16話*ハミングストリートにて
ミモザという子が逃げ去ってから、僕はひたすら妖精に関する本を探した。
しかし、それらしき本は見つからず、アサギの元へ戻ってきている。
「おーいアサギー。もう疲れた。休憩しないか?」
「もう疲れたのか? ちょっと早すぎるぞ」
「だって、こんなに膨大な量の本……ひとつずつ中身を確認して戻すだけでも疲れるって」
「まったく、君は体力がないな」
「お前が異常なんだよ。ほら、窓の外見ろよ。もうすっかり日が暮れてるぞ」
「おや、本当だな」
アサギはずっと本に目線を向けていたが、僕の言葉で窓を見上げた。
「すまない。こうして調べ物をしていると、時間を忘れてしまってね」
「その集中力はすごいと思うけどさ、僕はもう無理だよ。疲れたし、お腹減ったし」
「そうだな。今日のところは諦めて帰ろうか」
***
学園を出て、下り坂の並木道を歩いてゆく。
お腹へったし、腕は本の持ちすぎで痛いし、なんだかクタクタだ……
「そうだ……ちょっとこの後、寄り道していかないか?」
隣に並んで歩くアサギは、まったく疲れていない様子で声をかけてきた。
「寄り道? 疲れたし早く帰りたいんだけど」
「でも、夕食の支度をするのも面倒だろう?」
「う、それは確かに……」
「たまには学生らしく、買い食いでもしようじゃないか!」
「買い食い? 一体どこで?」
「ハミングストリートさ! ついてきたまえ」
アサギはウキウキと鼻歌を歌い始めた。
ったく……アサギのあの体力、僕にもあったらいいのに。
***
ビビッドシティの中央広場から枝分かれている、7つのストリート。
その中で1番賑わっているのが、ハミングストリートだ。
ここは毎日お祭り騒ぎで、大道芸人たちがジャグリングをしたり、火を吹いたりしている。
ゲートには三角のガーランドがつるされて、人々の訪れを歓迎していた。
「それにしてもすごい人だな……」
「リオはここに来るのは初めてかい?」
「うーん。小さい頃に来たかもしれないけど、大きくなってからは初めてだな」
「そうか。ここの屋台に美味しいチェリーシュゼットを出す店があるんだ」
「チェリーシュゼット? なんだそれ?」
「まあ見てみればわかるさ」
チェリーシュゼットの屋台前も、多くの人で賑わっている。
屋台はピンクと白のファンシーな雰囲気で統一されていて、女の子受けしそうだ。
「おう! アサギ兄ちゃんじゃねぇか! いらっしゃい!」
「店主さん、こんばんは。チェリーシュゼット2つください」
「あいよ! 珍しいねぇ、友達連れてくるなんて!」
外装のファンシーな雰囲気と正反対のいかつい店主のおっちゃんは、愛想良く挨拶しながら、手際よくフランベをしている。
なるほど。フランベするときに火がウワッと盛り上がるところも、パフォーマンスの一種になるんだろうな。
「はいお待ち! チェリーシュゼットだよ!」
チェリーシュゼットというのは、チェリー風味の熱いカラメルソースがかかったクレープのことらしい。
使い捨ての紙皿に盛り付けられたクレープに、小さなチェリーとクリームが可愛らしく盛り付けられている。
「なんだこのファンシーな食べ物は……」
「かわいいだろう? 美味しいから食べてみたまえ」
「い、いただきます……」
……!
うわああっ……
ふわっと、柔らかい食感に、カラメルとチェリーがうまく溶け合った風味……
お、美味しすぎる!!
