03話*液体薬で乾杯
「おい、どうして僕も一緒に行く流れになっているんだ?」
トープさんと学園長が部屋を出た後、即座にアサギへ詰め寄った。
「いやあ、勝手に話を進めてすまないね。でも、君も行く必要があると思ったんだよ。このカード……君は見たことがあるんだろう?」
なんで。
なんでそう簡単に見破られてしまうんだ……
「君の表情を見ればわかるさ。カードを見たときのあの驚きようときたら……僕じゃなくても、大体の人がわかるだろうさ」
「ふん……カードを見たことがあるというより、この蝶を見たことがあるんだ」
「ほう?どこで見た?」
「今朝見た夢の中」
その答えを聞くと、アサギは子供のように興味津々な表情を浮かべた。
「今朝見た夢の話はまだ聞いてなかったね。詳しく聞いても?」
どうしよう。
夢の内容をありのままに話していいのだろうか。
「どうした?僕には話せないような内容なのか?」
浅葱色の真っ直ぐな瞳が僕を見透かしてくる。
「お前には、言えないよ…… 」
僕の夢の通りになってしまうと、お前はこの蝶を追いかけているうちに、苦しみだして、死ぬんだぞ。
人気のない、静かな時計塔広場で……
夢の中の時計塔の針は、真夜中12時過ぎを指していた。
ということは……あとたったの6時間の命だ。
そんなことを僕の口から伝えていいのか……?
僕がどう伝えるべきか悩んでいるうちに、アサギの淡々とした声が部屋に響いた。
「……僕が死ぬ夢を見たんだな?」
ミステリー研究部の空気が、しんと静まりかえる。
部屋に入ったときは音を立てて沸騰していたフラスコも、今ではすっかり冷え切って、湯気が立っていた形跡も無い。
アサギは先ほどまでの子供っぽい表情と打って変わって、真剣そのものの表情をしている。
「リオ、そうなんだう?君がこれまで見てきた予知夢は、良くない出来事を当てる夢しかなかった。君がそこまで言うのを躊躇うということは……僕がかなり悪い出来事に遭遇する夢を見たと考えるのが正しいだろう。他の人物にとって良くない出来事の夢だったら、僕に言うのを躊躇う必要ない」
「……」
「君は今まで予知夢の内容を誰にも話したことがなかったんだろう?だとしたら、このタイミングで話すべきだ。少しでも情報がほしいんだ。頼む」
曇りのない視線が、痛いほど突き刺さる。
「……わかったよ」
僕は改めて説明を始めた。
満月で照らされたビビッドシティの街並み。
アサギが蝶を追いかけて息絶えたこと。
芳しい蜜の香りで麻痺したような感覚……
一部始終を事細かに話した。
「なるほど……リオが僕を最初に見たとき、驚いた表情をしていたのは夢のせいだったのか」
「驚いた表情なんて、していたつもりなかったんだけど……」
「はは、リオは本当にわかりやすいよ」
自分が死ぬ予知夢の話を聞いたというのに、アサギはあっけらかんとしている。
僕なら……突然もうすぐ死ぬと言われたら、どうするだろうか。
あまりにも現実味がなさすぎて、どういう心境か想像できない。
「その夢は、今夜の出来事を示唆しているんだろうな」
アサギは正面の大きな窓の前に立ち、満月を仰ぎながら言った。
「今夜は丁度満月……きっとこの後、夢と同じように蝶が現れるのだろう。夢に出てきた蝶と、予告状の蝶が同じ蝶ということは、蝶は予告状を送ってきた人物に繋がる糸口だと考えられる。君が夢に見たんだ。間違いない」
アサギは自信たっぷりに言い切ると、実験道具の後ろにある薬棚を開いて、何かをごそごそと探しはじめた。
……待てよ。アサギが予知夢のことを当然のように信じていることに、疑問が湧いてきた。
「僕の夢のこと、信じてくれるのか?」
「ん?そりゃ信じるさ」
「……何故だ?さっき出会ったばかりじゃないか。予知夢なんて嘘くさいこと、普通の人は信じないぞ?僕の話は、面白半分に聞いていたんじゃないのか?」
「…………フフッ」
アサギは薬棚を閉じると、振り向いて春風のような微笑みを浮かべた。
手には薬棚から出した茶色い瓶を持っている。
「人が嘘をついているかどうかなんて、瞳を見ればわかる」
「瞳を……?」
「そうさ。嘘をついている人の瞳は、無意識に右上を向きやすい……瞳以外にも、動きがソワソワしたりとか……見破る方法は沢山ある。僕は普通の人よりもちょっとばかし観察するのがうまいんでね。それに、君が予知夢のことを話してくれたのは、僕が次々と質問を投げかけたからだろう?嘘をつく奴は、その嘘がバレないように必要以上の情報をペラペラと勝手に与えてくるのさ」
アサギは茶色い瓶の蓋を開けると、透明なグラスに瓶の中身を注ぎはじめた。
とろみのある毒々しい青色の液体が、ゆっくりとグラスにまとわりついてゆく。
「だからリオ。僕は君のことを信じる」
青色の液体をグラス半分くらいまで入れると、手の動きを止めて僕と視線を合わせてきた。
アサギの瞳は、何もかも見透かしてしまうのだろうか。
こんなに清らかで強い瞳、今まで見たことがない。
キザったらしいし、ちょっと偉そうだけど、悪いやつではないのかもな……
「君のことを信じたから、この薬を作っているんだ」
アサギは茶色い瓶を薬棚に戻すと、また別の瓶を取り出した。
今度は紫色の瓶で、さっきの瓶よりも怪しい雰囲気が増している。
