。

 屋上で向き合う2人の間に、また緊張が走っている。

 探偵と怪盗という敵対関係でなければ、この美しい夜景によく映える美男美女であろうに。


「……あなたには、関係のないことよ」

「では質問を変えよう。君はどうして人の心を盗むんだ?」

「……」

「君はまだ幼い。今から償えば、こんな夜更けに盗みを働く必要はないんだ。暖かい日差しの下で、健全に生きるべきだ」

「健全、ねぇ……」


  元々の幼い顔立ちがわからないほどの、冷酷な表情を浮かべたツツジは、一歩ずつアサギの方へ歩み寄ってゆく。


「私の生き方に、軽々しく口出ししないでちょうだい」


 睨みもせず、淡々とした口調。

 その冷たい表情の裏には、一体何を抱えているのだろう。

 アサギも僕と同じことを考えているのだろうか。真剣な眼差しでじっとツツジを見つめている。

 そしてゆっくりと、柔らかい声色で話し始めた。


「……そういえば、まだ僕の名前を教えていなかったね。僕だけ君の名前を知っているのは不公平だろう。僕の名前は、アサギ。ビビッドシティで探偵をしているんだ」


 アサギは少しずつ、ツツジのいる屋上の端へ歩み寄ってゆく。


「君は自分のしていることの罪深さがわかっているのか?1番大切な感情を奪われるのは、魂を失うことと同じと言っても過言でない……」


 ついに2人は、触れそうなほど近い距離で向き合った。


「もうこんなことは、やめるんだ」


 アサギは白い手袋を脱ぐと、ツツジへ手を差し伸べた。

 誠実で、真っ直ぐな瞳。

 ほとんどの女性であれば、腰砕けになってしまいそうなのに。


「……あなたみたいな表面だけのお人好し、大っ嫌い」


 伸ばされた手は叩かれ、パシッ!という乾いた音がした。

 アサギは叩かれたことを気にする様子もなく、ただツツジを見つめ続けている。


「さようなら、探偵さん」


 ツツジはそうつぶやくと、月光で透き通ったような羽をはためかせてふたたび空中へ舞った。

 ツツジを捕らえようとしたアサギの手が、むなしく空を切る。



 空中からアサギをじっと見つめ始めたツツジの瞳は、また濃く鮮やかな色に変色していった。


「くっ……!!待てっ……!」


 ツツジの視線で力を失ったのか、アサギは地面にガクリと膝をついてしまった。

 苦しそうに動きを止められた姿は、まるで見えない糸で縛られたようだ。


 ツツジは僕を通り越して満月の方へ向かってゆく。

 さっきみたいに風のイメージをしてみても、思い通りの風は吹いてくれない。

 羽のように軽かった体が、鉛のように重くなってゆく。

 僕の力も、どうやら尽きてしまったらしい。


 ここまで、か……


 ツツジは満月の光にのまれて、その姿をあっさりと消してしまった。

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