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第三話 エルフと森 弐

 河を横目に馬を走らせるその一団は不揃いの鎧と武器から一目で傭兵と分かる。

 ときおり何人かが素早く河に目を向けて様子を窺っている。

 

「この辺りまで来てもいないと言うのもおかしな話だな」


 先頭を走る顎ヒゲを生やした男ゾルクが後を走る全員に声をかける。


「もうすぐ森になる。

 どこかで引っかかっているにしてもこの先ということは無いだろう」

「俺達があのエルフを引き渡したあと直ぐに河に流したのだとすればこの辺りのはずだからな」

「仕方ないこの辺りで馬をとめるぞ。

 森に近づきすぎてエルフ達に見つかっては元もないからな」


 ゾルクの言葉に従い全員が馬をとめる。


「さて、どうしたものか。

 見つかりませんでしたではガキの使いだ。

 町に流れていないとすれば誰かが途中で拾ったということか」

「そうなるとその者がエルフをドコに運んだかですわね。

 町に運んだにしてもその様子も無いですし」

「ですがこの辺りで町以外にケガ人を運び込める場所といえば・・・」

「森のエルフの集落か。

 そうなるとお手上げだな」

「待って誰か歩いてくるわ」


 その言葉に全員が森の方向を見るがまだ遠くはっきりとは見えない。

 魔術師の女イアラが杖を構えて呪文の詠唱を始める。

 

「魔力よ我が目に集いて力となりて遥かなる彼方を窺う力となれ」


 まず魔法の使用には3つの段階を要する。

 魔力の収束、収束した魔力へのイメージの伝達、魔法の発動、である。

 魔術はこの3段階を学問として系統化したものであり魔力を感知する才が必要であってもほぼ誰でも使用できることを目指している。

 魔法使いと呼ばれる者達はこの3段階を知識としてでは無く本能的に理解している者達である。

 決定的な違いは魔力の収束速度とイメージの伝達速度そして呪文の詠唱の有無になる。

 本能的に理解している故に魔力の収束を呼吸をするように当たり前に行い、魔力へのイメージの伝達も容易くこなす。

 仮に魔術師が魔法使いと戦う場合はこの発動までの時間差を補う術を用意しないとまず勝てないと考えて問題はないであろう。

 イアラが呪文を完成させて遠目の魔法を発動させる。

 最初に目を開けて空を見るのは脳を慣れさせるためである。

 そうしてピントを合わせて森の方角を見つめると3人こちらに向かってくるのが見える。

 前を歩くのは奇妙な2人組みの男女である。

 男は長身の黒の短髪で着ている服はコートからシャツもズボンも手袋やブーツさえ真っ黒で左肩にとまっている鳥さえも真っ黒である。

 一瞬男と目が合ったと感じたが気のせいであろうか。

 女も長身で頭に巻いている布を含めて布地の多い極彩色の派手な服装と大粒の様々な宝石をはめ込んだ装身具を体中に身につけており圧倒的な存在感を放つ美貌の女である。 

 女がこちらに向かってにこやかに微笑みかけてイアラを驚かせる。

 だがしかしこの距離で目が合ったり微笑みかけてくるなどありえないことである。

 杖や短杖などを手にしていないうえに魔術の発動に要する仕草を行った素振りも無いのである。

 魔術師は魔力の収束を速やかに行うために数式や文字式からなる魔術式を象形化して内包させた杖や短杖を持っている。

 個人の才にも拠るが絶対に必要という訳では無いが持っているのと無いのとでは魔力の収束速度が格段に異なり戦いで魔法を使うのならば必須になる。

 仕草は収束した魔力へのイメージの伝達を補うためのものであり個々の魔術師や習った相手で差異もある。

 これも絶対に必要という訳では無いがイメージの伝達速度に差がでることは否めない。

 イアラは後の3人目に目を向けて自分の迂闊さに気付く。


「エルフだァァァッ!」


 エルフの目は遠目の魔法に匹敵する程に遠くを見ることができる。

 前の2人の異様な風体に気を取られすぎたのは明らかにイアラの落ち度である。

 男と目が合ったのも女が微笑みかけてきたのもエルフが既にこちらを捕捉していたのだろうと結論付ける。

 

「3人だけなら問題は無い。

 このままそのエルフを捕らえるぞ」


 ゾルクの命令に全員が一斉に馬を駆け走らせる。

 長年共にしている仲間である対魔法戦も役割分担も心得ている。

 ゾルクの一言だけで全員がイアラの前にでて剣と弓を手にする。

 イアラも魔法の発動のために魔力を収束させると後衛が弓に矢を添えて放つ準備をしたそのとき一団の真ん中で大気が弾けて全員が馬ごと吹き飛ばされて落馬する。




「ほおぉーほっほっほっほっほっほっほっほっ、悪党の最後ね」


 吹き飛ばされて動かなくなった一団を眺めてエルが威風堂々と言い放つ。

 エルに勝てる者がいないと言われるのはその内包する魔法力と魔法量だけではない。

 魔法の使用に必要な3つの段階、魔力の収束、収束した魔力へのイメージの伝達、魔法の発動、このうち魔力の収束、収束した魔力へのイメージの伝達、がほぼ存在しないのである。

