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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編綴*詰め合わせvol.1*

魔王の庭に、咲く花の名は―――

作者: 鏡双緤

プロローグ的な、何かです_(._.)_


 *







 事の起こりは、父が事業に成功し、図らずも王宮から爵位を賜ったことに由来する。

 ノーブル、つまりは貴族社会に関わっていくことになった自分は当初から溜息を隠さなかった。

 生来の人見知りに加え、華やかな姉たちと社交に優れた母をずっと傍らで見てきた自分。

 この十七年間の間に、十分すぎるほど思い知らされてきた。


 華やかな世界には向かない。

 むしろ、ひっそりと暮らしていくことに安らぎを覚える性分だと。

 基本的には、その認識に尽きる。


 両親ともに優しい人たちだ。それは否定しない。

 彼等は知らない。

 自分を見る目に諦めの色がちらつくのを、子供なりに感じていたことも。

 それを僅かも伝わらぬよう、隠し続けてきた自分の意図も。

 何も、知らない。

 敢えて伝えていないのだから、当然と言えば当然だ。

 加えて二人の姉たち。

 彼女たちは、年の離れた妹をどう扱っていいものかと内心で持て余しているのだ。

 微笑みながらもどこかぎこちない。

 それもその筈。

 私の母は、義理の母であり。

 私の姉たちは、義理の姉たちだ。

 五年前に母が急逝し、二年後に父は今の母と姉たちを家に迎え入れたのだ。

 それを機に、目まぐるしい日々が続くことになった。

 追い風が吹き、父の手掛けていた事業が波に乗ったのだ。

 気付けばその資産は物凄いことになり、事業も各地に拠点を広げるほどに大きくなっていき。

 今や、名実ともに新興貴族の一員として名を知られる。




 *







「なり上がり風情が、どこまでずうずうしいのかしら」

「どうせ最低限のマナーさえ弁えていらっしゃらないのでしょうね」

「元の身分を忘れて王宮に顔を出せるのですもの。そろそろどなたか身の程を教えて差し上げたらいかが?」


 ……凄いな。本当にこんなこと言ってくる人たちがいるんだ。

 今夜で十二回目のパーティ。

 初めの頃の様な緊張とは、無縁になりつつある今日この頃。

 隅の方で声を潜ませながらも立て続けにそう言われれば、目を丸くもする。



 彼女たちの言い分は大分私情や偏見が混じるにしても言いたい事はまぁ、分かるのだ。

 彼女たちの側から見れば、新興貴族に良い気持ちはしないだろう。

 それはつまり、旧華族家もしくは王家に連なる高位貴族たちから見ればと言う話。

 古くから血を繋ぎ、それが途絶えないように傾倒して来た彼等とは価値観も考え方も違っていて当然であり。

 それは、嫌みも言いたくなるだろう。

 現に今回もそうだ。



 居並ぶ令嬢たちは、自分の様なのが目障りで仕方無いのだ。

 どこか冷めた思いでそれを感じている自分。

 むしろ頷きたい。

 同意したい。

 許されるなら、その通りだと。

 大手を振って賛同したい位ですよ?


 だってそうだろう。事実、身分違いもはなはだしい。

 それが偽りの無い、本心だ。

 こんな魑魅魍魎が跋扈する場所に、出来るなら一刻も居たくない。



 そうですね、場違いにも程がありますよね?

