05話*不法侵入
警部がありったけの人員を確保すると、都市警察署は警官で埋め尽くされた。
さっきまで淡々としていた署内はガヤガヤとしている。
僕らは変わらず808号室で待機して、予告時間の夜12時に備えていた。
「それにしてもアサギくん。君にはいつかこの件が伝わると思っていたけど……まさかこんなに早く伝わるとはね」
「警部、水臭いじゃないですか。僕には予告状のことを話してくれていてもよかったのに」
「いやー、君に話せば事件解決に繋がるとは思っていたんだけどね……上からの圧力がなかなかスゴくてさ」
「ふむ……何か裏事情でもあるのでしょうか」
「さあね。私には上の人間が何を考えているかなんてサッパリだよ。それはともかく、今夜は君がいてくれるから前よりもうまくいくんじゃないかと期待しているんだ。アサギくん、何か策は練っているのかい?」
「一応、準備はしてあります。必ず捕まえてみせますよ」
アサギはニヤリと不敵な微笑みを浮かべると、窓の外の満月を仰いだ。
ビビッドシティの街並みはいつも通り幻想的に揺らめいていて、これから何か事件が起こりそうにはとても見えない。
「ほう、それは頼もしいね。一体どんな準備を?」
「すみません、警部にも詳しいことはお教えできないのですが……絶対にうまくいきますよ」
アサギはチラリと僕を見ると「大丈夫」と伝えるような表情をした。
……もしかしたら、僕のことを気遣って予知夢のことを伏せてくれたのかもしれない。
「ちぇ、それは残念だ。予告時間まであと2時間か……何かしておくことは?」
「いえ、特に大丈夫です。それより僕らは街の様子をちょっと見てきます。すぐに戻りますから、トープさんのことを宜しく頼みます。行くぞ、リオ」
「えっ僕も行くのか?」
アサギに腕を引っ張られて、僕は都市警察署を出た。
石畳の歩道には、帰路につく人々がポツポツと歩いている。
「さて、夢で見たのはどの辺りかわかるか?僕が蝶を追いかけて倒れたところだ」
「なるほど、予習ってことか」
「そうさ。で、どの辺りだ?」
僕はアサギを連れて中心街の方へ向かった。
中心街のど真ん中にある時計塔広場までたどり着く。
広場は円形になっていて、そこから7つのストリートに枝分かれていた。
「僕らが今歩いてきたバロックストリートからお前は走ってきた。それで、この時計塔の真下で倒れた」
この時計塔広場は有名な待ち合わせ場所になっていて、夜でも人が多い。
7つのストリートにはそれぞれ立派なゲートが建っていて、円形に光る虹みたいだ。
時計塔周りのベンチに座るカップルたちの周りには、ロマンチックな雰囲気が漂っている。
「了解。この辺りを超えてもぶっ倒れないように気をつけるよ。さあ、僕らは退散しよう。恋人たちの愛の囁きを邪魔してはいけないからね」
「警察署に戻るのか?」
「いや、もう一仕事ある。君も一緒に来たまえ」
バロックストリートの真反対にあるサイレントストリートに入ると、そこから更に枝わかれている薄暗い裏路地に入った。
入り組んだ裏路地に人の気配は全くなく、静まり返っている。
「一体何をするんだ?」
「まあ見ていてくれ」
アサギは1つ1つの建物の裏口を念入りにチェックしては、これは違う、惜しい、などブツブツ呟いている。
「むっ!この建物がいいな……」
古ぼけた木造のドアを見つけると、アサギは子供っぽく笑った。
そして、ポケットから細い針金のようなものを出すと、嬉々としてそれを鍵穴に差し込んだ。
「お、おい!何してるんだ!?」
「鍵を開けようとしている」
「なんで!!」
「しっ……あともうちょっとだから……」
カチャ、カチャ、カチャリ……
古いドアはいとも簡単に開けられた。
アサギは何の躊躇いもなく中に入ってゆく。
「うんうん、上出来だ」
「おい……不法侵入だぞ……いいのか?」
僕は外から声をかけた。
さすがに堂々と入る勇気はない。
