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第三話 エルフと森 参

 ベッドの上で横たわるエルフの娘リズリーの表情が穏やかな寝顔になったのを見届けてエルはアスィミーを振り返る。


「安心していいわよ。

 傷の痕も残さずにきれいに治したわ。

 でも流れ出た血の量までは戻ってはいないからしばらくは安静にした方がいいわ」


 治療を終えたエルにアスィミーは感謝の言葉を口にする。


「リズリーを助けてくれたこと集落の者を代表して礼を述べさせて頂く。

 ありがとう、エル、リッカ、アルド」

「まだしばらくは目を覚まさないでしょうから、今は休ませてあげて詳しい話は他の部屋でしましょう」

「向こうにお部屋をご用意しています」


 エルの言葉を受けて部屋の扉を開けるリッカに勧められるままエル、アルド、アスィミーは寝室の外にでて隣の部屋に移る。

 テーブルの上には菓子と紅茶の準備ができておりエル、アルド、アスィミーがソファに座るとリッカはカップに紅茶を注いでいく。


「それじゃまずはリッカが助けたときの状況を教えてくれないか」


 アルドの肩にとまる鳥に促されてリッカが話を始める。


「お2人が森に出かけられる前に風の精霊が河の上流に集って困惑しているのを感じました。

 そこで確認のために向かったところ彼女リズリーが河辺の岩に枝と一緒に引っかかっているのを見つけて助けだしたのです。

 胸の前に刀傷がありましたが致命傷とまでは言えないものでした。

 毒も服用させられておりましたが河の冷たさのために体に回るのに時間がかかったために大事には至ってはおりませんでした。

 問題は背中に叩きつけられていた斧になります。

 背骨にまで達していましたから半身不随は免れないものでした」

「斧は突き立てられたままだったんだね。

 ここにあるのかい」

「はい、こちらに」


 リッカはいつの間にか手にしていた斧をアルドに手渡す。

 斧を詳しく見てアルドは柄尻の刻印に気付く。


「この町の紋章だね。

 町の物になるのかな」

「主に枝を(はら)ったりするのに使用する物のようです。

 詳しく調べたところこの町でも森の樹を伐る仕事に就く者達だけが与えられているドワーフの鍛冶職人の手による物で一般には出回ってはいないもののようです」

「それが背中に刺さっていたのなら犯人は必然この町の木樵になるってことか」

「なら、そう思わせるのが目的ってことね。

 話をまとめましょう」


 そう言うとエルはここまでの話を時系列に並べて話す。


「今朝に傭兵達はダズリア商会のアクト・ダズリアの命令で森へと赴いてリズリーを攫ったわけね。

 その際エルフであれば誰でも良かったってことらしいわ。

 そして待ち合わせ場所にいた男に引き渡した。

 その男はリズリーに毒を飲ませたうえで背中に斧を突きたてて河に流した。

 そこで岩に引っかかっていたのをリッカが助けたことで目論見が外れることになったわけね。

 町の河にエルフの遺体がそれも背中にこの町の木樵だけが持つ斧が突き立てられていれば当然大騒ぎになるわ。

 でも一向に騒ぎが起きないことで町にエルフが流れてきていないことに気付いてアクトは急いで傭兵達に河の捜索を命じた。

 そして傭兵達は私に成敗されたわけね」

