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大胆不敵イリュージョン  作者: みんしぃ
第1章 ビビッドショウタイム
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09話*夜明けの告白

 


 誰かが呼んでいる声が聞こえてくる。


「……リオ!!」


 まだ眠くてたまらないのに。


「リオ!!起きたまえ!!」


 空を飛んでいたときと打って変わって、全身が気だるい。体ごと鉛になったみたいだ。


「リオ!!」


 名前を呼ぶのと同時に、ガクガクと体を揺すられる。

 そこまでされたら仕方ない。起きるか。


「そんなにけたたましく叫ばなくたって、聞こえてるって」


 僕が体を起こすと、目の前に座っていたアサギがパアっと表情を輝かせた。


「リオ……!目を覚ましたか……!」


 どうやら僕の意識は無事、808号室にある自分の体に帰ってきたらしい。

 窓の外は夜とも朝とも言えない、薄明の世界だった。

 この時間帯特有の清々しさと、異空間のような空の色。

 まるで夢の中のようだ。


 ……もしかしたらさっきの出来事も、夢だったのだろうか。

 僕の体は青白くて半透明だったし、怪盗は美少女だったし。

 空を飛ぶのは気持ちが良すぎたし……


 ちょっとばかし現実感のある夢だったんだ。

 きっと、そうなんだ。


「夢じゃないぞ」


 アサギは僕の肩をガッチリ掴むと、何もかも見透かしそうな瞳で見つめてきた。


「えっ……?」

「ありがとう、リオ。君がいなかったら、僕は死んでいただろう」

「な、なんで?じゃあ……もしかして、さっきの出来事は??」

「こんな高いところから落ちて無事なんて、クッションも無いのにおかしいだろう。こうして事が終わってみると、君がなんとかしてくれたとしか、考えられなかったんだ」

「ということは……さっきのは……現実」

「そうさ。ここから落ちたとき、スローモーションになったのをはっきりと覚えているよ」

「そっか……そうだったんだ……」


 アサギは優しげに微笑むと、言葉を続けた。



「ツツジが来る前、僕が君に言ったことを覚えているかい?」

「"12時を迎えたらその六感をありったけの力で使ってくれ。そう、空も飛べそうなほどのね……"このセリフのことか?」

「そうだ。その言葉通りに、空も飛べるくらいのイメージをしてくれたのだろう?君は今まで予知夢を見てきたんだ。幽体離脱くらいできてもいいんじゃないかなって、淡い期待を抱いていたんだが……どうやらうまくいったらしいね」

「幽体離脱……」

「そうだ。夢じゃないぞ」

「そっか……夢じゃない、のか……。それにしても、よくこんな高いところから飛び降りたな」

「あのときは自分でもどうしてあんな無謀な飛び降りをしたのかわからなかったけど……今落ち着いて考えると、ツツジに行動をコントロールされていたからだと思う。飛び降りる前と逃げられる前に、ツツジの瞳の色が濃くなったところを見ていたか?」

「ああ。なんだかやけに鮮やかな色になっていたような気がする」

「あの鮮やかな瞳に見つめられると……自分が自分でなくなったような感覚になって、何もかもどうでもよくなってしまうんだ。やけに心地良くて、そのまま操られるのも悪くないかもって気分にね……」

「ふうん、お前がそんな気分になるなんて、なんだか信じられないな」

「僕だって信じられなかったさ。でも、あの瞳の力はよっぽど強力らしい。まったく怪盗ツツジの持つ力は計り知れないよ……さて、そろそろトープさんや警部たちを起こすとしようか」


 808号室にいた人々は、僕ら以外はまだ夢の中にいた。

 部屋のあちこちで警官たちがすやすやと眠っている。

 アサギはまず最初にトープさんの元へ歩み寄ると、しゃがんでから優しく揺さぶった。


「トープさん、起きてください。トープさん」

「ん……っ」


 トープさんはゆっくりと瞼を開いた。

 アサギがあまりにも近くにいたことに動揺したのか、キョロキョロしている。


「トープさん、落ち着いてください。お変わりありませんか?」

「アサギさん……!わ、わたし……12時の鐘が聞こえてから……甘い香りが漂ってきて……」

「ええ。どうぞ、ゆっくりお話しください」

「えっと……そのあとは、何も覚えておりませんの……今は何時でしょう?」

「今は朝の4時です。どこか痛いところは?」

「あ、ありません……それに……意識を失う前と、何も変わりませんわ。大事にしていた記憶も、覚えております」

「そうですか……!よかった……どうやらあなたの心を守ることは、できたようですね」


 トープさんは落ち着きを取り戻すと、胸をなでおろした。


「でも残念ながら、ツツジは逃してしまいました……探偵として、まだまだ未熟な証拠です。ツツジを捕まえて、あなたに心から安心してもらいたかったのに……」

「でも、あなたのおかげで私の心は救われました。ありがとうございます、アサギさん……」

「いえ、僕だけの力ではありません。リオがいなければ、トープさんの心は奪われていたかもしれない」

「まあ……そうでしたの」


 トープさんは慎ましい動作で立ち上がると、僕に向かってゆっくり礼をした。


「リオさん。ありがとうございました」


 その柔らかな笑顔は、控えめだけど美しく、トープさんらしい表情だった。



 ***



 トープさんの無事がわかったので、オーキッド警部を始めとした関係者をどんどん起こしていった。

 オーキッド警部は、ツツジを逃したことについては残念そうにしていたが、トープさんを守ったことでアサギのことをめちゃくちゃ褒めていた。いや、僕のこともついでに褒めてくれたけど。


