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第三話 エルフと森 壱

 テーブルの上に並べられた山盛りの料理から油で揚げた鳥の腿肉を手に取ってかじりつきながらエルが尋ね返す。


「エルフが住んでいるの」

「ああ、そうさ。

 この町の真ん中を横切っている河のその上流にある森にエルフの集落があるのさ。

 それでこの町は毎年決まった数の樹をエルフ達の許可を貰って分けてもらっているのさ」


 そう言いながら恰幅のいい女将はテーブルの上に山盛りのパスタの大皿を置く。


「ふ~ん、それでそのエルフとこの町がわざわざ河を挟んで建てられていることとどういう関係があるの」


 その質問に答えたのは向かいに座るアルドの剣の柄にとまる漆黒の鳥である。


「正確にはエルフではなく森の樹の方になるんだよ。

 森で伐った樹を河で流して町まで運んでいるんだ。

 この町からも見えるように高い樹だからね、そうしないと町まで運んでこれないんだよ」

「そうなんだ」


 アルドの返事を聞いてエルは豚肉の串焼きに手を伸ばす。


「ラッコントの樹といえば大陸でも有数の高級木材として重宝されているんですよね女将さん」

「ああ、その通りさ。

 おかげでこの町に観光に訪れる人達もいるくらいだからね。

 うちみたいな個人経営の宿でも何とかやっていけるんだから、ありがたいもんさ」


 アルドの言葉に嬉しそうに女将が答える。


「なるほど、この町は昔からエルフ達と交流があってそのおかげで町も昔から栄えてきたって訳ね」

「それもちょっと違うんだよ。

 確かにうちは昔からエルフ達と交流があって樹を伐らせてもらってはいたんだけどね。

 その樹もご領主様の許可が無ければ他所には売れなかったからね。

 気付いてはいたんだけどご領主様の御用達の商会に安く買い叩かれ続けていたんだよ」


 その言葉に持ち上げていたパスタを止めてエルは驚いた顔を女将に向ける。


「そんなことを許していたのっ」

「許すも何もご領主様に逆らうことなんてできやしないからね。

 分かっていても従うしかなかったのさ。

 だから今の陛下の代になって自由に物を売れるようになったうえに好きな土地に旅行にまで行けるようになってからなんだよこの町が豊かになったのは。

 そりゃ最初は怖い人だって噂も流れてはいたけれど、今じゃこの町で陛下に感謝してない人間は1人もいやしないよ」

「そうなんだ」


 女将の言葉に嬉しそうにエルは豚肉のステーキを口に頬張る。


「でもね最近はまた少し雲行きが怪しいんだよ」

「どういうこと?」


 最後に残った油で揚げた鳥の腿肉の皿の上でアルドと攻防を繰り広げながらエルが尋ねる。


「去年に新しく代わった総督様なんだけどね。

 エルフとの契約なんか無視してもっと多くの樹を伐れって大騒ぎをしてね」

「そんなことができるの・・・ッアアアァァァ!」


 鳥の腿肉をアルドに奪われたエルが悲痛な悲鳴をあげる。


「できる訳なんてないわよ。

 仮にそんなことをしたらエルフ達だって黙っちゃいないしさ。

 第一エルフ達が森を管理しているおかげで質の良い樹が手に入るんだからね」

「それもそうね、でも何でその総督はそんなことを言ったのかしら」

「さあね、まあ前の総督とは違って他所から来た人だからね。

 この土地の事にあまり詳しくないってのもあったのかもしれないね。

 まあ最近は口を出さなくなってはいるからね。

 このまま余計なことは言わないでほしいってのが私の本音だね。

 それじゃ私もそろそろ仕事をしないとね、何か追加はあるかい」

 