「最後はともかく大まかな流れはそのとおりだな。

 ここで重要なのは、河にエルフの遺体がそれも背中にこの町の木樵だけが持つ斧が突き立てられていれば当然大騒ぎになる、の(くだり)だな。

 当然これがリズリーを攫った理由だけどこれは手段であって目的ではない。

 考えられるのは町の木樵が森でエルフを殺したという疑心の種を蒔くことだけど、その結果の先にアクトの目的があるはずだ。

 では町の木樵が森でエルフを殺したという疑心が広がれば何が起こるか。

 当然、犯人探しが行われるが犯人はこの町の木樵では無いので当然捜査は行き詰ることになる。

 もしくは誰かを陥れるためか」

「ですが人1人を陥れるためにして大げさすぎませんか」


 アルドの話を聞いてアスィミーが疑問を口にする。


「そうだね、傭兵を雇っていることからも採算が合わないことになる。

 ここで重要なのはアクト・ダズリアが商人だということだ。

 商人であるならば利益を念頭に置いて最優先に考えて動く。

 そこでここまでの話を一旦置いて考えてみよう。

 この町で1番利益になるものが何かと」

「当然、森の樹ということになるわね」


 エルが紅茶のカップをテーブルに置いて答える。


「だとすればアクトが森の樹で利益を出すにはどうすればいいのか」

「当然、権利を独占したうえで市場を掌握して森の樹を自分の思いどおりに伐るわね」

「それがアクトの目的と考えて逆に辿っていくと一連の事件の流れも見えてくることになる。

 町の木樵の誰かが森でエルフを殺したことを理由に木樵達から森での伐採権を奪うことも更迭することもできる。

 それにエルフ達だって仲間を殺されては黙ってはいないだろう。

 犯人が一向に見つからないってことになれば当然エルフ達も町に押しかけるて来ることになるんじゃないのか」

「そうね、確かに私達は争いを好まないけれど仲間が害されてまで黙っているほど薄情でもないわ」


 アスィミーの答えを聞いてアルドは話を再開する。


「そうなれば町とエルフ達の友好関係に亀裂が入る可能性は否定できないだろう。

 これに更に火に油を注ぐような事態が起これば町とエルフ達が争うことになるかもしれない。

 ここまで来ると町の問題だけではすまなくなる。

 総督府から騎士団が派遣されて森のエルフ達との本格的な戦いになる」

「待って、いくら私達でも帝国の騎士団と戦えば一溜まりも無いのは理解はできる。

 そこまで強硬なことにはならないと考えるけれど」

「だけど、もしもエルフの中で新たな被害者がでればどうなるかしら」

「・・・・・・」

「すでに1人殺している訳だし、今回は未遂だったけれど。

 このあと2人目を殺すのにも3人目を殺すのにも躊躇(ためら)ったりはしないんじゃないかしら」


 エルの言葉にアスィミーは自分の認識の甘さをようやく理解する。


「そこでもう1つ気になるのはアクト・ダズリアの姓だな。

 確かここの総督の名前がワルド・ダズリアだったはずだけど」

「ダズリア商会のアクト・ダズリアは総督ワルド・ダズリアの兄になるそうです」


 アルドの言葉を受けてリッカが答える。


「なら決まりね。

 2人は共犯で間違いないわ」

「確かに総督が仲間なら町とエルフの間に争いを招くのも容易にできるだろうな.

