表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第一話 硬貨と高価

 アネットが料理の仕込を終えて開店前に店内の掃除をしていると勢いよく表の扉が開け放たれる。

 仕入れの業者であれば裏口から入ってくるのが普通なので誰かと顔を向けるとそこには店の雰囲気には不釣合いな女が立っていた。

 腰まである銀髪を流れるままに任せて整った顔立ちには見ようによっては金色にも見える茶色の瞳。

 布地の多い極彩色の服装に大粒の様々な宝石がはめ込まれた装身具を体中に身につけている。

 これだけの目立つ服と宝石に負けないどころか物足りなさまで感じさせてしまうだけの美貌と圧倒的な存在感を放つ女である。

 明らかに町中の古びた食堂に顔をだすような女ではない。


「ここは食事をする店で間違いは無いのかしら」


 思わず圧倒されていたアネットは少しどもりながらも返事を返す。


「っはい、そうです」

「そう、それなら・・・。

 わるいけれど、どうすればいいのか分からないわ。

 こういうお店で食事をするのは初めてなのよ」


 説得力のある言葉というか当然そうだろうと納得させられるのは女の言葉以前に店に入ってきたときからそう思わされているからだ。

 アネットはカウンターに近い席を進めるとメニューを手渡して1品1品料理の説明を始めるが女は全部並べてくれと言う。

 迷いながらも女の言うことに反論できずにカウンターの奥の調理場に戻って急いで調理にとりかかる。

 まだ開店前だと思いだしたのは女のテーブルだけでは足りずに隣のテーブルを並べてまでその上を大盛りの料理で一杯にしてからである。

 アネットの心配を他所に女はテーブルの上の料理を次々とたいらげて気に入った料理のおかわりまでする。

 あの細い体のどこに入るのだろうと女を見てあらためてアネットは神様は不公平だと再認識する。


「おいしかったわ、ありがとう」


 ようやく女が満足した頃には仕込んでいた料理はほとんど底をついていた。

 これでは今日の開店は無理だなとあきらめるしかない状況である。


「お会計はこれで足りるかしら」


 女はそう言うとアネットに1枚の硬貨を手渡す。

 渡された掌の上の硬貨の価値を理解するのにアネットは数瞬の間を要することになる。


「っふぇ」


 間の抜けた声というか音というかそう発してアネットは腰から砕け落ちてしまう。

 その硬貨の価値を認識できたのはアネットも客商売を生業としているために仕入れの業者を伝手(つて)に偽造硬貨に騙されないようにと商会主催の勉強会に顔をださせてもらっていたおかげである。

 

「っあら?もしかしたらそれでは足りなかったのかしら。

 あと何枚ほど渡せばいいの」


 女はそう言うと財布から同じく黄金色に輝く硬貨を無造作に掴んでアネットに見せる。


「何枚あればいいのかしら」


 アネットが驚きで声を出せないままなので女も戸惑ってしまう。

 

「どうしたの、これではまだ足りないのかしら。

 わるいけれど、そんなに持ち合わせが無いのよね」


 そう言うと女はテーブルの上に黄金色の硬貨を積み上げて山を築いていく。

 その光景に意識が吹っ飛びそうになるのをかろうじて抗ってアネットがようやく叫ぶ。


「多すぎなんですよッ!!

 こんな凄い金貨を渡されてもお釣りなんて渡せません!」


 その言葉に女は呆けた顔でアネットを見つめる。


「そうなの・・・」

「そうなんです!