 その言葉にエルとアルドは空いた皿と同じ料理を次々と注文する。




 高床式の木造の家が並ぶその集落は森の開けた場所にあるが無理に開拓したという雰囲気ではない。

 各家の日差しを妨げないように家々の間にも木々が立ち並び森と調和しているという印象である。

 一際高く太い樹のある広場とも呼ぶべきその場所には集落に住むエルフのほぼ全員が集っている。

 高い木々の枝の上を着地の反動を利用しながら5人のエルフ達が駆け跳んで来ると広場に危なげなく下りる。


「リズリーは見つからなかったようだな・・・」


 戻ってきた5人の様子から察して長のブランシュが語りかける。


「はい、襲われたと思える場所から広範囲に渡ってくまなく捜したのですが・・・」

「ともかく状況がまだはっきりとしない以上は戦える者以外は集落からは出ないように命じよう。

 アスター達も不安であろうがアスィミー達と交代して万が一の事態に備えて休息をとるように」

「分かりました。

 ではアスィミー達に詳しい話をしてから休ませて頂きます」

「では、アスィミー、ナルキス、ジュナン、ユーシィ、セルシアはアスターから詳しい話を聞いてからリズリーの捜索に向かってくれ。

 キリユス達は引き続き集落の周囲の警戒を行うように。

 他の者達は先ほども言ったように集落からは出ないように。

 ではここで解散とする」


 ブランシュの言葉にアスターとアスィミー、ナルキス、ジュナン、ユーシィ、セルシアを残して全員がその場をあとにする。

 アスターはアスィミー達が周りに集まるのを見計らって話しを始める。


「ではリズリーが行方不明になったときの状況を最初から話そう」


 アスィミー達の間に改めて緊張間が漂う。


「リズリーが風の精霊に言葉を運ばせて伝えてきたのは今朝の陽が昇る頃になる。

 武装した人間が大勢馬に乗っての森へと侵入してきたというのだ。

 報せを聞いてミルフィ達を連れて向かったところ、その場所にはリズリーの血の痕と剣が残されていた。

 さらに詳しく調べると樹には斧のはいった跡が残されていたのだが位置が高すぎることに気付いた。

 ラッコントの者達であれば腰より高い位置で伐ることは無い。

 このことから外部の者の可能性が高いと考えたのともう1つは・・・」

「誘き寄せられた可能性ですね」


 言い難そうなアスターに代わってアスィミーが口にする。


「そうだ。

 だとすれば目的は我々エルフになる。

 今の皇帝になってからは人間を含めて亜人の人身売買は法律で禁じられたと同時に厳しく取り締まわれているというが無くなった訳ではないだろう。

 だがリズリーの血の痕が残されていたのだが傷つけるのは勿論、殺しては元もないことから別の可能性もある。

 足跡からも馬を使って大勢の者達がいたのは確かだ。

 魔術師や魔法使いの可能性もある。

 くれぐれも気をつけて捜索してくれ」

「分かりました。

 リズリーのことはご心配でしょうが今は我々に任せてお休みください」

「娘を頼む」


 そう言うとアスターは人間のようにアスィミー達に頭を下げる。

 家に戻るアスターを見送ってアスィミー達も捜索に出かける。




 リッカは町を見渡せる鐘楼の屋根の上で横笛を吹いて風の精霊の声に耳を傾けている。

 精霊使いという訳ではなく横笛に宿る魔法の力である。

 影法師の長から命じられて名目上は帝都との連絡係ではあるが皇女エルレーヌの護衛がリッカの主任務となる。

 風の精霊を使って見守っているが果たしてあの皇女に護衛が必要なのかリッカには疑問ではあるが長からの勅命に異論を挟むこともできない。

 不意に風の精霊がざわめいてリッカにそのことを伝えてくる。

 笛を懐にしまうとそのまま鐘楼の屋根から近くの建物の屋根へと危なげなく飛び下りる。