 つまり魔法の発動のみで魔法を行使しているのである。

 魔法戦においては相手の収束する魔力を感知しての対抗魔法や防御魔法もしくは逃げることが重要となる。

 発動速度が重要なのも相手よりも早く対抗魔法や防御魔法を発動するためである。

 しかし発動の1段階しかないエルの場合は収束する魔力を感知できないので対抗魔法や防御魔法はもちろん逃げることもできないのである。


「最後にしてどうする。

 あれじゃ何も聞きだせないだろう」


 呆れた声でアルドの左肩の鳥が流暢な人語で話す。


「・・・・・・ほおぉーほっほっほっほっほっほっほっほっ。

 大丈夫よ、ちゃんと回復魔法で治すから」


 突然のことにアスィミーも驚いているがようやく理解する。

 感じていた違和感はエルの魔力量がエルフの鋭い感覚を麻痺させているためだということを。

 海を眺めながら海の広さ全てを把握しようとして溺れていることに気付いていなかったのである。

 ちなみにナルキスは集落へ報告に向かわせたのでここにはいない。

 

「とりあえず行きましょう。

 アルドお願いね」


 その言葉にアルドはアスィミーを振り返り。


「影を使って一瞬で移動するけれど構わないかい」

「ええ、問題はないわ」

「じゃ、影が覆うけれど心配はしないで」


 その言葉と同時にアルドの影が広がってアルド、エル、アスィミーに覆い被さる。

 闇に包まれたと思った刹那直ぐに闇が消える。

 アルドの影から入って飛ばした影から出たのである。

 目の前にには魔法で吹き飛ばされた傭兵達が地面の上に馬と一緒に転がっている。


「とりあえず回復するわ」


 エルのその言葉の終わらぬうちに一団と馬が何事も無かったように立ち上がる。


「っなぁ、何が起こったんだ」


 ゾルクは立ち上がると自分の体に痛みもケガも無くなっていることを確認する。


「魔法使いです、気をつけてください」


 イアラの叫びにゾルクを始め全員が再び戦闘体勢をとる。


「魔術師ではないのか」

「魔力の収束にも気付けませんでしたから」


 魔術師と魔法使いでは全く異なるのはここまでで語られているとおりである。

 無論、対抗手段も異なるがゾルク達は熟練の傭兵である。

 ゾルクは懐から幾つかの珠を取り出すと地面に放る。


「リビュース」


 その言葉と同時に内包されていた魔術式が解放されて地面と大気を素粒子レベルで分解再構成して人型のゴーレムを造りあげる。

 計12体のゴーレムを前に押し出すと全員が弓を手に取る。

 後方から間断無く矢を放ちゴーレムに直接戦わせる戦術である。


「対魔法戦の基本戦術だな」

「無意味ね」


 その言葉の終わらぬうちにゾルク達の中心で大気が弾けて吹き飛ばされる。


「・・・だから」

「・・・そうだったわね」


 ゾルク達が再び立ち上がり困惑しながらも再び弓を構えてまた大気の衝撃波に弾き飛ばされる。

 

「そのうちに向こうもあきらめるでしょう」


 またまた立ち上がったゾルク達が弓を構えて3度目の大気の衝撃波に弾き飛ばされる。

 呆れながらもアルドの影が揺らめくとウォーハンマーを持った霊影士(ルヴナン)が1体飛び出してくる。

 漆黒の衣装に道化の仮面を被った霊影士(ルヴナン)は命令を待って動かないゴーレムをコアとなる珠ごと次々と撃ち砕いていく。

 その光景を驚きの目で見つめるゾルク達からはもはや戦意は喪失していた。




「それじゃ、今朝森でエルフを襲ったのはあなた達で間違いないわけね」

「ああ、そのとおりだ」


 武器を全て放棄して地面に座るゾルク達を見下ろしてエルが尋問を始める。


「それで目的は襲われたエルフ個人なのかしら、それとも誰でもよかったのかしら」


 黙っているゾルクを見下ろしながらエルは指先を別の男に向けて電撃を放つ。


「っあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ・・・」

「よせっ、答えるから仲間には手をだすな」

「それじゃあ、キリキリと白状しなさい」


 もはやどちらが悪役かとアルドも呆れる。

 降伏するまでのやり取りでゾルクが仲間を使い捨てにできないと知ってのことである。

 