「一体何の薬を作っているんだ?」
「嗅覚を麻痺させる薬」
「ええっ?なんだってそんなものを……」
紫色の瓶から出てきたのは、粉砂糖のような白い粉末で、瓶の見た目ほど害は無さそうに見える。
それを大量に振り掛けると、匙でぐるぐると混ぜ始めた。
「夢の中で、蜜のような甘い香りが脳を麻痺させたと言っていたね?」
「うん」
「あくまで推測に過ぎないけど、この予告状を送ってきたツツジという人物は、特殊な香りで思考を鈍らせて、その隙にトープさんの心を奪ってゆくつもりなんじゃないかな……心を奪うってのもなんだか曖昧で、掴めないがね。暴力を振るう比喩なのかもしれないし、体ごと攫ってゆく可能性だってある」
青色の液体と、白い粉末が混ざってゆく。
液体は相当粘り気があるらしく、ねちゃねちゃと音を立てている。
混ざってゆくごとに、青だった液体は鮮やかな緑に変色していった。
「ツツジが特殊な香りを使ってくるのであれば、こちらは予め嗅覚が効かないようにしておけばいい。そうすれば、正常な頭でツツジを追えるだろう。この薬を飲めば、嗅覚から入ってくる毒は効かなくなる」
液体が完全に緑に変色すると、今度は水のように透明でサラリとした液体を注ぎ始めた。
液体と液体が触れあった瞬間、グラスからシューっと音を立てて煙が立った。
「でも、僕の見た夢の通りになっちゃうと、お前は死ぬことになるよ?」
「大丈夫。君の見た夢は、今回初めて外れるだろう」
緑色の液体は鮮やかさを更に強め、ぼんやりとした光を帯び始めた。
粘り気が無くなって、さっきよりも飲みやすそうに見える。
「外れる……?さっき僕の夢を信じると言ったじゃないか」
「いや、信じていることは間違いない。ただ、君は他人に夢の話をしたことが無いと言ったな?」
「うん」
「今までの予知夢は、君が誰にも話さずにいたから夢の通りに起こったのだと思う。でも、今回は違う。君は僕に夢のことを正確に話してくれた。そのおかげで、僕はこうして対策を練れる。つまり、未来を変えられるかもしれない。トープさんは被害に遭わず、ツツジを捕まえられるかもしれない。そして、僕も死なない」
「……そういうことか」
「もし君が夢のことを話さなかったら……僕はトープさんと2人で警察に行って、そのまま夢の通り地面に倒れることになっただろうさ」
アサギはもう1つグラスを用意すると、そっちには何の変哲もないジュースを注いで、僕に差し出した。
「さあ、乾杯しよう」
「待てよ。僕はその薬を飲まなくていいのか?」
「ほう、飲んでくれる気があるのか?」
「お前は僕の夢を信じてそれを作ったんだ……僕も薬を飲む義理がある」
「……君は不器用なだけで優しいんだな。その優しさをもっと表面に出せば今までも友達ができただろうに」
「お前、一言多いぞ……」
「君と話していると、つい揶揄いたくなってしまうみたいだ。気持ちはありがたいが、君はそのジュースを飲んでくれ。この薬は人によっては副作用が出るし、めちゃくちゃマズイんだ……それじゃ、乾杯しよう!乾杯!」
煙立つ怪しい薬をアサギは一気に飲み干した。
僕もつられてジュースを飲み干す。
うん、こっちは普通に美味しいジュースだ。
「……ううっ」
アサギの顔色はみるみる悪くなってゆく。
さっきまでのニヤニヤした表情と一変して、今にも吐き出しそうだ。
「ああ、流石にこの薬は美味しいとは言えないなぁ……」
「そんなにマズイのか?」
「ドブと胃液を混ぜたような味だよ」
アサギは緑色に変色した舌をベーッと見せると、心の底から苦そうな顔をした。
うん、飲まなくてよかったな……
「さて、もうそろそろ待ち合わせ場所へ行かなくてはね。さっきはリオも一緒に行く流れで勝手に話してしまったが……もしも嫌ならそのまま帰ってもらって構わない。でも、リオは見届けるべきだと思うんだ。リオの見た夢が現実になるのか、それとも僕が未来を変えるのか……僕個人としても、リオに来てもらえれば心強い。決めるのはリオ自身だ。どうする?」
何もかも見透かしてしまいそうな瞳が見つめてくる。
僕が心の奥底にずっとしまいこんでいた闇まで、わかっているかのように……
いつも予知夢を見たあと、自己嫌悪になっていた。
悪い未来になると知っていても、何もできない自分に苛立つばかり。
それに気づかないフリをして、なるべく人と関わらないように生きてきた。
今朝見た夢の感覚は、間違いなく予知夢だ。確信が持てる。
今まで通りであれば、確定された未来だ。アサギは死ぬ。
でも……もしかしたら……
「安心しろ。僕は絶対に死なない。約束しよう」
その一言で、僕らの間に見えない線のようなものが繋がった気がした。
アサギは僕の予知夢を信じてくれた。
僕も……アサギのことを信じてみてもいいのかもしれない。
「わかった。僕も行こう。僕が見た予知夢だ。お前が未来を変えられるかどうか、見届けてやるよ。それに……こうして話し込んでしまった以上、お前には死んでほしくないし。僕もできるかぎりのことはする」
アサギは僕の言葉でニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃね」