 100万ドラゴニア金貨なんてこの店と土地と家財道具を全部売ったてお釣りには足りません」


 100万ドラゴニア金貨、何の冗談か商人でも使い道の無いこの金貨は大陸を支配する帝国の第1皇女がかつて鋳造を命じた幻の硬貨である。

 当時わずか4才の皇女が何を思ってこの硬貨を造らせたのかは謎ではあるが金型を使用せず全て超一流の職人達の手作業によって削りだされている。

 あまりの高額のために使い道が無く市井でも流通することが無かったため幻の硬貨となってしまいマニアの間でプレミアがついたことから今でも値段が上がり続けている。

 今となってはたった1枚だけでも帝国経済が傾くほどの価値を持つ金貨である。

 それが目の前のテーブルに山と積まれて無造作に置かれているのである。

 驚くな、腰を抜かすな、叫ぶな、という方が非常識というものである。


「そう、それならそれ1枚で良いわよね。

 じゃお釣りはいらないわ、ご馳走になったわね」


 そう言って女はテーブルの上の硬貨を財布にしまいだすがアネットとしてはそれで済む話ではない。


「いあいあいあ、あっあっあっあのですね。

 はっきり言って使えないんですよこの硬貨だと」


 女は心底驚いた顔でアネットを見つめる。


「何故かしら、帝国造幣局に正規の手続きで造らせた正真正銘の本物よ」

「いえ、確かに本物でしょうが・・・」


 そもそも100万ドラゴニア金貨の偽物を造ったところで使えない以上は無意味でしかない。

 それに帝国でも屈指の超一流の職人達の手作業によるもはや芸術品とも呼ぶべき硬貨である。

 偽物を造る労力や財力があるなら他の事に費やしたほうが余程儲かるというものだ。

 