 現場検証のため警官は全員表に出て、ガヤガヤと賑わっていた808号室は静かな夜明けそのものになった。

 アサギもオーキッド警部について行っている。僕も来てほしいと言われたが、ちょっと気になることがあるからあとで行くと伝えた。


 今、この808号室はトープさんと僕の2人きりだ。


「……リオさん、みなさんのところへ行かないのですか?」


 温もりのある声が、室内に響く。


「ええ、ちょっと気になることがあったんです」

「気になること……ですか」

「ええ」


 僕は今になってようやく、トープさんとしっかり目を合わせた。眼鏡越しに見える茶色い瞳は、アサギを見つめていたときとは大違いの落ち着きがあった。


「トープさん、あなたに聞きたいことがあったんです」

「……なんでしょう?」

「あなたがツツジに奪われたくなかった、1番大切な心って……どんな心だったんですか?」


 トープさんは目を伏せると、柔らかく微笑んだ。


「おわかりになっているのでしょう……?」

「まあ、なんとなく……」

「そうですよね……」


 トープさんは一呼吸をついて、胸に手を当てて答えた。


「私の1番大切な感情は、アサギさんに対する気持ちです」


 控えめなトープさんには珍しく、芯の通った強い声が響く。


「やっぱり、そうでしたか」

「ええ……」

「アサギに、その気持ちを伝えたりはしないんですか?」

「それは……しません。ずっとこの胸に、しまい込んでおくつもりです」

「どうして……?」


 トープさんはゆっくり窓辺へ歩みよると、寂しそうにも、満ち足りたようにも見える表情を浮かべた。


「恋心は、相手に伝えるだけが真理ではないと思うのです。ひっそりと胸に秘めて、思い続けるのも1つの形だと……私は思うのです」


 僕はきちんとした恋をしたことはないけれど……


「それって、辛くないんですか?」」

「そう、ですね……全く辛くないと言えば、嘘になります。でも、それでもいいのです。アサギさんがしあわせでいてくださるのなら、それで……」


 トープさんは、アサギが手をついていた窓の手すりを、愛おしそうに優しく撫でている。


「正直に申しますと、予告状が届いたとき、こんな叶いようのない気持ちなんて奪われてしまえばいいと思ったのです。でも……やっぱり怖くなった。この愛おしくて、苦しい感情を無くしてしまったら、本当の私でなくなってしまうから……」


 トープさんは僕の方へ振り向くと、穏やかに微笑んだ。


「リオさん、こんな私のあけすけない気持ちを聞いてくださって、ありがとうございました。初めて人に打ち明けたのですけれど……こうして自分の気持ちを言葉にするのって、案外気持ちのいいものなのですね」