 目的は町の特産品であるエルフの森の高級木材の市場独占。

 犯人はダズリア商会のアクト・ダズリアと総督のワルド・ダズリアの2人か」

「それじゃ早速、悪党の討伐に行きましょう」

「一応、裏を取らないといけないけれどその間に被害がでる可能性もあるか。

 エルここはリズリーが目を覚ますまで待とう。

 その前にリッカに頼みたいことがある」


 勢いよく立ち上がるエルを制してアルドはリッカを振り返る。

 そこで幾つか頼みごとをするとリッカは退出してアスィミーはリズリーの様子を見に寝室に向かう。

 残されたアルドとエルは菓子をや紅茶を口にしながら歓談しながらリズリーが目を覚ますのを待つ。




 総督府にその人物が現れたのは陽も暮れかけた頃である。

 報告を受けた総督ワルド・ダズリアはその者を中庭に通すように伝えると自身も中庭に向かう。

 ワルドが中庭に出るのを見送ってアクトは物影から中庭の様子を窺う。

 やがてフードを目深に被ったマント姿の女と縛られて猿轡をされた傭兵らしき一団が数人の騎士達に連れられて中庭に通されてくる。


「まずはフードをとってもらおうか」


 ワルドの言葉に女がフードを取ると長い金色の髪が零れ落ち切れ長の蒼い瞳と先のとがった耳があらわになる。


「アスィミー・ラシーヌと申します。

 エルフでは目立つと思い失礼ではありますがこのような姿でお尋ねしました。

 ご無礼の程はお許しください」

「うむ、では訪れた件を確認させて頂くがこの者達が森でエルフを襲って殺害したと言うのだな」

「はい、今朝早くに森でエルフの娘を襲って攫ったのちに殺害に及びました」

「確認させて頂くがこの件を他に知っている者は誰になるのだ。

 お主1人で捕らえたのではあるまい」

「はい、親切な旅の方2人に助けて頂きました」

「その者達はどうしたのだ。

 ここには着てはいないのか」

「はい、町に入ったところで別れました。

 総督府までの同行を申しでてくれたのですが、これ以上ご好意に甘える訳にもいかずにお断りしたのです」

「そうか、ではその者達がエルフを襲ったという証拠はあるのかな」

「いえ証拠となる物は何もございません」

「それではお主の証言のみで証拠はないと言うのだな」

「はい、そうです」

「では、その殺されたエルフの死体はあるのかな」

「それも河に流したということでございません」

「それでは事件そのものがあったのかも疑わしいのではないのか。

 証拠も無く死体も無いのではお主の証言のみでこの者達を裁けということになるが。

 そもそもお主が嘘をついていないとは限らないのではないか」

「それは・・・、ですがエルフの娘を襲ったのはこの者達も認めていることなのであります」

「どのみちこのままでは埒が明かないではないか。

 かまわんその者達の縄を切れ。

 お互いの話を聞いたうえで吟味する」


 ワルドの言葉に従って周りを取り囲んでいる騎士達がゾルク達傭兵の縄を切っていく。


「総督閣下に申し上げます。

 先ほど言っていたその旅人2人にいきなり襲われたのは我々のほうなのです》


 猿轡を自分で取ってゾルクが叫ぶ。


「そこのエルフは偶々(たまたま)通りすがってその旅人2人に騙されているのです。

 その襲われたエルフというのも、もしかすればその旅人2人が犯人なのではないのですか」


 いきなり襲われたというのは間違いではないな・・・とアスィミーが思っている間に話が進む。


「うむ、そうだな

 まずはその旅人2人をエルフ殺しの容疑で手配いたそう」

「お待ちください、そこの者達は間違いなく自分達が襲ったと口にしました。

 どうかまずはその者達を詳しくお取調べください」

「その必要は無い。

 その者達はこの私が個人的に雇っている護衛の者になる」


 その言葉と共にアクトが中庭に姿を現す。

 総督府内に居ることは既に調べていたのでようやく出て来たというところである。

 

「私はそこの総督ワルド・ダズリアの兄であるアクト・ダズリアだ。

 その私が護衛で雇っている者達が何故森でエルフを襲うのだね」


 ここまでは予想していたとおりでこちらに明確な証拠が無ければ力付くでこの場をうやむやにしてあとで口封じをするつもりなのであろう。


「これは兄上、着ておられたのですか」

「丁度良いところであったな、私が商隊の迎えに寄こした者達が襲われたと報告を受けてな相談に訪れたところなのだよ」

「ほう、ではその旅人2人がいやもしかするとそこのエルフも仲間なのかも知れませんな。

 これは詳しく取り調べる必要があるな。

 そこのエルフの身柄を拘束しろ合わせてその旅人2人もすぐに手配するのだ。

 手向かうようなら多少のケガは構わん」


 ワルドの言葉を受けて取り囲んでいた騎士達がアスィミーに迫って拘束すべくその手を伸ばす。

 触れる刹那に空から漆黒の鳥が舞い降りると伸ばされた騎士達の手をクチバシで次々と払いのけていく。

 漆黒の鳥は再び空に舞い戻ると流暢な人語を話しだす。


「ダズリア商会のアクト・ダズリアとラッコントの総督ワルド・ダズリア。

 年貢の納め時だ観念するのだな」


 漆黒の鳥が発する少し高い澄んだ声が辺りに響き渡る。

 その声にアクトとワルドそしてゾルク達傭兵や騎士達が驚きとともに空を飛ぶ漆黒の鳥を見上げる。

 その場の視線を集めて漆黒の鳥は庭の片隅に下りると1人の男の肩にとまる。

 いつからそこに居たのか男は長身の黒の短髪で着ている服はコートからシャツもズボンも手袋やブーツさえも真っ黒である。

 蒼白な相貌と相まって幽鬼のような印象を持つまるで影から滲み出してきたような男である。



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