「あまりにも高すぎて商会や銀行でも両替を断られるんですよ」

「どうして」

「ですから高すぎるんですよ。

 両替なんかしたら商会が破産しても払えきれない額になっちゃうんですよ」

「そうなの」

「そうなんです」

「困ったわね今は他に持ち合わせが無いのよね」


 どこのお金持ちだっと叫びたいのを我慢してアネットは話を続ける。


「誰か他にお連れの人や当ては無いのですか」


 そこで女は初めて困った顔をする。


「仕方が無いわね。

 それなら一緒に付いて来てもらうことはできるかしら」

「ええ、それは大丈夫です。

 どのみち今日は仕込みも全て切れたので店じまいですから」

「そうなの、言ってはなんだけど随分と商売気が無いのね」


 その言葉に対して反論するだけの気力はもはやアネットには無かった。

 テーブルの上を片付けて食器を洗う間少し待ってもらってからアネットは女に付いて行くことになる。


「一応名前を名乗っておくわね」


 立ち上がると女はアネットにそう言い放つ。


「エルレーヌよ。

 エルで構わないわ」


 威風堂々とその女エルレーヌは名乗りをあげる。




「なかなか活気があって良い町ね、ここは」


 行き交う人々と道の端に並ぶ露天を眺めながらエルがアネットに語りかける。


「帝都にも近い交通の要所の宿場町ですから帝都を訪れる商人を始めとした多くの旅人がここで宿をとりますし、その逆に帝都を旅立った旅人も訪れますから」

「旅人相手の商売が主な町の収入源という訳かしら」


 つられるように町の活気に目を向けていると懐かしい顔がアネットの瞳に映る。


「・・・ジュリオ」

「どうしたのよ」

「いえ、見知った人がいたのですが・・・」

「何か気になることでもあるのかしら」

「随分前に帝都の工房に修業に出かけたのですが・・・一人前の職人になるまでは戻らないと言ってたものなので」

「ふ~ん、まあ途中で挫折してあきらめるというのもよくある話だとは思うけれど」

「ジュリオ、そんな人じゃありません!」


 つい声を荒げて叫んだことにアネット自身も驚いて俯いてしまう。


「それなら、追いかけましょう」


 エルのその言葉にアネットは勢いよく顔を振り上げて見つめてしまう。


「気になるんでしょう、それなら本人に聞くのが一番だわ。

 ほら早くしないと見失ってしまうわよ。

 私は顔を知らないんだから急いでよアネット」


 そう言うとエルは先ほどアネットが見つめていた方へと足を向けて歩きだす。


「帝都の工房って言ってもいろいろあるんだけど。

 そのジュリオは何の職人になるつもりだったのかしら」

「飾り細工の職人です。

 宝飾品や家具などに飾り細工を施すんです」

「手先の器用さはもちろんだけど感性も求められる仕事ね」

「いました、あの青色の上着の」

「それなら駆け寄って声をかけなさい。

 ほら見失うわよ」

「っあ、はい」


 エルに促されアネットはジュリオへと駆け寄っていく。


「ジュリオ!」


 声に振り向いてアネットの顔を見つけて思わずジュリオは驚く。


「アネットッ!何故ここに。

 この時間は親父さんの店の手伝いじゃなかったのか」

「ちょっと色々あって。

 それよりジュリオこそどうしてここに帝都の工房で一人前になるまでは帰らないって・・・」

「・・・そっそれは」


 言い澱むジュリオを怪訝に思いながらもアネットは尋ねる。


「何かあったの帝都で」

「いや、そうじゃないんだ。

 とにかく今は・・・。

 あとで店に必ず顔をだす。

 だから、ごめん」


 そう言うとジュリオは踵を返して足早に去っていく。

 不安気にジュリオの後姿を見送るアネットにエルが歩み寄って話しかける。


「随分、顔色が悪かったわね。

 それに少しやつれてないかしら」

「・・・そうですね」

「まあ店に来たときにお腹一杯食べさせてあげればいいわ。

 アネットの料理は美味しいから直ぐに元気になるでしょう」


 そう言うとエルも踵を返して歩みだす。

 何気に心配してくれたのと料理を褒めてくれたことから悪気のある人では無いのだろうと思ってアネットも追いかけるように歩きだす。




 しばらく歩を進めると不意にエルが呟く。


「その先の路地に入るわよ」


 言われたとおりに路地に入るとエルがアネットに注意を促す。


「振り向かないでね、後をつけられているからこのまま誘いだして問い詰めるわ」


 驚きながらも言われたとおりにアネットは振り向かずに付いて歩く。


「この辺りで構わないわね」


 路地裏の一画で立ち止まって後を振り返るとエルは威風堂々と言い放つ。


「もうこの辺りで良いでしょう!

