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レールノイズ

作者: アザとー

 俺たちの朝は早い。太陽すらまだ顔を出さぬ早朝から、順番に始発駅を出る。同系の兄弟と、ぴかぴかに若い特急は俺より先に、この駅から出たはずだ。

 俺はゆっくりと体を揺する。車体のどこかできしっと痛みが走った。

 仕方ない。ガタがくるほどのトシじゃないが、若くは無いんだ。最近では、どうもサスが甘い。

 ここは地下駅だから太陽の動きは、わからない。だが、そろそろ日差しが、大気を暖め始める時間だ。遅い始発に指名されたのがせめてもの救いだろう。

 俺は、駅のホームをゆっくりと離れる。走り出しは悪くない。これはまったく、今日の乗務が北原だからだろう。あいつは、おっさん臭い風体をしているくせに、マスコン捌きがひどく丁寧なんだ。朝一の走りにはむしろ、こちらから指名したい相手だ。

 ごとん、と体を揺らして、俺は地上を目指す。だが、おかしい。架線が冷たい。出口はすぐそこなのに、太陽のぬくもりが伝わってこないんだ。

「ちくしょう!! 雨かよ!」

 やっと太陽が拝めると思った俺は、思わずうめいた。

 雨は良くない。小さながたつきがキシキシと痛む。それでも、これからの一日を、俺はレールの上で体を揺すって過ごさなくてはならない。

 これは、実に単調な仕事だ。決められた時間に、決められた駅で人を積む。決められた道筋を、決められた手順に従って、次の決められた駅へ……あれだ。毎朝、俺に乗り込む通勤客と同じだ。毎日、決められた電車にのり、決められた駅で降り、決められた時間に帰る。

 人生っていうのも、俺たちとさして変わり無いんだろ?


 まあ、いいや。これから俺は都内を通抜ける道のりを走る。この始発駅は空港直結駅だから、朝の上り便はさして乗客もいないんだ。今なら座り放題さ。

 あんた暇なら、ここに座って、俺の話なんか聞いちゃあくれないか?長距離通勤者はもう一本前の電車に乗っちまってるんだ。しばらくは乗客もほとんどいないし。途中駅で追い越しの特急待ちがあったり、眠たい走りさ。

 だが、この駅辺りから、通勤の客が乗り込んで来る。少し狭くなるのは勘弁してくれよ。

 それにしても、人間ってのはどうしてこうも画一的なのかねぇ……スーツっていうのか? あれを着られると、どうにも区別がつかないんだよ。

 まあ、あんたらから見たら俺もそうか。取り立てて飾りがあるわけじゃない通勤型。車庫に行けば同系の兄弟がごまんといるからな。『ありふれた』ってやつだ。

 そうだな、特急の奴はちょっと違うか……あんたたちでいう『芸能人』って奴だよ。特別なんだ。

 最近導入された、都内と空港を最短で行き来するアイツ。あの紺と白のすっきりしたボディは、なんだか有名なデザイナーがデザインしたらしいんだ。導入の日には写真を撮りたがる人間が押し寄せて、ずいぶんと賑わったがね。

 そら、今の踏み切り! みたか?

 カメラを持った人間がいただろう? あれはその特急狙いの『撮り鉄』さ。

 後は……イベントで走らせる機関車、あれなんかは、まるっとアイドルだな。まあ、あんたたちの言うアイドルと違って、じいさんだがな。

 それでも、車庫に眠っていたじいさんたちをたたき起こして、走らせるって言えば、人間たちはなぜか熱狂して、押し寄せるんだ。解らんな、俺には。

 電車なんて堅実が身上だ。きちんと決められたとおりに働ける奴が、一番偉いのさ。

あ、ほら、さらに混んできやがった。ここはベッドタウンだからな。サラリーマンって奴はみんなここから行き来してんだよ。


……誤解の無いように言っておくがな、俺はサラリーマンって奴は好きなんだ。勤勉な感じがするじゃないか。

 ガタゴト揺れる俺の車体の中で、ガタゴト揺られて、毎日を飽きもせず、きちんと真っ当な人生をおくっているやつらさ。誰に後ろ指をさされることも無い、立派な人生だ。もっと胸をはってもいいと思うんだ。

 なのに、電車に乗る奴あ、みんなうつむいてやがる。ひどい時はぐったりと、つり革につかまってよお。

 あと、最近じゃ、スマホ? あれはよろしくないな。みんな余計にうつむいてやがる。あれが許せなくなったのは、俺も年をとった証拠かねえ?

 ああ、東京だ……次々に乗客が降りて行きやがる。あんたは、どこまで行くんだい?

……え? 次で乗り換え?

 いいねえ。人間は敷かれたレールの上ですら、そうやって乗り換えて、どこまでも行ける。俺はせいぜい、この路線のあっちはしから、こっちはしまでを行き来するだけさ。

 別にそれが嫌ってわけじゃあないさ。俺にはこれっきり、仕事が無いんでな。

 ああ、ほら、駅につくぞ。さっさと用意しないと、降りそこなうだろ。いいから、俺のことなんか気にすんなって。


……だが、そうだな。また暇になったら、話し相手になりにきてくれよ。なあに、俺はどうせ明日も、あさっても、ずーっとここを走っているからよ……


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