02話*奇妙な予告状
この部屋を訪れてから何時間くらい経っただろうか。
小さい頃から見ている予知夢の話を、アサギは興味深そうに根堀り葉掘り聞いてきた。
「ふむ……本当に興味深いな。予知夢というのは」
「まあ、見ない人間にとってはそうだろうね」
「予知夢ってのは、見たときにわかるものなのか?普通の夢とは違う感覚なのか?」
「うん、そうだね。普通の夢とは違う」
訪れたときは黄昏だった窓の外は、もうミッドナイトブルーに染まっていた。
長いこと話をしているというのに、アサギは全く飽きない様子で質問を続けてくる。
「普通の夢とどう違う感覚なんだ?」
「そうだな……普通の夢を見ている時は、それが夢だってことに気づかないし、起きた後もあんまり覚えていないんだ。でも、予知夢のときは、夢を見ている時点で夢だということに気がつく。起きた後も、はっきりと夢の内容を覚えているな」
「ほほう」
「夢にしてはやけに鮮明で、六感が冴えるというか……そんな感覚になる。他人にはこの感覚はわからないと思うけど……そんな感じ」
「ふーむ」
アサギはニヤニヤと嬉しそうな表情を浮かべている。
自分の今まで知らなかった情報を得て嬉しいのだろうか。
鹿撃ち帽のつばをそわそわと触って、室内をうろうろ歩いている。
「さっきから僕の夢の話ばかりで不公平だ。こっちからも質問させてもらおう」
「ふむ、確かに僕が聞いてばかりだったな。質問というと?」
「この部屋は一体なんなんだ?」
「ああ、この部屋のことか」
アサギは大きな窓の前にある肘掛け椅子に腰掛けると、窓の外を眺めながら話を始めた。
「ここは……ミステリー研究部だ。名前どおりに、ミステリー小説などを読んで研究する部だ。表向きはね」
「表向き?ということは、本当は何なんだ?」
「おや?本当に知らないのか……どうやら君はこの学園の内部事情に相当疎いらしい。他の学生は大体知っていると思うのだが」
「悪かったな!いつも学生とはほとんど話さず、授業が終わったらすぐに家に帰っているんでね」
アサギは呆れた様子で溜め息をついた。
「ジャスパー先生が心配するのも無理ないな……ここは、僕の探偵事務所みたいなところだと思ってくれたらいい」
「探偵事務所……?」
「ああ。僕は学生としてここに通いつつ、探偵としても仕事をしているのさ……変な出来事とか、失踪者を探して欲しいとか、暴行事件の犯人を探してほしいとか……自分1人じゃ解決できないようなこととか、警察でも解決できなかった事件を抱えている人がここに来る。学園関係者から外部の人まで、いろんな人がね」
「ふうん?お前が探偵ということはわかったけど、どうしてここを探偵事務所にしているんだ?」
「それはまぁ色々な事情が絡んでいて、話すと長くなるんだが……む、足音が聞こえてくるな。どうやら依頼人がお見えになったようだ」
乾いたノック音が室内に響く。
どうぞ、というアサギの返事を終えないうちに、ものすごい勢いで扉が開いた。
扉を開けた人物は、学園の内部事情に疎い僕でも流石に分かる人物だった。
「これはこれは学園長。ようこそおいでくださいました」
「アサギくん!何のんびりしているんだ!事件だよ!じ・け・ん!」
「それはそうでしょうねぇ。僕のところにいらしたということは」
大柄な学園長は、ブロンズ色の巻き毛をキラキラと光らせていた。
もちろん僕は直接話をしたことはない。
普通の人は中々着ないであろう派手な黄色いスーツを着こなしていて、その存在感はこの部屋を圧迫しそうなほどだ。
「まあ、そんなに興奮しないでくださいよ。事件とは一体?」
「うむ、それはな……トープくん。君から説明したほうがいいんじゃないかね?」
学園長の言葉で、後ろに隠れていた女性がおずおずと出てきた。
トープと呼ばれたその人は、灰色がかった茶髪のロングヘアで、メガネをかけた、いかにも真面目そうな人だった。
どこかで見たことがあるような気もするけど、どこで見たんだっけ……
僕が思い出そうとしていると、アサギが爽やかに声をかけた。
「あなたは学園図書室司書のトープさんですよね?」
「まあ……私をご存知で?」
「もちろん。僕はこの学園の人物のことは大体把握しているつもりです。それにあなたのように美しい人のことは、一度見れば忘れはしません」
アサギの一言でトープさんは湯気が出そうなほど顔を赤くした。
アサギめ。自分がかっこいいことを分かっていて歯の浮くようなセリフを言っているのだろうか。
「先ほど、園長先生が図書館にいらして、本棚の案内を頼まれたのです。案内を終えて司書席に戻ってみると、この奇妙なカードが置いてあって……」
ハガキサイズほどのカードをアサギに手渡したトープさんは、まだ赤みのとれない頰を落ち着かせるように深呼吸をしている。