 コソコソしてないで用があるなら出てきなさい。

 話くらいは聞いてあげても良いわよ」


 物陰から3人腰に剣を佩いた男達が姿を現して歩み寄ってくる。


「別にあんたの方によ・・・」


 真ん中の男が話の途中で固まって動かなくなる。

 その様子を見てアネットは当然かと納得する。

 派手な服装と大粒の様々な宝石がはめ込まれた装身具を体中に身につけておりそれが悪趣味には見えないだけの圧倒的な存在感を放つ美貌の女である。

 これで見惚れるなという方が無理な話である。


「どうしたのよ、用が無いならこのまま立ち去るけれど構わないわよね」


 エルの言葉にようやく我に返った男が話を再開する。


「っちっちっち、っちよっと待て」


 深呼吸をして気持ちを落ち着けてから再度男は話を始める。


「っよっし、別にあんたの方に用はないんだがな。

 まあ、運が悪かったと思って一緒に付いてきてもらおうか」

「なるほど、狙いはこちらのニーナの方なのね」

「まあ、そういうことだな」


 男の様子から名前を本当に知らないことを察して狙いがアネットではないことをエルは確認する。


「そう、本当の狙いは先ほどのジュリオのほうね。

 アネットをどうするつもりなのかしら」


 エルのその言葉に男が顔を不快そうに歪める。


「っちぃ、なかなか頭の回転が早そうだな」

「誰でも分かるでしょう。

 後をつけられたのはジュリオと分かれたあとだったし。

 おそらくはジュリオが誰かと接触するのを待っていたんじゃないの。

 確信したのはあなた達がアネットの名前を知らなかったことだけれど。

 それでアネットとジュリオを捕まえてどうするつもりなの」


 そこで男達が一斉に剣を抜き放って構える。


「手加減するのは苦手なのよね。

 まあ死んだら生き返らせてあげるわ」


 男達が1歩踏みだして走りだすと同時に周りの大気が収束して弾ける。

 衝撃波となった大気に吹き飛ばされて勢いよく地面や壁へと男達が叩きつけられる。

 痙攣しながら動けない男達を見下ろしながらエルが歩み寄る。


「うん、死んでないわね。

 それじゃ何故アネットを狙ったのか教えてもらえるかしら」

「・・・っまほうつか」

「質問に答える気が無いなら拷問になるけれどいいわよね」


 そう言うと男の頭を踏みつけた足先から電撃が流れる。


「っあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ・・・」


 男の頭から足を下ろしてエルが再び詰問する。


「さて、答えて頂けるのかしら」

「っひぃ人質にするつもりだったんだ。

 ジュリオに言うことを聞かせるための」

「ジュリオに何をさせるつもりなのかしら」

「金型を造らせるとしか知らない。

 本当だっ」

「埒があかないわね。

 いいわ、あなた達のアジトまで案内しなさい」




 ジュリオは急いで町を出るべく足早に門へと向かって大通りに出るとが人混みにより足が鈍くなる。

 不意に両脇から腕を絡めとられると背後から話しかけられる。


「声をだすなよジュリオ。

 下手なことをすると先ほど話していた女がどうなるかは保障できないぜ」

「っ!おまえた・・・」


 背中を叩かれた衝撃で声がつまる。


「2度も言わすな。

 声をださずに付いてこい」


 両脇で腕を押さえる男達に引き摺られながら大通りから連れ出されると路地裏へと連れていかれる。


「残念だったな逃がしたのはワザとさ。

 憲兵隊に駆け込んだりしないように色々と魔法もかけさせてもらったうえで帝都からずっとお前は監視されていたんだ。

 なかなか言うことを聞かないからな人質にできる相手との接触をそうやって待っていたんだ。

 分かったらあきらめて連いてこい」


 男達がジュリオを左右と背後から挟み込んで歩いていると不意に目の前に男の姿が現れる。

 脇道の無い一本道であるどこから現れたのかと警戒して足を止める。

 長身の黒の短髪で着ている服はコートからシャツもズボンも手袋やブーツさえ真っ黒である。

 蒼白で整った顔は幽鬼のようでまるで影から滲み出してきたような男である。

 漆黒の瞳が向けられると左肩にとまる漆黒の鳥が流暢な人語で語りかけてくる。


「帝都の飾り職人工房はランドウ親方の弟子になるジュリオで間違いはないな。

 ランドウ親方殺しの詮議によって君の身柄を拘束させて頂くが手向かいは無用に願いたい」


 その言葉にジュリオを取り囲む男達が一斉に剣を抜き放つ。


「てめえ帝都の役人か。

 残念だったなジュリオは今忙しいんだ。

 代わりに俺達が相手をしてやるよ」


 左右の男達がそろって漆黒の男に駆け走る。

 肩から鳥が飛び立つと同時に漆黒の男も駆け走る。

 黒い疾風としか言い表せない速さで迫ると左右の手で男達の顎を掴んで絞めあげる。

 声も出せずにその勢いのまま地面に叩きつけられて男達は失神する。

 

「っばぁ、化け物か」


 男達も剣には自信があり事実その辺りのゴロツキでは相手にならない腕である。

 それが素手の男に剣を振ることもできずに2人同時に倒されるなどありえないことである。


「これ以上は無駄だ。

 おとなしくしてもらいたいのだが」


 上空を旋回する鳥から少し高い澄んだ声で話しかけてくる。

 

「っふ、ふざけやがってぇ!」


 男が剣を上段に振りかぶって漆黒の男に迫る。

 漆黒の男は悠然と動かずに振り下ろされる剣を握る手を掴み取るとその勢いのまま背負い投げて男を地面へと叩きつける。

 漆黒の鳥が漆黒の男の左肩にとまる。


「さて、ジュリオ。

 おとなしく身柄を拘束させて頂きたいのだが」


 ジュリオはその場で地面に跪いて頭を下げる。


「お願いします。

 僕の幼馴染がこの男達の仲間に捕まったんです。

 少しでいいんです彼女を助けだす時間を僕にください。

 お願いします」


 漆黒の男に対してすがるようにジュリオは懇願する。




 その屋敷はいわゆる貸家になる帝都へ赴く前に地方官僚や有力商人などが準備を整えるための長期滞在を目的に使われている。

 今屋敷内には庭を始めとして一目で騎士と分かる男達が腰に剣を佩いて護衛に当たっている。

 その屋敷奥の一室では帝国軍の准将であるダイカスが新興の商会であるエィティゴ商会の会頭ダルマーを迎えている。


「先ほど報告がありましたよ

 ジュリオがこの町の娘と接触したと」


 ダイカスが自身とダルマーのグラスにワインを注ぎながら話しかける。


「ほう、では予定通りに進んだということですね。

 それはよかった、こちらで雇った者がうっかりランドウを殺したと聞いたときはどうなるかと思いましたが」

「弟子である彼も親方が認める腕ですからね代わりにはなるでしょうね。

 今頃は配下の者が娘とジュリオを捕らえていることでしょう」

「ならば直ぐにでもジュリオに金型を造らせる準備をせねばなりませんな。

 帝都に戻っても今は捜査の手が厳しくなっていることでしょう。

 この町ならば丁度いい。

 帝都はもちろん大陸の南と東にも偽硬貨を流すことができる」

「帝国の経済に打撃を与えると共に戦を起こすための火種を蒔くことも容易でしょう。

 そうなれば戦争景気でそちらは潤い。

 私にも出世の道が開かれることになる」

「手早く繁盛をするのにも出世をするのにも戦ほどそれを容易にしてくれるものはありませんからな」


 互いにほくそ笑みながらグラスを掲げて打ちつけあう。

 その瞬間、轟音と共に屋敷が揺れ動く。


「っなっなっな、なにごとだ」


 ソファからズレ落ちると同時にワインを服にぶちまけたダイカスが叫ぶように呻く。


「どうなっている、誰かいないのか」


 揺れ続ける屋敷の中で何とか立ち上がってダイカスが部屋の外に叫ぶ。

 勢いよく扉が開け放たれて慌てた様子の騎士隊長が飛び込んでくる。

 

「襲撃者です!

