【後日談SS】触れるきみの手と
「ねぇ、昴。AとBどっちがいいかな?」
朝の爽やかな風を感じるオープンカフェで、彼女がメニューを開きながら聞いてくる。
揺れる黒髪に目を奪われ、上目遣いの瞳に貫かれた。
心の思うままに手を伸ばし、彼女の艷やかな唇にくっついてしまっていた髪を指先で払う。
「Aセットのサンドイッチと、Bセットのスープが食べたいんでしょう?」
「う……そうなんだけど」
くすりと微笑んでそう指摘すれば、真っ赤になって目を泳がせる彼女が本当にかわいらしい。
「わかっているよ、六花。だから、どっちも頼んで、ふたりで半分こにしよう?」
「はんぶんこ……」
呟いた六花が、いいの? と伺うように僕を見てくる。
(ああ、もうほんと。かわいいなぁ。かわいい。食べちゃいたい。もっと触れたい。六花と触れ合いたい)
こみ上げる愛しさを隠すことなどしたくなくて、僕は六花の手を片手でそっと包みこんだ。
柔らかくて、温かくて、小さな手。
爪の形までこんなにも愛おしい。
「じゃ、じゃあ……両方たのんじゃう。——ありがと、昴」
照れたようにはにかんだ六花が店員を呼んで注文するのを、僕はただじっと見つめていた。
(ああ、もう……なんだろ。本当にかわいい……)
六花は自分のことを「平凡なそこら辺にいる女子となんも変わらないよ」なんて言うけれど、そんなことは絶対にない。
画面の向こうから……情報の海の中から六花を見ていたときから——。ううん。初めて柏木さんに六花を紹介されたときからきっと、僕は六花の愛らしさに夢中だったんだ。
かわいくて、かわいくて。どうしても生活サポート以上の世話を焼きたくなってしまって。
彼女の笑顔が見たくて。彼女の声が聞きたくて……。そして、彼女に触れたかった。
六花が綺麗だよと言う景色を、一緒に並んで見たかった。
手を繋いで、六花と外の世界を歩いてみたかった。
同じものを食べて、食事を分け合って、それで——。
「昴……? どうかした?」
朝靄の晴れた外の世界はこんなにも眩しいのだということを、僕は六花の隣で初めて感じた。
食事を終えた帰り道、六花が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
白い肌に、朝の陽射しが柔らかくかかっていて、僕は目を細めて彼女を見た。
「ううん。なんでもない。しあわせだなあって、思っただけだよ」
「なぁに、それ?」
家までの帰り道、六花と手を繋いで坂を下っていく。
くすくす笑う彼女に「心からそう思うよ」と返して、僕は六花の手を引っ張った。
軽くて、簡単に腕のなかに捕まえられる柔らかな体。
そんな六花を抱きしめて、僕は深く息を吐きだした。
鼻を突っ込んだ六花の髪から、甘い香りがする。心臓のあるところがどんどん早くなっていく。
「六花。大好きだよ。もっともっときみに触れたいな。……ね、家に帰ったら、またベッドに入っちゃおう?」
「……す、昴のバカバカエッチ」
「六花の抵抗は口だけだって、僕は知ってるからね」
真っ赤に染まった耳たぶに静かに唇を落とすと、六花の手を引いて来た時よりも性急に家路を急ぐ。
たとえどんなことがあろうとも、僕はもう六花の温もりを手放すことはできないんだ。
——ああ、ほんと。幸せだなぁ。