「大丈夫、どうやらここは空き家のようだ。君も来るといい。まぁ無理にとは言わないが。僕はもうちょっと下見をしてゆくから、来ないのならそこで待っていたまえ」
そう言うとアサギは真っ暗な部屋の奥へとどんどん突き進んで行った。
いや、待っていたほうがいいんだろうけど……
「ーー待てよ!気になるじゃないか!」
慌てて暗闇の中へ突っ込んでゆく。
「ふふ、やっぱり来たか」
暗くて表情は見えないが、きっとアサギはニヤリと笑っているのだろう。
やっぱり、何もかも見透かされている感じがなんかムカつく……
アサギがまたポケットから何かを取り出す音が聞こえてくる。
カチッという音と共に、真っ暗だった部屋が小型ランタンの明かりで照らされた。
「お前のポケットからはなんでも出てくるんだな」
「探偵として必要最低限のものを持ち歩いているだけさ。さあ、先に進もう!」
埃っぽい部屋をどんどん突き進んでゆく。
古ぼけた家具がいくつか置いてあってお化け屋敷みたいだけど、人の気配はない。
もし住人がいたらどうするのかと、内心ヒヤヒヤしていたので、無人なのは幸いだ。
一番奥まで進むと、上へ続く階段が見えてきた。
「この階段を上るぞ。足元に気をつけてくれ」
「言われなくてもわかってるよ」
階段に足を踏み入れると、ギィという嫌な音がたった。
静まり返った部屋に軋む音が響く。
「どこまで行くんだ?」
「1番上まで……大丈夫。そんなに高い建物じゃない」
同じような景色をひたすら上り続けてゆく。
「……はあ……はあ……」
「おや?息切れしているのかい?」
「当たり前だろう!……はあっ……もう8階くらいまで上ったぞ!」
「ふむ。僕はまだ全然大丈夫なんだが」
「くう……」
お前みたいに体力がなくて悪かったな!と言いたいところだったが、そんなことを言っている余裕はなかった。
やっとのことで最上階の12階までたどり着くと、アサギは古ぼけたノブに手をかけた。
「しめた!鍵をかけ忘れているぞ!」
ドアの先に広がっていたのは、だたっぴろい屋上だった。
普段見る街並みを一つ上の目線で見ているようで気分がいい。
埃っぽい空間から解放されて、頰を撫でる春風が心地よかった。
「うん、悪くない眺めだ」
どうやらアサギも心地よいらしく、安らいだ表情で街並みを眺めていた。
本当にこの街の景色は、美しい。
7つに枝別れたストリートから、さらに細かい路地に別れている様は、精巧なミニチュアのようだ。
今は中心街の明かりが目立っているけど、朝になれば遠くの森や湖の神秘的な情景も見られるだろう。
「……そういえば、さっき警部に策を伝えなくてよかったのか?」
フェンスに寄りかかって夜景を眺めているアサギに問いかけた。
「ん……?ああ。君は今まで予知夢のことを秘密にしていたのだし、勝手に話すのはよくないと思ったんでね。それに、嗅覚を麻痺させる薬はなるべく人には飲ませたくないんだ。僕は何回か飲んで試しているから平気だけど、幻覚作用が出たらマズイし……」
「そんなに危険な薬なのか?」
「まぁ、そこそこね。法律スレスレの成分も含んでいるし、警部には知られたくなかったんだ」
あの薬、そんなに危険な薬だったのか……
でも、予知夢のことを黙っていてくれたのはありがたい。人に奇異の目で見られるのは好きじゃないし。
「さあ、これで目的は果たせた。都市警察署まで戻ろう」
「え?これでいいのか?」
「ああ。ツツジが高いところへ逃げた時のことを考えて、少しでも追いつけるようにね。鍵を開けておくだけでだいぶスムーズだ」
なるほどね。
僕1人だったらそんなことまで頭が回っただろうか?
学園長にしろ警部にしろ、アサギをちやほやするのもわからなくはない。
「ぼやぼやしていると置いていくぞ!」
僕がもたもたとしていると、アサギはもう階段を降り始めていた。
ここからもあの時計塔が見える。時刻はもう11時を指していた。
予告時間まで、あと1時間……