 門を撃ち壊して侵入されました」

「何人だっ。

 表の騎士達は何をしている」

「1人です、しかし魔法による攻撃で表の騎士達は既に全滅かと」

「っば、バカなことが・・・。

 どこの魔法使いだ」

「分かりません、部下の報告では派手な服を着た女だと」

「派手な服を着た女・・・」


 その言葉にダイカスの脳裏に一瞬思い出してはいけない顔が思い浮かぶが直ぐに打ち消す。

 いくら非常識、傍若無人、規格外のあの娘でもここに現れる理由が無い。

 そもそも帝都には帝国屈指の魔法使い達がわざわざあの娘1人を外に出さないために造った強力な結界が張られているのだ。

 思い過ごしだ落ち着け自分、と言い聞かせるダイカスに隊長が追い討ちをかける。


「それと腰まである長い銀髪の女だと言っておりました」


 そこでダルカスの思考は一瞬停止する。


「表の騎士を1人で壊滅させる銀髪の派手な魔法使いの女・・・。

 そんな奴が2人もいてたまるかッ!!」


 突然叫ぶダイカスに驚く隊長を無視して急いで指示をだす。


「逃げるぞ、時間が無い。

 このまま直ぐにだ」


 そう言いいながら慌てふためいて部屋の外に向かって1歩踏みだした足が止まる。

 開け放たれた扉に1人の黒ずくめの男が立っている。


「何故、お前が。

 いや、それよりもお前が居るということはやはりあのお方も・・・。

 何故だ!」

「僕がここに居るのは仕事で帝都の飾り職人工房のランドウ親方の殺害事件を追ってのことだ。

 エルが何故ここに居るのかは僕も知らない。

 正直、僕も驚いているんだ」


 左肩にとまる漆黒の鳥が少し高い澄んだ声で流暢な人語で話す。




「ああ、そうか屋敷を壊すとジュリオまで巻き込んじゃうんだったわ。

 うっかりしてたわね」


 かざす右の掌の前に造った圧縮させた大気の玉を霧散させてエルはどうしたものかと考える。

 そうしているうちに舞い上がる砂埃の向こうから見知った顔が現れる。


「アルドッ!やっと出会えたわね」


 そう言うと姿を現した漆黒の男アルドに駆け寄って抱きしめる。


「急に居なくなるんだもの捜したのよ。

 もう、こんなに心配させて・・・」

「仕事なんだけど。

 それより何故エルがここにいるんだい」

「もちろん、あなたが心配だから追いかけてきたのよ。

 婚約者なのだから当然でしょう」

「それはエルが勝手に言っていることでしょう。

 それより何故屋敷に魔法をぶっ放しているんだ」

「この野郎共、無茶苦茶しやがって」

「ぶっ殺してやる」


 まだ動ける騎士達がエルとアルドを見つけて集ってくる。

 

「っむ!せっかく良いところだったのに」

「エルは何もしないように。

 手加減できないんだから」

「あら、そんなことは無いわよ。

 今日はまだ1人も殺してないんだから」


 エルから体を離すとアルドの影が揺らめいて無数の霊影士(ルヴナン)が飛び出してくる。

 霊影士(ルヴナン)は漆黒の衣装に道化の仮面を被り手には各々に剣、槍、斧、メイス、ウォーハンマー、サイズ、ハルバードなど様々な武器を握っている。


「殺さずに全員を捕らえろ」


 アルドのその言葉に霊影士(ルヴナン)が一斉に騎士へと襲いかかる。

 霊影士(ルヴナン)は騎士達の剣を叩き折り軽くいなすと次々と無力化して瞬くまに全ての兵士を捕らえてしまう。

 霊影士(ルヴナン)が屋敷内からダイカスとダルマーを引っ張ってくるとダイカスが叫ぶ。

 