 河の上流に向かって屋根から屋根へと駆け走ってリッカは町の外へと向かう。

 任務から外れることではあろうが放っておく訳にもいかなかった。

 自分が留守の間は配下の影達に代わりを命じておく。

 町から出てしばらくすると河辺の岩に引っかかった大きな枝の上に1人の女エルフがうつ伏せで気絶しているのを見つける。

 背中に斧が突き立てられていることから間に合わないかと確認するが幸い息はまだある。

 斧が血止めになっているのでその傷はひとまず問題ないと判断してさらに調べる。

 胸に袈裟斬りの刀傷を見つけてそこからの出血と毒を確認すると応急手当を始める。

 斧をここで抜くのは更に血を流して危ないのでそのままにして胸の傷を手早く処理して縫い合わせる。

 それから毒消しの丸薬を口に含ませて無理やり水で流し込む。

 考えた末に戻ってエルレーヌに魔法での回復を頼むことに決めて背中に背負うと町に向かって走る。




 アスィミー達が精霊のざわめきと魔力の高まる気配に気付いてその場に着くと2人の人間を見つけて枝の上から地上へと下りる。

 奇妙な男女の2人組みである。

 男は長身の黒の短髪で着ている服はコートからシャツもズボンも手袋やブーツさえ真っ黒で左肩にとまっている鳥さえも真っ黒である。

 女も長身で頭に巻いている布を含めて布地の多い極彩色の派手な服装と大粒の様々な宝石をはめた装身具を体中に身につけており圧倒的な存在感を放つ美貌の女である。

 アスィミーは少し戸惑いながらも2人の男女アルドとエルを観察する。

 男の肩にとまっている三本足の鳥からは確かに精霊と同じ気配を感じるがよく分からない。

 女の方も何か違和感があるがそれが内包する高い魔力量がエルフの鋭い感覚を麻痺させているためとまでは分からなかった。

 

「あら、まさか向こうから来てくれるとは思わなかったわね」


 その言葉にナルキス、ジュナン、ユーシィ、セルシアが思わず剣を抜き放つ。

 気を取られていてアスィミーも止めるのが間に合わなかった。


「待ってくれ、こちらは争うつもりは無い」


 アルドの肩の漆黒の鳥が流暢な人語で話す。


「僕達は旅行者だ。

 彼女がこの森にエルフがいると聞いて興味本位だけで転移魔法で飛んできてしまったんだ。

 騒がせてしまったことを謝罪させてほしい」


 肩の漆黒の鳥の口調とは違ってアルドの顔は無表情であり蒼白な風貌と相まって幽鬼のような印象を受ける。


「こちらこそいきなり剣を抜いたことを謝るわね。

 申し訳ないのだけれど今森は少々騒がしい事になっているの。

 特に用事が無いのならこのまま引き返してもらえると助かるのよ」

「騒がしい事って何かあったのかしら」

「申しわけないけれどこれは内輪のことなの。

 詮索は無用にお願いするわね」

「エルここは言われたとおりにおとなしく帰ろう」

「分かったわ」

「ありがとう。

 他にも何人か森の警戒に当たっているから誤解されないように早く森を出てね」


 去っていくアルドとエルを見送ってアスィミーはナルキス、ジュナン、ユーシィ、セルシアを振り返って。


「私はこのまま2人の後を追いかけるわ。

 ナルキスは一緒に付いてきて。

 ジュナン、ユーシィ、セルシアは集落へ戻って長に報告をお願いするわね」

「分かったわ、2人とも気をつけて」


 アルドとエルを追いかけるアスィミーとナルキスを見送ってジュナン、ユーシィ、セルシアも集落へと戻る。




「付けられているわね。

 宿の女将さんから聞いた話だと温和で友好的な人達って話だったけれど」

「森で何かあったみたいだね。

 っで、やっぱり大人しく帰ってはくれないんだね」

「だって、アルドも気になるでしょう」

「仕方がないな」


 アルドの影が揺らめくと無数の影が地面を伝って四方へと飛び散っていく。

 