カードを受け取ったアサギは礼を言うと、にこやかな表情から打って変わって、鋭く真剣な眼差しでカードを見つめ始めた。
「あの、僕も見ていいですか?」
「あ、どうぞご覧になってくださいまし」
トープさんに許可をとって、アサギの横からカードを覗き込んでみる。
「……!」
そこには、今朝の夢の中で、ひらりひらりと満月に向かって飛んでいった蝶が描かれていた。
そうだ。間違いない。この蝶……
躑躅色の蝶は、紙に描かれているものとは思えないほど透明な輝きを放っていて、今にも羽ばたきそうだ。
「リオ、どうした?」
アサギがキリリとした目つきでこちらを見てきた。
「いや、なんでもないんだ……それより、裏面も見てみよう」
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予告状
トープ様
今宵、0の鐘が響く時、あなたの心を奪いに参ります。
1番大切な感情を今のうちに噛み締めておくことをお勧めします。
怪盗ツツジ
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「ふむ。確かに奇妙なカードだ。これを受け取ったのはついさっきのことですよね?」
「そうですわ。これを見つけたとき、園長先生も一緒におりましたので……ここに来ればなんとかしてくれると、園長先生の提案でここにきたのです」
「アサギくん、これをどう思う?ただの悪戯にしては、やけに凝っているような気がするんだが……」
「そうですね……トープさん、最近ストーカー被害などは受けていませんか?ストーカーとまでいかなくても、誰かに言い寄られたりとかは?」
「そんな出来事は全くありませんわ。私みたいな地味な女に目を向ける人なんて、全然……」
アサギは鹿撃ち帽のつばを触りながら、ソワソワと歩き始めた。
「学園長とトープさんが席を外している間、生徒が来た可能性は?」
「それは無いと思うな」
学園長がはっきりと言った。
「トープくんに案内してもらった本棚は、司書席から近かったし、生徒が来れば足音でわかっただろう。なあ、トープくん?」
「ええ、そうでした。それに、園長先生が来る前は、確実にこんなカードは置いてありませんでしたわ」
「なるほど……ますます奇妙だ」
アサギは誰とも目を合わさず、カードを見つめたまま言った。
「何かあってからでは遅い。都市警察に相談しましょう。僕も一緒に行きます」
「そんな、警察だなんて。ただの悪戯では無いのでしょうか?」
トープさんは意外と平気そうにしている。
「その可能性も無くはないですが……あなたのように若い女性に届けられたとなると、ストーカーが送ってきた可能性もある。今夜何か仕掛けてくるかもしれません。失礼ですが、どなたか一緒に暮らしている方は?」
「いえ、1人暮らしですわ」
「でしたら、やはり警察に行きましょう。カードを持って行って見せたほうが話が早い。幸い都市警察署には僕の顔見知りの警部がいますので」
「そんな……わざわざアサギさんに一緒に行ってもらうなんて、申し訳ないですわ」
「トープさん、あなたは先ほど自分のことを地味な女と表現していましたが、派手な女性よりも、あなたのように大人しい女性のほうが変質者に狙われることが多いのですよ。それに、あなたは自分が思っている以上に、お美しい」
またアサギの歯の浮くようなセリフで、トープさんは顔を真っ赤にした。
よくあんなにスラスラと褒められるもんだ。
僕には到底できない……
「美しい、なんてそんな……でも、あなたが一緒に行ってくださるのであれば心強いです。お願いしてもよろしいですか?」
「もちろん!僕と彼はここで支度をしたいので、30分後に西棟1階のエントランスで待ち合わせましょう」
彼……?学園長のことか……?
「学園長はお仕事もあるでしょうから、僕ら3人で参ります。僕だけの力でなんとかできなくて、申し訳ないです」
「いやいや!君が力になってくれればトープくんも安心だろう!頼りにしてるよ!アサギ探偵!あと30分か。トープくん、1人じゃ心配だろうから、園長室でお茶でも飲まないか?」
「園長先生、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。それではアサギさん。よろしくお願いいたします。それと……ごめんなさい。あなたのお名前を伺っても?」
トープさんは遠慮がちに僕のほうを向いて聞いてきた。
「あ、ご挨拶遅れてごめんなさい。2年生のリオです」
「リオさん。よろしくお願いいたします」
トープさんはぺこりと頭をさげると、学園長と共に部室から去っていった。
なんか、僕も一緒に行く流れに自然となっていたけど……一体どういうつもりなんだ?




