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カタルシス  作者: Colorgray
9/12

008

警報は数分で解除され、格納庫は何事もなかったかのように再び動き出した。


だが、空気は戻らない。


同じ動作を繰り返しているはずなのに、どこかぎこちない。視線が交差する回数が増え、ほんのわずかな頷きや、無言の合図のようなものが混じり始めている。


それはまだ連帯とは呼べない。ただ、孤立が崩れ始めている兆しだった。


ルカはしばらく黙ったまま作業を続けていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……さっきの、助かった」


視線はコンソールに向けたままだ。


「偶然だろ」


俺は肩をすくめる。


「運が良かっただけだ」


ルカは何も言わなかった。ただ、その沈黙の奥で、何かを測っている気配があった。


疑っているわけではない。ただ、“偶然”にしては出来すぎていると、どこかで引っかかっている。


(いい感覚だ)


だが、今はまだ答えを与える段階じゃない。


作業が進むにつれ、第2班の消耗はさらに目立っていった。


リオは何度も手元を見直し、必要以上に慎重に動いている。そのせいで全体の流れが鈍り、周囲にも影響が出ている。悪循環だ。


それでも、もう誰も彼を責めなかった。


代わりに、別のものを見ている。


ヴェインのいる方向を。


昼の短い休憩時間、居住区に戻る途中で、自然と数人が同じ速度で歩くようになった。


意図的ではない。だが、結果として一つの塊のようになる。


ルカがその中心にいる。


「……あのまま続いてたら、どうなってたと思う」


誰かが低く言う。


「分かりきってるだろ」


別の誰かが答える。


短い会話だが、そこに共有された認識がある。


ルカは少し考え、それから口を開いた。


「……証拠は取れてる」


周囲の数人が息を呑む。


「ただ、これだけじゃ弱い。個人の暴走として処理される可能性が高い」


冷静な分析だった。感情だけで動いていないことが分かる。


「じゃあ、どうすんだよ」


「“構造”として示す必要がある。偶然じゃなく、仕組みとして起きてるって」


その言葉に、沈黙が落ちる。


それは難しい。だが、不可能ではない。


(いい方向に考え始めてる)


俺は少し遅れてその輪に近づき、さりげなく会話に混ざる。


「……でもさ」


全員の視線が一瞬だけこちらに向く。


「もし、その“仕組み”があるって分かったとしても……それを外に出せるのか?」


現実的な疑問だ。


ルカがわずかに眉を寄せる。


「……出せる。方法はある」


「本当に?」


俺は少しだけ不安そうな顔を作る。


「監視、こんなにあるのに?」


天井のカメラに視線を向ける。


誰もが一度は考えたことのある不安だ。


「……それは」


ルカが言葉に詰まる。


(ここだ)


俺は少しだけ声を落とす。


「例えばさ」


周囲に聞こえない程度に。


「“事故”が起きたら、どうなる?」


数人が顔を上げる。


「大きな事故。格納庫が止まるレベルの」


ルカの目が鋭くなる。


「その混乱の中なら、監視も一時的に緩むんじゃないか?」


誰もすぐには答えない。


だが、全員が同じことを考え始めている。


それが分かる。


「……危険すぎる」


ルカが低く言う。


「下手をすれば死人が出る」


「もう出かけてるだろ」


誰かが呟いた。


リオの方を見ながら。


その一言で、空気が変わる。


議論が、“仮定”から“現実”に引き戻される。


ルカはしばらく黙り、それからゆっくりと顔を上げた。


「……やるとしても、制御できる形じゃないと意味がない」


完全に否定はしない。


それが答えだ。


(十分だ)


俺はそれ以上は踏み込まなかった。


今は種を植えるだけでいい。


育てるのは、こいつら自身だ。


午後の作業が再開される。


誰も口には出さないが、さっきの会話が頭から離れていない。


視線の動きが変わる。配置を見るようになる。設備に目を向ける回数が増える。


“考え始めている”。


それが一番重要だ。


その日の終わり。


ヴェインは最後にもう一度だけ格納庫に現れた。


「明日は特別日だ」


唐突な宣言。


全員が動きを止める。


「第1〜第4レーン合同での増産体制に入る。ノルマは現行の二倍だ」


ざわめきが広がる。


二倍。

実質的には不可能な数字だ。


ヴェインは満足げにその反応を見ている。


「達成できなかった場合——全班、三日間の配給停止とする」


言い切ると、彼はそのまま去っていった。


残された沈黙は、今までで一番重かった。


だが、その奥には確かに何かがあった。


恐怖ではない。


覚悟に近い何かだ。


ルカが、ゆっくりと呟く。


「……もう、待てないな」


誰も否定しない。


俺はその光景を見ながら、静かにコンソールを落とした。


(第三段階に入る)


準備は整った。


あとは、引き金を引くだけだ。

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