 どれほど彼女たちにそう言いたいか、肝心の当人たちに伝える術も無く。

 じっ、と俯くだけしかない自分がどうしようもなく嫌で。

 寧ろ吐き気に似たそれさえ、覚えている。



「壁の花である資格さえ貴女にはありませんのよ。……分かったら、広間を出て二度と戻らないことですわ。それが貴女の為にもなりますのよ?」



 くすくすと、嘲笑交じりに告げてくる令嬢α。

 名前を存じ上げないので、記号を振るのが定例化しつつある裏事情。

 それはさて置き。

 この機会を見落とす自分ではない。


「……っ、」


 顔を両手で覆って、広間から立ち去る。

 後方から響く愉しげな笑い声を聞きながら、広間を抜けて外へ出た。


 周囲に人気が無いところまで来て、ようやく覆っていた両手を外す。

 ああ、空気が美味しい。

 けれども、慎重に。動作は最小に。決して目立たぬよう。

 三原則を内心で繰り返してから、ゆっくりと。

 そうして振り仰いだ表情は安堵に綻ぶ。



「……ありがとう、令嬢様方。貴女方に感謝ですよ」



 理由が無ければ、一人の退出は目立ち過ぎる。

 その理由を得られずにうろうろしていたところで、あの救いの手。

 感謝してもしきれない。

 まあ、少し傷ついたのも事実ではあるけれどね。些事である。

 結果良ければ何とやらであるからして。



 さあ。後は時間帯を見て周囲の波に紛れて帰宅するだけである。

 それまでの間は庭の片隅に身を潜めてやり過ごそう。

 徐に踏み出した先は、四方に広がる中庭の西側の隅。

 南側と東側の薔薇が、今を盛りと咲き誇る一方。

 中庭の西側と北側は、比較的薔薇の茂みが少ない。

 つまり、旬では無いということ。

 つまり、人気も准じて少ないということである。

 当面の問題を一つ上げるとしたなら……

 …中庭で密会する人々の茂みにはくれぐれも遭遇しないことを祈るばかりだ。


 がさり、がさりと茂みが一際大きく揺れた。


 …どれだけ激しいプレイを?!