「見つけた、血の痕と争った痕跡があるね」

「じゃ早く行きましょう」


 そう言って足早に歩きだすエルに合わせてアルドも少しだけ足早に歩きだす。




 周囲を見渡すと既に渇いているが地面には確かに血の痕が見られ複数の足跡も確認できる。


「馬もいるけれど・・・。

 ここで立ち合ったとして1人は凄腕だね。

 この一番小さい足跡が体重が軽いことから考えてもエルフだろうけど。

 一太刀で斬られているね。

 いや、おかしいか」

「もう消えかけているけれど魔力の痕跡があるわよ」

「それなら魔法で感覚を遮断されたか動きを封じられたってことか」

「エルフは連れ去られたのかしら、教えてもらえるかしら」


 エルが上を向いて語りかけると樹上からアスィミーとナルキスが飛び下りてくる。


「やはり気付いていたのね」

「そっちも隠すつもりはなかったでしょう」

「無関係と確信はしていたからね。

 気配に気付かせればおとなしく帰ると考えたのだけど意味が無かったようね」

「それでこれが騒ぎの原因で間違いないのかしら。

 エルフが襲われたみたいだけど」

「今朝早くに私達の仲間の1人が森へ侵入してくる武装した大勢の人間を目撃したと連絡をしてきたの。

 そして集落から応援が駆けつけたらこのありさまだったの。

 今は私達も仲間の行方を追っているところだけど」

「それってこの森の中だけなのよね」


 エルの言葉にアスィミーも気付く。


「すでに森から外に出ているって言うの」

「確かに武装までして馬に乗ってきたのだから何か目的があって来たと考えるのが普通だろうな。

 そうなるとまだ森の中にいると考えて出入口に監視を付けて森を捜索するのは間違ってはいない。

 だけどこの森には襲撃者はどこにもいない。

 出入口に監視を付ける前に森の外に出ていると考えるべきだろう」


 アルドの肩の鳥が語るのを聞いてアスィミーは驚いて叫ぶ。


「では彼らは何の為に森に来たのっ。

 ここに私達エルフが居ることは知っていたはずよ。

 それなのにエルフ1人に見つかっただけで逃げるなんて・・・」

「そうね、今気付いたようにそのエルフ1人が目的だったら既に目的は果たしているわよね」

「待てッ!そもそも何故奴らが既にここに居ないことがわかるのだ」


 ナルキスが叫ぶように問い詰める。


「アルドが森中をくまなく捜したからよ」


 アスィミーとナルキスが困惑しているのを察してアルドが飛び散った影を呼び戻す。

 地面を走る影にアスィミーとナルキスが驚きの表情を浮かべる。


「何かはアルドもよく分かっていないから答えられないけれど精霊に属するものらしいから危険なものではないわ」


 エルの言葉にアスィミーとナルキスは再び影を見つめる。

 確かにアルドの肩にとまっている三本足の漆黒の鳥と同じく精霊と同じ気配を感じる。

 アルドに顔を向けるが幽鬼のような印象を受ける蒼白な風貌は相変わらず無表情でありアスィミーは表情を読むのをあきらめる。


「それと言い忘れたけれどアルドが口を聞かないのは悪気がある訳じゃないから怒らないでね」


 そこでアスィミーは呼吸を整えてから話を再開する。


「何者なの、あなた達は」

「言ったでしょう、ただの旅行者よ。

 それよりも今は攫われたエルフの行方が先でしょう。

 攫われたのが今朝なら急いだほうがいいわね。

 アルドは血の痕から追うことはできるの」

「エルの魔法の方が確実だろうね」

「そう分かったわ」


 そう言うとエルは地面の血の痕跡に掌をかざして魔力を収束させる。

 渇いて染み込んだ地面の血が集って結晶化するとエルの掌におさまる。


「さて、行くわよアルド」

 

 そう言うとエルは掌の上に浮かぶ血の結晶の指し示す先へと歩きだす。




 総督府の執務室で総督ワルド・ダズリアはその報告を待ち続けていたが一向に報せが届く気配が無いことに苛立ちを募らせていた。


「どうなっているのだッ!

 お前達の報告では確かにエルフの死体を河に流したのではなかったのか」

「はい、確かに予定通りに今朝に森に行った傭兵達から1人のエルフを預かりました。

 その後は念のために毒まで飲ませて河に流しました」

「なのに何故一向に騒ぎにならんのだ」


 返事に窮する男を睨むワルドにソファに腰掛けるアクトが声をかける。


「落ち着けワルド。

 先ほど俺の手下に河の上流の探索を命じた。

 直に報告が届くだろう」


 その言葉にワルドもアクトの向かいのソファに腰掛ける。

 それを見てアクトが男に退出を命じる。


「人を雇うときは金を惜しまないことだな。

 後始末はこちらでしておこう」

「すまない兄貴」

「それよりもエルフの死体が町に届かなければ計画が実行できないことが問題だ。

 強行手段を講じることも考えねばならないな」

「どうするつもりだ兄貴」

「騎士に扮した者達にエルフの集落を襲わせる。

 結果的に町とエルフとの間に戦を起こさせれば良いのだからな。

 そうなれば堂々と軍を派兵して森のエルフ共を始末して樹も必要なときに必要なだけ伐り放題になる。

 上手く値崩れを起こさないように市場を操作すれば莫大な金になる」

「その金を元手にすれば俺も帝国内で出世できるし兄貴も益々儲けることができるって訳だ」


 アクトとワルドは互いにほくそ笑みながら酒杯をかたむけ合う。



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