「受けた命令は森で誰でも構わないからエルフを1人捕まえて待ち合わせ場所にいる男に引き渡すことだ」

「ふ~ん、じゃあなた達は何故ここにいたのかしら。

 今朝に捕まえて直ぐに引き渡さなかったの」

「新たな命令がでたんだ・・・」


 言い澱むゾルクに対して今度はイアラにエルは指先を向ける。


「河に流したエルフの死体を捜せと言われたんだっ!」

「っなぁ」


 その言葉にアスィミーが思わず驚きの声をもらす。


「あなた達が殺したのかしら」

「違う確かに胸に剣を振り下ろしたが手加減はした。

 殺すようには言われなかったからな」

「雇われてエルフを捕まえたあとに別の男に引き渡してからはどうなったのかは分からない。

 そのあとに河に流したエルフの死体を捜せという命令がきてここにいる訳ね」

「そうだ」

「ようするに使われているだけで何も知らないってことね。

 それじゃ雇い主を教えて貰えるかしら」

「知らん、顔を隠した使いの男が一方的に金と命令を持ってくるだけだからな」

「それじゃあ、河で見つけたエルフの死体の受け渡しはどうするつもりだったのかしら。

 まさかそのまま河に流せと言われた訳じゃないでしょう」

「そのまさかだ。

 河のどこかに引っかかっているエルフの死体を見つけて町に流れるまで見届けろと言われたんだ」

「じゃ本当に何も知らないって言うのね。

 役にたたないわね。

 もう殺しちゃおうかしら」

「待てっ!俺達のアジトに来る連絡係なら何か知っているかも知れない」

「う~ん・・・」


 そこでゾルクに向かってエルはにっこりと微笑みかける。


「面倒だから、ごめんなさいね」


 そう言うと右の掌の上に灼熱の業火を生みだすと圧縮して玉にする。


「アクトだっ!

 ダズリア商会のアクト・ダズリアだっ!」


 ゾルクが叫ぶように言い放つ。

 

「嘘だったら仲間を皆殺しにするわよ」

「本当だ、詳しい理由までは知らんが命じたのはアクト・ダズリアで間違いない」

「う~ん、でも先は知らないって言ってたでしょう。

 今度も本当かなって疑ちゃうわよね」


 本当にどっちが悪役かと思いながらアルドはそろそろ口を挟むことにする。


「ここまででいいだろう。

 あとはこちらでアクト・ダズリアの身辺調査をすればいい。

 彼らは拘束して嘘があればそのときに改めて聞き出せばいい」


 アルドにおもちゃを横取りにされたような顔を向けながらもエルが同意する。

 思っていたとおり途中から、からかうことに目的が変わっていたようである。

 おそらく言われたとおりにアジトに向かえば他にも仲間か誰かいて罠にでもかけるつもりであったのだろう。


「さてっ、とりあえず町まで連れていって拘束しておくしかないわね」

「それは僕の方でしておくよ。

 エルはアスィミーと一緒に攫われたエルフを捜してくれ。

 本当に死んでいる訳じゃないんだろう」


 アルドの言葉に懐から結晶を取り出してエルが答える。


「生きているわよ、言う機会が無かっただけだからね」

「分かっているよ、じゃ」


 そう言うとアルドの影が揺らめいて広がるとゾルク達を覆うように飲み込んで閉じ込める。


「ひとまず町まで戻るけれど結晶はどうなっているの」

「ここからだとまだ遠いけれど、方角は町の方になるわ」

「町までは一緒に行こう。

 着いたら僕は彼らをリッカに引き渡してくるよ」

「分かったわ」


 それからアルド、エル、アスィミーはゾルク達の馬に跨ると町へと急いで駆けだしていく。




 影法師とは大陸に古くから存在する魔術結社の下部組織になる間者組織のことである。

 現在はドラゴディア王朝の皇帝アレクサンドル・ドラゴディアと個人的に契約しておりその存在を知るのはわずかな者だけとなる。

 影法師は表の顔の1つとして幾つかの商会を営んでいる。

 その商会の1つが所有する屋敷内にてリッカは運び込んだエルフの治療を終えて経過を観察していた。

 本来ならエルの魔法で治して貰おうかとも思ったのだが目を放した隙に転移魔法で森に出かけたと代わりを任せていた影から報告がありこちらに運び込んだのだ。

 転移魔法ではさすがに追いかけるのも難しく影に町に戻ってきたら伝えるように言ってエルフの治療を優先させたのである。

 影の気配を感じてリッカは声をかける。


「戻ってきたの」

「はい、お2人揃ってですが同行者としてエルフの女が1人」

「それじゃ、しばらくこの人を任せるわね」

「それがお2人共にこちらに向かっているようです。

 我らは接触を禁じられているので理由までは分かりかねます」

「分かったわ、それならここで待ちます」


 気配が消えるとリッカは少し考える。

 同行者のエルフの女が目の前のエルフと無関係とは思えない。

 そうでなければエルとアルドの2人が揃ってこの屋敷に来るとは考えられないからである。

 リッカが助けたことは知らないであろうがエルの魔法ならこのエルフを追跡している可能性も無くはないだろう。

 用が無いのならここに来ることは無い2人である。

 宿にしてもエルがご飯の美味しさや気まぐれで決めているのでリッカ達で用意することもない。

 基本的にはアルドとエルから接触してくることが無ければリッカからも接触することは控えているのである。

 アルドとエルが屋敷を訪れるまでリッカはベッドの横の椅子に腰掛けエルフの容体を見守り続ける。




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