 内心呆れながら、表情も変えずに西庭の隅に置かれた木箱の陰に隠れる。

 恐らく薔薇の肥料が入っていた箱だろう。

 それらを積み上げた一角で、ようやく腰をおろしてひと息付いたところで。





 ぞわり、と背筋に走る感覚。

 その理由を探る前に、咄嗟にそこを離れようとした自分は正しかった。



「おい、そんなに急ぐことはねぇだろうよ」



 ずるり、と暗闇から紛れ出るようにしてそれは立ち上がる。

 既に掴まれた腕に、絡みつくような漆黒の手。

 獣の様な、爛々と光る血色の目。



「…それも、そうですね」



 冷や汗と眩暈。

 今まで触れてきた誰よりも、膨大な魔力を持つであろう誰か。

 姿を確認する前に、その必要も無いことを知っていた。



 ああ、ここで自分の生涯の幕引きか。

 そう思ったのにも理由があり、言葉に諦めを乗せたのも無理は無いことである。



『彼』の機嫌を損ねた数多くの貴族たちが辿った末路を聞いていればこそ。


 抵抗を諦めて、再び木箱に座りなおした。



 ここが魔王の庭であることを、束の間でも忘れていた自分はやはり貴族ではなかった。

 王宮。その実、魔王宮。

 魔界に暮らす人々ならば、誰もが知る。

 王族は皆、その目に緋を持つ。

 血色の眼。

 まさにそれは王族の象徴。

 そしてその中でも、有名なのが『彼』だ。


 魔王族の中には、時折常軌を逸した魔力を持って生まれる赤子が出る。


 そしてその誕生は、事前に魔術師たちによって魔王に知らされることになっている。

 魔王自らが、その子供を排斥する為にだ。

 子殺しと、称されるその行為にも理由がある。

 あまりに強い魔力を持つ赤子は、世界の均衡を崩すことになりかねない。

 王には民を守る意義がある。


 だからこそ、生まれ落ちたその瞬間が選ばれる。

 確実にそれを葬る。ただその為に。



 幾度も幾度もそれを経て、世界の均衡は保たれてきた。


 しかし、物事には常に想定外が生じるもの。



 魔王は、赤子を殺そうとして逆に返り討ちにあった。

 魔王は死に、赤子は生き残った。



 父の血に塗れ、生を得た『彼』は周囲に虞を抱かせながら成長した。

 未だに語られる『彼』の成長譚は一言で言おう。血生臭い。


 直接的な死を与えるのが無理だと分かった後は、あらゆる間接的な手段が試された。


 しかし全てが未遂に終わり。

 それを計った人物たちは皆一様に悲惨な死を迎えた。


『彼』は自らの生を脅かすものに対して、欠片も慈悲を与えることは無いから。



 まあ、それもそうだろう。

 理由はどうあれ、自分を殺そうとした存在に許しを与えるほうがおかしい。



 そしてそんな『彼』を実際に目の当たりにしている自分は運が良いか悪いか。


 考えるまでも無い。

 災厄の運勢を引き当てて、どうして楽観的でいられるだろう。



「…お前、やけに素直じゃねぇか」

「それはどうでもいいんですが、あの……聞いても良いですか?」

「どうでもいいことを聞きてぇのか、お前は…」


 どこか呆れた様な視線を寄こすそれに、違和感を覚え始めたのはこの時だ。


「王族の割に、砕けた話し方を好むのですね?」

「王族ねぇ……はぁ。それが面倒だと思うから、こんな所にいるんだろうが?」


 いや、何ですかその空気読め的な視線は。

 一体何人がそんな風に思考を飛躍させられよう。

 なにせ、今回のパーティの主役たる人物が密会ならまだしも、こんな園芸箱の後ろで暇を潰している。



 …というか何だかとても会話がスムーズですよ。

 旧来の友人にあったみたいなまさかのテンポの良さ。

 それに内心驚きを隠せないのですが。



 改めて向き合えば、月光だけを頼りに見える様相。

 色素の抜けた銀灰色の肩までの髪。

 漆黒の王衣。

 王族の象徴たる緋色の目。

 身を凍らせる様な、その端麗な造形。

 いやはや、風聞通りである。



「…シオール・レマン・ラティーヌ殿下で宜しかったでしょうか?」

「ああ、合ってるよ。…で、お前の名は」

「ルクレール家の末子…です」

「いや、そこは名を名乗れよ。面倒くさがりっていうレベルじゃねぇぞ?!」

「…あのー、私の名など大して役には…」



 氷点下の眼差しに、とうとう折れましたとも。



「ネージュ・ルクレールと申します」

「名前だけでどれだけもったいぶる気だ、お前。いや…ネージュか」

「いえいえ、ファーストネームいきなり呼ぶとか空気読んで下さいよ」

「……ふん、お前も初めは死んだような目をしてた割に順応が随分早いなぁ?」

「あの、口調だけならどこかの路地にいるチンピラ…ごほんごほん、失言でした。いえ、ただあまりにも見目とそぐわないもので」



 若干の間を空けて、氷点下が僅かに緩んだようにも見える。



「言うじゃねえか、ネージュ?」

「いえ、貴方には負けます」



 今度こそ会心の笑みが返る。

 それはとっても凶悪なそれだ。

 身震いしましたとも。

 死よりも酷な運命を引き寄せたかもしれないと、そう思わせるモノでした。



「おい、ネージュ。今回のパーティの趣旨を知って出てるんだろうな?」



 ぞわっ、と背筋を走る悪寒は本物でしたよ。

 潜めた声の艶が絡め取るそれでしたからね。


 さあ、今こそ鈍感スキルを発現させるときである。

 …出ないよ?

 いや、そんな急に出来ませんから。

 そんな器用な人間だったら、そもそも嫌々パーティに出席するような墓穴は掘りませんよ。



 答えたら、詰む。


 その確信があってこそ、曖昧にしようと試みた自分の努力が涙ぐましい。



「…さ、さぁ?…何せ、今回が初めてのパーティですから」


 勿論これは大嘘である。今夜も含めて既に二桁には届いてますから。十二回を数えます。



「へぇ……初めてねぇ。因みにパーティは楽しめたのか?」

「…あ、あの。て、適度に? いえ、そもそも人見知りが激しいのであまりこういう人ごみは苦手で。社交性の欠片もありませんよ。欠点だらけです。むしろ良い所なんて数えるほども無いと言いますか。ええ。プラスは無いです」