「何故お前がここにいるんだ。

 帝都の結界で封印されて外には出られないはずだろう、エルレーヌ・ドラゴディア皇女よ」


 そのダイカスの言葉に隣のダルマーだけでなく周りの騎士隊長も驚いて間の抜けた顔になる。


「あんなの意味無いわよ。

 私が触れただけで直ぐに霧散しちゃったわ」

「っなあぁ・・・」


 帝国最高峰の魔法使い達が不眠不休で1ヶ月をかけて築いた最大最強の結界が一瞬で消えた・・・。

 ダイカスだけで無くアルドもさすがにこれは魔法使い達に同情した。

 大陸全土を支配するドラゴディア皇家はドラゴンの血が混じっていると噂されるほどに代々魔法力の高い者が数名だが生まれることがある。

 その中でも規格外の魔法量と魔法力を持って生まれドラゴンどころか魔神王の生まれ変わりとまで言われているのがエルである。

 だがそれでも・・・帝国最高峰の魔法使い達が不眠不休で1ヶ月をかけて築いた最大最強の結界が一瞬で消えた・・・。

 これは酷すぎるだろうとアルドも同情を禁じえない。


「とにかく今は仕事だからおとなしくしていてくれ。

 さてジュリオの話だと幼馴染のアネットって娘が捕まっているって話だけど」

「あら、アネットなら無事よ。

 襲われたけれどたいしたこと無かったわ」


 その言葉に呆れつつアルドはまずエルから事情を聞くことにする。




 アルドとエルの前には捕らえたダイカスとダルマーそして騎士達とジュリオとアネットがいる。


「よりによって100万ドラゴニア金貨で支払おうなんて・・・」

「あら、だって帝国造幣局に正規の手続きで造らせた正真正銘の硬貨よ」

「だけど元はエルがおままごとのために造らせた物でしょう」

「「「っえあぁ」」」


 その場にいるほぼ全員が奇声を発するのも当然であろう。

 帝国でも屈指の超一流の職人達の手作業によって造られた芸術品とも呼ぶべき硬貨がただのおままごとのために造られたと誰が想像できようか。

 しかもそれが今となってはたった1枚だけでも帝国経済が傾くほどの価値を持つとは・・・。

 特に偽硬貨を造ろうとしていたダイカスとダルマーは既に魂が抜けたような顔をしている。


「ともかく詮議のためにジュリオにも帝都に来てもらうが捕まっていただけで実際にまだ偽硬貨が造られていないのなら罪は無い訳だから心配はしなくていいだろう。

 ダイカスとダルマーそして騎士達もこのまま帝都まで連行したうえでランドウ親方殺しと未遂とはいえ偽硬貨造りの全てを洗いざらい白状してもらう事になる」


 ダイカスとダルマーは呆けた表情でもはや反論する気力も無かった。

 アネットもジュリオに罪が無いと知って安堵してジュリオと互いに抱きしめあう。


「ほおぉーほっほっほっほっほっほっほっほっ、これにて一件落着ね」


 そう言ってエル高らかに宣言する。




 翌日、連絡を受けて帝都から来た憲兵隊達にダイカスとダルマー達そしてジュリオは引き渡され帝都まで護送されていくことになる。

 本来ならエルも連れ帰らねばならないのだが憲兵隊達はその件には一切触れなかった。

 というよりも目を合わせないようにと避けられていた。

 壊した屋敷の弁済などを含めて町での事後処理を終えてアルドがエルを帝都まで連れ帰るのは更に翌日になる。

 後日ダイカスとダルマーは極刑となるが一族郎党まで罪が及ぶようなことは今の帝国法には無い。

 配下の騎士達もランドウ親方を含め殺害に及んだ者は極刑となって他の者は犯した罪によって強制労働の就労年数が割り振られることになった。

 そしてジュリオは無罪放免となって別の工房で修業を続けることになる。

 ジュリオがアネットの元に帰るのはまだ先のことになるであろう。

 アルドは事件のあと巡検使の任務に就き大陸中を巡ることとなる。

 エルレーヌ皇女は素行を改めさせるためという名目で風龍の大神殿に預けられることとなった。




 その日朝早く帝都の門から旅立つ者達とそれを遠くから見守る者達がいた。

 想いはそれぞれではあるが1人を除いて全員の願いは同じであった。

 可能な限り人に迷惑はかけないでくれよと・・・。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