11話*忠誠の印
「まぁ、内容はそんな感じだ。特に大きな出来事があったわけではないけど、ツツジが誰かに謝っていた感じだったよ」
「ふーむ……ツツジと話していた人物の顔は見えなかったんだな?」
「うん」
「なるほどね」
アサギは顎に手をあてて、深く考えているような様子だ。
「恐らく、その人物がツツジを操って、盗みを働かせているんだろう……」
「ツツジ自らの意志で盗んでいるわけではないのか?」
「そうだ。青い光を帯びた切り傷……それは忠誠の印に違いない」
「忠誠の印……?」
「古くから伝わる禁じられた呪いの一種だ。複雑な魔法陣の上で儀式をすると、忠誠の印が首筋にできる。その印をつけられた人は、主に絶対逆らえない。魔力で拘束されるんだ。禁じられた呪いのことは、君も授業でやっただろう?」
そう。トライトーン学園では、人間世界にあるという数学や国語などを勉強しているわけではない。
魔力の流れや応用方法……そんなことを勉強している。
魔力と言っても、学生自体が不思議な力を持っているというわけではない。電気の代わりに魔力が使用されているような感覚だ。人間世界の人々と、僕らのできることはそんなに変わらない。
だから僕のように予知夢をみたり、ツツジのように空を飛んだりするのは、ビビッドシティでも希有な能力だと言える。
「禁じられた呪い……歴史学の講義で聞いたよ。大昔に流行したけど、そのあまりにも強すぎる力のせいで、世界が壊れてしまうことを懸念した賢者が、誰も使えないように封印したって……」
「そうだ。普通の人であれば使えないだろう。呪いの手順も公式には残されていないしね……大昔の人は、体内に宿る魔力が現代人の何倍も多かったとされている。だからこそ、そんな呪いを使用することができた。でも僕らの世代では、そんな魔力をもった人はそうそう居ない」
「ツツジを操ってるやつは、相当魔力があるってことか」
「そうなるな。ツツジの心を操り、自らの手を汚さずに悪事を働いていると考えられる」
アサギは厳しい顔つきで、飲み干したティーカップの底を見つめている。
「僕は必ず、そいつを捕まえてみせる……そして彼女を、救ってみせる」
「随分熱を入れているんだな」
「そうだな……自分でも少し不思議だよ。彼女を一目見たときから、言い表しようのない期待感が膨らんでいるんだ。これまでになかったスリルに出会えるんじゃないかってね」
「……まるで、お前の心まで盗まれてしまったみたいだな」
「ふふ……そうかもしれないな」
アサギは夢見心地のような表情で笑った。
きっと、ツツジのことが頭から離れないんだろう。
僕も……さっきの夢で見たツツジの、寂しげな表情が頭から離れない。
本当にツツジが誰かに操られているのであれば……僕だって、彼女を救いたい。
「忠誠の印をつけた人物はどんなやつだろう?」
「そうだな。まだ具体的に推測できるヒントが少ない。男の声だったんだろう?」
「うん。それは間違いない」
「性別は男だとして、あとは……さっきも言ったが、魔術に相当長けた人物であることは間違いない。忠誠の印をつけられるなんて、並大抵のことではない」
「男で、魔術に長けた人ねぇ……」
「その人物に関しては、これから徐々にヒントを集めてゆくしかないさ」
窓の外に見える時計塔にチラリと目をやると、30分ほど経過していた。
あの時計塔を見るだけで、昨日の出来事が鮮明に思い出される。
「それにしても、ツツジはどうして羽が生えているんだろう? お前をコントロールした、瞳の力もそうだし……」
「それについては、少し心当たりがあるんでね。きちんと調べたら、リオにも教えるよ」
アサギはお茶を飲み干すと、スッと立ち上がった。
「さて、長居してしまってすまないね。今日はこの辺で帰ることにするよ。明日はきちんと学園に来るんだぞ」
「言われなくてもわかってるよ!」
「それはよかった。あ、あと……リオに1つお願いがある」
「お願い?」
何もかも見透かしそうな瞳が、僕を見下ろしてくる。
「これから夢を見たら、必ず僕に教えてくれ。どんな些細な夢でもいい。約束してくれ。いいか?」
そのあまりにも力強い声に、少し圧倒されそうになった。
「そりゃいいけど……」
「いいか。ツツジに直接通じる手がかりは、今のところリオの夢だけなんだ。頼んだぞ」
「僕の、夢だけ……」
「そうだ。とにかく情報が少ない。夢以外にも、どんな些細なことでもいいから気になることがあったら教えてほしい。その些細なことがヒントになる可能性もある。僕も調べを進めていくよ。それでは、また明日学園でな」
自分の夢が何かの手がかりになるなんて、ちょっと前までの僕だったら思いもしなかっただろう。
でも事実、昨日アサギに夢を話していたおかげで、トープさんの心は守られたんだ。
自分の力に自信はないけど……僕なりにできることをやっていこう。
アサギたちが来る前もずっと眠っていたのに、なんだかもうとてつもなく眠い。
予知夢は妙に現実感があるせいか、きちんと疲れがとれないみたいだ。
自分の巣ともいえるベッドに寝転がり、天井で回っているシーリングファンライトをぼんやり見つめる。
その回転はまるで催眠術のように、僕を深い眠りへ誘っていった。