 言っていてとても虚しくなってきたこの内心をどう立て直したものでしょうね…

 けれども今が正念場だと分かればこそ、印象をどん引きまで持っていかないと。

 万一、を無くさなければ人生を平穏にするなど叶いませんよ。



「成程なぁ、…喜べネージュ。もう苦手なパーティに出なくてもいい道を提示してやる」

「…謹んでお断りさせていただき、っ」



 言い終わりを待たずに、漆黒の王衣に巻き込まれております。

 抵抗さえ敵わずに、重なった唇が情け容赦なく続く筈だった言葉を強制で封じ込めに掛かるのだから堪りません。


 空気を読んで。

 取り敢えず酸欠気味の現時点で言いたいのは、それに尽きるのですが……



「っ、あ……、さり気無く何処触ってるんですか?! どさくさに紛れて変態ですか貴方は。や、ちょっ……大声を出しますよ?!」


「……そうして貰った方が、手っ取り早くて楽でいい」



 その表情をして、魔王。

 熱情を孕んだ双眸が、全くもって洒落にならない。

 続く言葉を待たずして、既に逃げ場が存在していないことを悟るまでに掛かった時間は僅かなもの。


 道、塞がれた……

 涙目の自分に覆い被さるのは、魔王の影と仄暗い熱。

 叫べば、周囲に周知される。

 沈黙すれば、このまま喰われる。

 自分にとっては、酷でしかない選択肢のみを前にして。

 心が折れなかっただけ、果たしてマシと言えるのだろうか。



「なぁ、ネージュ? この庭に入った時点でお前はもう俺のものだ」


 つまり、諦めが肝心だと言いたいのだろう。


 耳元で囁いて、息を付く間もなく奪われる呼気。

 僅かに身を捩るも、些細な抵抗など一蹴して。

 熱の混じる指先に隅々まで暴かれた後に残るのは、溜息。



 ああ、だから来たくなかったのに。







 ***



 魔王に囚われた少女。

 その少女、ネージュには義理の二人の姉がいる。


 少女は知らない。

 彼女たちの本心を。




 全身を生まれたての小鹿のように震わせて、ルクレール家の当主は月明かりの美しい邸のバルコニーへと追い詰められていた。

 その視線の先には、二人の娘たちが表面上は穏やかに微笑んでいる。

 その内心を、漆黒の憤怒に染めながら。


「……父さま? やはり貴方にお任せしたのが全ての過ちでした」

「……父さま? もしもの時はどのように責任を果たすおつもりでいらっしゃるのか……今の時点で是非、その救いようの無いお口から聞いておきたいものですわ」


 華やかさの方向は、まさに正反対。

 社交界では『金の薔薇』『黒の百合』として、名を知らしめている彼女たち。


 長女 ミルローズ・ルクレール。

 次女 リリーベル・ルクレール。


 彼女たちは、ネージュの義理の姉である。


 前置きがてら。

 ここで一つの訂正と事実を明らかにしておこう。


 彼女たちの妹である、ネージュ・ルクレール。

 彼女は知らない。

 “微笑みながらも、どこかぎこちない”その様子が示す事実を。

 それはけして、彼女が推測してきたような意味での“持て余す”感情などではけして無いことを。





「ローズ、リリー……取り敢えず、落ち着いて話を聞いてくれ。可能ならその手のブツを一旦置いてきてから、冷静に聞いてくれ」



 この言葉に、二人の美女は身も凍る様な艶笑をより一層深める。

 これは危険な兆候だ。



「愛妹を魔王宮へ売るような下種な男の話を、冷静に聞けると思うのね?」

「そのように思われているとしたら、その誤解を余計に正さなければなりませんね?」



 こつ、こつと。

 優雅な運びに、もはや血色を失った当主はバルコニーの縁に縋りつく。

 待て、話せば分かると繰り返す声はこれ以上ないほどに震え。

 絶えずその目は、活路を見出さんと忙しなく泳いでいる。

 しかし。

 無情にも影は落ち、宵闇に響き渡るのは耳を覆いたくなるような悲痛――――




 ――――制裁は滞りなく行われ、薔薇と百合が隣り合ってバルコニーから室内へと戻る。

 その背後で、全身をぐるぐる巻きに拘束されたミノムシの如き様相の何かがピクリとも動かずに沈黙していた。


 そんな後ろ背に、もはや興味も関心も失った彼女たち。

 当面の懸念事項は、何を置いてもまず彼女たちが“愛する妹”と称して憚らないネージュの行方。


 とはいえ、魔王の庭こと魔王宮から未だ戻らぬ現状。

 それが意味するもの。

 彼女たちがそれに気付かぬはずもなく。


 未だ通達こそ、届いてはいない。

 しかし、狙いは既に定められている。

 彼女たちは、その仄暗いほどの敵意……否、殺意にも似たそれを『災厄』に向けて微笑む。


 黄金の薔薇の美しく、残忍な微笑。

 黒百合の儚く、感情の籠らぬ薄笑み。



「「私たちの妹を、奪おうというのなら……ふふ、覚悟なさいませ魔王様……後も残さず、葬り去って差し上げます」」



 二つの妙なる声が重なりあい、柔らかに細められた酷薄の双眸は東――――魔王宮の方角――――へと向けられた。


 時が満ちるまでは、あと僅か。

 今はまだ、宵闇。

 ルクレール家に正式に通達が送られてくると同時に、切って落とされる凄惨の行方は。


 今はまだ、潜められた闇の中。













麗しの義姉たちと、魔王の攻防戦はおそらく相応のモノになる筈です。

おそらく冷戦。バトルも(スペック的に)可能な筈ですが、少女が傷つく状況は望まないでしょう。

元々は、シンデレラ×異界をイメージして書き起こしたものですが……


何がどうして、義姉たちが最後で意味深……な物語に纏まりました。

今後の展望に関しましては、現在のところ未定です。


ここまで読んで頂いた方々へ、感謝の気持ちを込めて。

ありがとうございました。



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