14話*ミモザ
「ようこそ我が探偵事務所へ!」
本棚の隙間からそっと様子を覗いてみると、黄色い髪の女の子がペコッと礼をするのが見えた。
「アサギ先輩、お久しぶりです。あの……1年前はお世話になりました。ミモザです」
「ん……? ああ! ミモザくんか! すまない。ずいぶん見違えたからわからなかったよ。まあ掛けたまえ。今ちょうどお湯を沸かしていたところなんだ。お茶でもどうだい?」
「あっ。ありがとうございます」
ミモザと呼ばれた女の子は来客用の赤いベルベッドソファに腰掛けた。
髪と同じ黄色い瞳が見える。ツツジを見たときも、かなり美少女だと思ったけど、この子もかわいい子だな。
今時の女の子って感じのかわいらしさだ。
「この学園に無事合格したんだね。おめでとう」
「ありがとうございます。たくさんお勉強して、ギリギリ合格って感じでしたけど」
「なに、勉強なんてこれからしていけばいいものさ」
いわゆるボブって髪型なのかな。くるくるとしてふんわりとした髪型が、よく似合ってる。
服装も女の子らしい。腰の辺りがぎゅっと締まったミニスカートで、ブラウスにはかわいらしいフリルのリボンがついている。
「それで、今日はどんな用で?」
「はい……探してほしい人がいるんです」
「ほう。さ、お茶が入ったよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
女の子はぺこりと頭を下げた。
うーん。仕草がいちいちナチュラル系って感じだ。天然っぽいっていうか。
「おい。こそこそしてないで出てきたらどうだ?」
ぎく。
お茶を出していたアサギがくるりと振り返った。
おいでおいで、と手招きをしている。
ま、このままあの子の話を盗み聞きするのも良くないか。
「いや、ごめん。盗み聞きするつもりは無かったんだけどさーー」
「きゃああああっ!」
僕が本棚から出た瞬間、女の子はものすごい勢いで立ち上がった。
顏は一気に紅潮し、湯気が出そうだ。
「ど、どうしたの?」
「ああああの! 失礼しますっ!」
「えっ! ええ?」
高速でおじぎをすると、ドビュン! という効果音がつきそうな勢いで逃げ出していった。
な、何故だ……
僕の顏を見た途端、あんなに顔色を変えて。
「僕、何かしたかな?」
「いや、何も」
「僕の顏、何かついてる?」
「いや、何も」
「そうかい……」
「でも彼女がどうして逃げ出していったのかはわかるぞ」
「ええ! なんでだ!」
「ふふ……なんでだと思う? リオもちょっとは考えてみたまえ」
うーん……
僕の顏を見た途端ってことは、やっぱり僕の姿が不快だったってことだよな?
「わかった! 変質者に覗き見されてると思ってびっくりしたとか!」
僕の回答を聞くと、アサギはやれやれと溜息をついた。
くっ。なんかむかつく……!
「ハズレだ。まぁ確かにびっくりはしただろうけど、君は幼すぎて変質者には見えないよ」
「わるかったな! 童顔で! んで、答えはなんなんだ?」
「彼女の探してる人ってのが、君だったんだ」
「……は? 僕を探している?」
「そうだ。彼女に見覚えはないのか?」
黄色い髪の女の子……
どこかで会ったことあったかな?
頭をフル回転させて思い出そうとしてみるが……
「だめだ。見覚えなんてないよ」
「ふむ。そしたら、彼女が君のことを一方的に知っていて、探していたってことになるな。あるいは、会ったことがあっても君が忘れているだけとか」
「でも! 僕を探していたんだったら、あの場で僕に声をかければよかったんじゃないか? やっぱり僕のことが変質者に見えたんじゃ……」
「やれやれ……君も”恋愛心理・意中の人に好かれるためには? ”を読んでみれば、彼女の行動の理由がわかるよ」
「はあ?」
「ま、彼女に今度会ったらもっと詳しく話を聞いてみるよ」
「そうしてくれ。顏を見た途端逃げられたんじゃ、何か悪いことをしたみたいで後味が悪い」
彼女が座る予定だったベルベッドソファに腰掛けて、一口お茶を含む。
うん。色々バタついてたからちょっと冷めてる……
「そういえば。あの子、1年前はお世話になりましたとか言ってたけど、何かあったのか?」
「ああ……魔石学の前に話そうとしていたことを覚えてるかい?」
「覚えてるさ。お前が学園長に贔屓された、きっかけの事件だろ?」
「そう。1年前に僕が解決した事件の被害者が、あの子……ミモザくんなんだ」
アサギも向かいのベルベッドソファに腰掛けて、グイッとお茶を飲んだ。
「僕がまだ1年生で、彼女が入園前の時のことだ。学園祭で盗難事件があってね。ミモザくんの財布が盗まれたんだ」
「ほー。そんなことが」
「その犯人を見つけたのが僕ってわけさ……知っての通り、この学園はエリート校として知られているから、世間体が気になるんだろうね。表沙汰になる前に事件解決に導いた僕を、学園長はえらく気に入った」
「ははー。そういうこと」
「僕に探偵としての能力があることを認めた学園長は、空き部屋だったこの部室を事務所として使うように勧めてきた。最初は学生たちが相談に訪れる程度だったが、そのうち学園長は自分の知り合いも連れてくるようになった」
「自分の知り合い……?」
「うん。学園長は財界や政界、色んな分野の大御所との強力なコネクションを持っている。その大御所が警察にも言えず1人では解決できないような秘密の事件を抱えてるとき……学園長はどこからかその秘密を嗅ぎつけて、この部屋に連れてくる」
「ふむふむ」
「そして僕が事件を解決する。大御所は学園長に借りができて、学園の財源は更に潤うってことさ」
「なるほどね……学園長はお前をいいように使ってるってことだな」
「そういうことだな。ま、僕もそれなりに報酬をもらっているからね。フィフティフィフティの関係って感じかな」
ようやく、アサギがここまで信頼されている理由がわかってきた。
第一級魔力取扱士の資格を持っている上に、事件解決の実績もあればね……
「学園長のあの明るい雰囲気に騙されないようにな。第一印象は誰にでもオープンで快活なイメージだが……彼はなかなか策士だ」
「うーん。でもまぁ、学園長は僕に全然興味ない感じだから、大丈夫だよ」
「確かに今まで通り大人しくしていれば、興味を持たないだろうさ。でも、予知夢のことを知ったら……?」
「あっ……」
「そう。リオの持つ力は、まさに特異と言える。学園長は何かしらの形で利用しようとするかもしれない。夢のことは、あまり口外しない方が利口だな」
「うん……そうだな。気をつけるよ」
自分の夢が利用されるなんて、今までは考えたこともなかった。
すっかり冷めたお茶が、胃に染み渡る。