「……リオ。ずいぶん幸せそうな表情で食べるんだな」
「へ……?」
「お、美味しすぎる!! って、顔に書いてあるぞ」
「そ、そんな……そうかな?」
「うん。リオのそういう、わかりやすいところ、いいよな」
「な……だって美味しいから……しょうがないじゃないか!」
「本当に、ここのチェリーシュゼットは絶品ですよね!」
「えっ?」
聞き覚えのある声で振り返ると、ジャスパー先生がにこにこしながらチェリーシュゼットを頬張っていた。
「じゃ、ジャスパー先生!? なんでここに?」
「仕事終わりの楽しみと言えば買い食い。買い食いといえばハミングストリート。ハミングストリートと言えばチェリーシュゼット! ですよ!」
「は、はぁ」
「お二人もここのチェリーシュゼットがお目当てで?」
「ええ。二人で調べ物をしてたら、お腹が空いてしまって。僕がリオを誘ったんです」
「そうでしたか。順調に仲良くなっているようで、何よりです。ぱくぱく……」
ジャスパー先生はぺろりとチェリーシュゼットを平らげた。
なんてスピード! チェリーシュゼット吸い込み機だ……
「ふーっ。今日も美味しかったです! マスター!」
「おう、先生! ありがとね! また来てくれよな!」
先生は店主のおっちゃんに声をかけると、チェリーシュゼットの入っていた紙皿をゴミ箱に捨てた。
「さて、あとは若い人同士……ハミングストリートを楽しんでください。あ、先生として一応忠告しておきますが、あまり遅くならないように!」
「あ、はい……」
「では、アサギくん。リオくん。また明日!」
ジャスパー先生はセンター分けの髪の毛を揺らして、ハミングストリートの人混みの中に消えていった。
「先生の食べっぷりに圧倒されてしまったね」
「う、うん」
僕らのチェリーシュゼットは、まだ半分以上残っている。
正直、さっきから立ったままで足が痛い。
アサギに座って食べることを提案して、ストリートの端にあるベンチにようやく腰を下ろした。
こうして多くの人で賑わうところで食べるのも、たまには悪くないな。
「一体何しにこんな多くの人が来るんだろうなぁ」
「もちろん、大道芸や屋台を楽しみにしている人もいるだろうけど、大半はサーカス目当てだろう」
「ああ、サーカスって……あの、メノウ一座だろう?」
「そう。最近やっている演目、好評だからな」
メノウ一座は、僕でも知ってる有名なサーカス団だ。
世にも不思議な獣や、緑色の炎が竜巻のように巻き上がるパフォーマンスがあるらしい。
ちょっと前までは人気が下火になっていたが、最近また勢いを取り戻しているという。
「そうだ……ジャスパー先生のことなんだが」
アサギはチェリーシュゼットを食べ終わったらしい。
「うん? ジャスパー先生、本当にいい食べっぷりだったよな」
「いや、それもそうなんだが……リオ。ジャスパー先生には気をつけたほうがいい」
アサギの声のトーンがいつもより低い。
この声色は……真剣に話しているときのトーンだ。
「気をつけるって……なんで? いい先生じゃないか」
「ああ。いい先生だとは思うよ。ただ、僕らは今後、大人の男性で、魔術に詳しい人物には気をつけていかないといけないんだ。昨日話していただろう? ツツジを操っているのは、男で、魔術に長けた人物だって」
「あ……」
「残念ながら、ジャスパー先生はその条件にぴったり当てはまる」
「で、でも……! 夢で聞いた声は……ジャスパー先生の声じゃなかった……と、思うんだけど……」
「本当に? 自信を持ってそう言い切れるかい?」
「う……ごめん。正直、音に関しては、そこまで自信持てない……見た映像ならはっきり覚えているんだけど」
「そうだろう? それに、声色なんて簡単に変えられるからな。外では仮の声で話している可能性もある」
ジャスパー先生がツツジを操っている可能性なんて、考えもしなかった。
いつも一人でいた僕に、優しくしてくれたジャスパー先生が、そんなことするはずは……
「おいおい、そんな顔するなよ。魔術に詳しい男なんて、たくさんいる。ジャスパー先生だけじゃない。あの学園の男性講師は、みんな当てはまると言っていい。これからは、先生たちの行動にも目を光らせていかなくては……といっても、それをするのは僕の役目だ。リオはいつも通りに振舞ってくれればいい。ただ、危ないことをされそうになったら、すぐにテレパストーンで知らせるんだ。いいな?」
「う、うん……」
「ほらほら、そんなにしょぼくれないでくれ。チェリーシュゼットが冷めてしまうぞ」
「あ、そうだった!」
うん……チェリーシュゼット、美味しい。
大丈夫。ジャスパー先生は、優しい人だ。
あんなに優しい人が、罪を犯しているなんて……ありえないよな。
ジャスパー先生は、たまたま条件に当てはまるだけだ。
あまり考えすぎないようにしよう。
チェリーシュゼットを食べ終わると、僕らはハミングストリートを後にした。
寝支度を調えてベッドに横たわると、今日起こった出来事が次々と頭に浮かんでくる。
テレパストーン、ミモザという女の子、妖精の本、チェリーシュゼット。
どの出来事も、アサギと出会わなかったら体験していなかっただろう。
そして……ジャスパー先生のことを、疑うこともなかっただろう。
だめだ。
もし、ジャスパー先生がツツジを操っている人物の正体だとしたら?
そんなことばかり考えてしまう。
魔術に詳しい男なんて、ビビッドシティに山ほどいるんだぞ。アサギもそう言ってたじゃないか。
何も考えないようにして、早く眠ろう……
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて第2章は終了となります。
第3章はイベントが落ち着き次第の更新となりそうなので、5月以降になるかと思います。
必ず完結させるので、どうぞよろしくお願いします。
・次回参加イベントお知らせ
4/30のM3にて、音楽+物語の作品を出す予定です。
よかったらウェブサイトもご覧くださいませ。
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