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カタルシス  作者: Colorgray
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006

その日の作業終了を告げるブザーは、いつもより数秒だけ遅れて鳴った。


たったそれだけのズレが、労働者たちの神経を余計に逆撫でしている。


誰もが無言のまま装備を外し、重たい足取りで格納庫を後にする。

第2班の連中は特に酷い顔をしていた。空腹と絶望が混ざった目だ。


ルカはその列の最後尾で、何かを考え込むように歩いている。


(いい顔だ。ちゃんと「背負ってる」)


俺は少しだけ歩幅を緩め、彼の隣に並んだ。


「……ルカ、大丈夫か?」


「……ああ」


短い返事。だが、視線は前を向いたまま動かない。


「録れてる」


ぽつりと、彼は呟いた。


俺はわざと少し驚いた顔を作る。


「え?」


「いや……なんでもない」


ルカは一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を逸らした。


(隠しきれてないな)


あの装置は、起動中は微弱な振動が指先に残る。

訓練を受けていれば隠せるが、今のルカは精神が揺れている。


つまり——“確実に成功している”。


居住区へ続く通路は、湿った鉄の匂いが充満していた。


天井の照明は半分以上が死んでいて、薄暗い。


その暗さが、さっきの出来事を何度も反芻させる。


前を歩く第4レーンの連中が、小声で言い争いを始めた。


「……だから言っただろ、余計なことすんなって」


「でも、あのままじゃ……」


「関係ねぇよ!俺たちの飯が減ったんだぞ!」


声は抑えているが、棘は隠せていない。


ルカの背中が、また少しだけ硬くなる。


(いいぞ。もっとだ)


俺はその空気を、ほんの少しだけ押す。


「……でもさ」


俺はあえて、周囲に聞こえるくらいの声量で呟いた。


「もし、誰も何も言わなかったら……あの人、死んでたかもしれない」


通路の空気が一瞬、止まる。


誰もが言い返せない“正論”。


だが、それは同時に——怒りの行き場を変える言葉でもある。


「……だからって俺らが犠牲になる理由にはなんねぇだろ」


誰かが吐き捨てるように言った。


「そうだけど……」


俺は言葉を濁し、視線を落とす。


「でも、あれ……おかしいよな」


その一言で、空気の質が変わる。


“個人への怒り”から、“仕組みへの違和感”へ。


ほんの僅かだが、確実にベクトルがズレた。


ルカが、ゆっくりと顔を上げる。


「……ああ」


彼が、低く言った。


「おかしい」


その一言は、小さいのにやけに響いた。


「連帯責任なんて……統制じゃない。分断だ」


通路の奥で、誰かが息を呑む音がする。


ルカは続けた。


「俺たちは、ミスしたやつを憎むように仕向けられてる。そうすれば——」


「上に向かない、か」


別の誰かが、ぽつりと呟いた。


ルカは小さく頷く。


(……いい)


俺は内心で評価を上げた。


想定よりも一歩踏み込んだ。

しかも、“説明してしまった”。


これで種は蒔かれた。


疑念は、一度言語化されると消えない。


その時だった。


通路の先、曲がり角の影から、二人組の監視兵が現れた。


黒い装甲、無機質なヘルメット。

第八星閥の直属警備だ。


会話が、瞬時に消える。


「……随分と楽しそうだな」


一人が低く言う。


誰も答えない。


重たい沈黙。


(さて)


俺は一歩だけ前に出た。


「すみません、ただの愚痴です」


怯えた声で、頭を下げる。


「仕事の後で……ちょっと気が緩んでて……」


監視兵の視線が俺に向く。


数秒。


やがて、鼻で笑うような音。


「……くだらん。さっさと寝ろ。明日のノルマは今日より厳しくなる」


その一言に、空気が再び凍る。


監視兵たちはそのまま通り過ぎていった。


足音が完全に消えたあと。


誰かが、ぽつりと呟いた。


「……厳しくなる、だってよ」


乾いた笑いが漏れる。


だがそれは、諦めではない。


さっきとは違う種類の笑いだ。


ルカが拳を握る。


「……証拠はある」


彼は小さく言った。


俺にだけ聞こえる声で。


「これを持ち帰れば、第十二星閥は——」


「やめとけ」


俺は即座に被せた。


ルカが目を見開く。


「今は、まだ」


俺は視線を周囲に流す。


「早すぎると、消される」


嘘ではない。

だが、本音でもない。


(まだ“足りない”)


一つの証拠では、動きは限定的だ。

もっと燃料が必要だ。


もっと“誰が見ても覆せない形”にしなければならない。


ルカは数秒黙り、やがて頷いた。


「……分かった」


居住区の扉が開く。


狭い、無機質な空間。


人間を保管するためだけの箱。


俺は自分のベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。


(第一段階、完了)


・ルカは動いた

・証拠は取れた

・労働者の中に“違和感”が生まれた


そして——


(ヴェインは、まだ気づいていない)


これが一番重要だ。


俺はゆっくりと目を閉じる。


次の一手を組み立てながら。


(次は……「見せる」段階だな)


血を流させる。


だが、意味のある形で。


誰もが「これはおかしい」と思わざるを得ない形で。


そして、その怒りが——


上へ向くように。

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