 まだ出始めたばかりの朝日をバックに、トープさんはとびきりの笑顔を見せた。

 僕はなんて言ったらいいのかわからなくて、曖昧な表情を浮かべるしかなかった。


 僕にもいつか……トープさんみたいに恋する感情が、わかる日が来るのだろうか。




 ***




 警察署の1階まで降りると、壁にもたれかかって待っていたアサギが、ひらりと手のひらをあげて挨拶した。


「トープさん。あの警官が送り届けてくれるそうです」


 玄関の前に佇んでいる警官は、無表情で形式的な会釈をした。


「わざわざ送り届けていただかなくてもよろしいのに……」

「事件の後なんですから遠慮なさらず。今日はここでお帰りになっていただけますが、後日事情聴取があるそうです。また、オーキッド警部から連絡がいくと思います」

「わかりました……アサギさん、リオさん。本当にお世話になりました。あ、あの。依頼料はどういたしましょう?」

「依頼料なんて、受け取れませんよ。あなたの心を守ることはギリギリできましたが、ツツジを捕まえるまでに至りませんでしたし」

「でも……それでは私の気が済みません。どうか、お礼をさせてください」

「うーん、そうですね。では……」


 アサギはスッとトープさんに近寄ると、流れるような仕草でトープさんの顎を持ち上げた。

 そして、そのまま顔を下げてゆき、トープさんの頬へと近づいていった……


「っ……!!」


 トープさんの小さな悲鳴と、リップ音が同時に響く。


「お礼、しかと受け取りました。ありがとうございます」


 アサギは満足そうにニンマリと笑っている。

 まったく……手の甲の次は、ほっぺか……

 ほんとにキザなやつだ。


 トープさんは言葉を発するのもままならず、ふにゃふにゃとお礼のようなものを言いながら警官に送られていった。

 僕らは警察署の前に立って、その後ろ姿を見送っている。


「お前……トープさんの気持ちをわかっているんだろう?よく、あんなことができるな」

「ふむ?今のは挨拶みたいなもんだろう。僕に恋心を抱いた依頼人からは、報酬をもらわない主義なんだ」

「どうしてだ?報酬をもらってサックリ関係を切った方が、相手のためにもなるんじゃないか?」

「フッ……君は本当に優しいんだな。いいか?自分に好意を持たせておいたままのほうが、後々得することもあるんだぞ」

「うわあ……お前、悪い男だな」

「安心したまえ。本当に僕以外の男性を見つけた方が良さそうな人からは、きっちり報酬をもらうことにしている」

「やれやれ……お前を好きになった女性はかわいそうだな」


 アサギが落下しそうになった石畳の道は、輝かしい朝日で照らされている。

 朝のビビッドシティは、水彩画のように柔らかく、静かだ。


「それにしてもリオ……君には本当に感謝している」


 アサギはこちらに振り向くと、穏やかに微笑んだ。


「さっきも言ったが……君がいなければ、僕は本当に死んでいただろう」

「ふん……僕だって、お前の言葉がなければ幽体離脱なんてできなかっただろうさ」

「君の潜在能力は、紛れもなく本物だ。他の人には絶対に無い、君だけの力だ」

「僕だけの、力……」


 自分の手のひらを、じっと見つめてみる。

 何の変哲もない、いつも通りの手だ。

 悪い予知夢を見るだけだと思っていたのに、こんな不思議な力が眠っていたなんて、昨日までは考えもしなかった。


「それにしても、怪盗ツツジを捕まえられなかったのは、悔やまれるな」


 アサギは真剣な表情をすると、道の先にそびえ立つ時計塔を見上げた。


「まだ僕たちよりも年下であろう少女が、あんなことをするべきではない。それに……君も見ただろう?ツツジの、張りつめたような冷たい表情を。彼女は本当に、自分の意志で盗みを働いているのだろうか?」

「それは……確かに。なんだか若そうな割に儚いっていうか、そんな感じはしたよ」

「そうだろう?彼女がどうして人の心を盗んでゆくのか、その理由を解き明かしてみせる。そして、彼女の犯行を止めてみせる。そのためには……リオ。君の力が必要なんだ」

「僕の力が、必要……?」

「そうだ。ツツジの不思議な力には、僕1人では太刀打ちできないだろう。不思議な力に対抗するには、不思議な力が必要だ……どうかこれからも、僕と一緒にツツジを捕まえてほしい」


 何もかも見透かしてしまいそうなアサギの瞳が、じっと見つめてくる。


「でも、本当に僕の力が役に立つかな……?なんだかまだ、あの力をどうやってコントロールすればいいのか、いまいちわかっていないんだ」

「それは大丈夫さ。2人で使い方を追求してゆけばいい。リオの力が必要なんだ。頼む」


 今回の出来事で感じたのは、アサギの正義感の強さだ。

 僕だったら、窓から落ちた直後にツツジを追いかけられる勇気があっただろうか?

 死ぬかもしれないとわかっていても、トープさんを助けようとしただろうか?


 きっと僕1人では、できなかっただろう……


 アサギの命を助けたことで、動き始めた運命の歯車。

 この力をどう使うかは、僕次第だ。


「……わかった。僕も一緒に、ツツジを捕まえる」


 そうだ。この力はきっと、人の心を守るための力なんだ。


「そうこなくっちゃ」


 アサギは嬉しそうに微笑むと、白い手袋を外して僕の前に手を差し出してきた。

 ……握手なんて、何年ぶりかな。


「よろしくな、リオ」

「こちらこそ、よろしく。アサギ」


 アサギの手のひらは僕よりも大きくて、なんだか温かかった。


「リオ、やっと僕の名前を呼んでくれたな」

「へっ?」

「名前だよ。ちゃんとアサギって、今呼んでくれただろう?その前までは、おいとかお前とか……まだ出会ったばかりだというのに!」

「そ、そうだったか……?」


……そういえば、心の中では呼びまくっていたけど、口には出していなかったかもしれない。


「このままずっとお前呼ばわりかと思っていたから、嬉しいよ」

「ふ、ふん……」


 アサギはクスリと笑うと、また時計塔を見上げた。


「これから、大変なことがたくさんあるかもしれない……でも、リオがいれば絶対に大丈夫だ」


 僕もつられて時計塔を見上げる。

 山の方から吹いてきた風に乗って、花びらがゆらゆらと舞っていた。


「……僕もアサギがいれば大丈夫だって、そんな気がするよ」



 まだまだこれからが本番さ、とつぶやく声が横から聞こえる。

 そうだ、まだ本番は始まっていない。

 僕の力をどう活かすかは、これからの僕次第だ。





第一章はこれにて終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


このお話の元になった楽曲のMVを、ニコニコ動画とYouTubeで公開しています。

作詞作曲ボーカル動画を担当しています。よろしければこちらもご覧ください。

ニコニコ動画:http://www.nicovideo.jp/watch/sm28676071

YouTube:https://youtu.be/V3ZVdWl-Xq0


第二章は1月中に公開するつもりです。

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