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カタルシス  作者: Colorgray
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002

毎日連載します!

長いですが楽しんでもらえるとすごいうれしいです!!

これからも頑張っていきます!!

第73コロニー星の朝は、ドーム天井に設置された人工太陽の、白茶けた光で始まる。

貧困層が暮らす居住区から物流倉庫までの道のりは、およそ2キロ。俺は他の労働者たちと同じように、猫背気味の姿勢で薄汚れたアスファルトを歩いていた。


上空を、第八星閥の紋章——八角形の盾——を刻んだ警備ドローンが定期巡回していく。

俺は下を向いたまま、そのプロペラの駆動音だけを耳で拾う。


(……第4ローターの回転数が、昨日より毎分12回転落ちている。整備不良か、あるいは部品の横流しか)


そんな思考は、俺にとって呼吸をするのと同じくらい自然なものだ。

俺の現在の身体能力や五感は、完全にただの『一般人』の数値をなぞっている。遠くの文字が見えるわけでも、壁の向こうが透けるわけでもない。

ただ、入ってきた情報を処理する『脳の回転センス』だけが、かつての星王のままであるというだけだ。


20分後、巨大な物流倉庫のゲートに到着した。

俺はポケットからIDカードを取り出し、入退室を管理するセキュリティゲートの端末にかざす。


ピピッ、と無機質な音が鳴り、ゲートが開く。

誰も気に留めない、当たり前の光景。俺自身も、ひどく眠そうな顔であくびをしながらゲートを通り抜けた。


だが、この時、俺の指先はミリ単位の計算を実行している。


俺はIDカードをかざす際、端末の読み取り面の中央ではなく、右下の『金属フレームの継ぎ目』にカードの端をわずかに擦り付けている。

これによって生じる静電気のノイズが、認証システムの処理速度を「0.01秒」だけ遅延させる。もちろん、ゲートは正常に開くし、警報も鳴らない。


ただ、システムの奥底にある見えないゴミエラーキャッシュに、ほんの数バイトの『塵』が蓄積されるだけだ。


(今日で、3万6500回目の『塵』だ)


俺は心の中で静かに数える。

この100年間、偽りの記憶を植え付けられていた間も、俺の肉体は無意識のうちにこの行動ルーティンを繰り返していたらしい。王としての本能が、いつか目覚める日のために「システムの盲点」を作り続けていたのだ。


この極小のエラーログが完全にキャッシュを埋め尽くす時、この倉庫の監視システムには、特定の条件下で『数分間の完全な死角』が生まれる。

それはまだ先の話だが、第八星閥の喉元に突き立てるための、見えない刃の一つだ。


「おーい、シオン。今日もギリギリだな」


背中をポンと叩かれ、俺はビクッと肩を揺らした。

振り返ると、人の良さそうな笑顔を浮かべた同僚の青年、ルカが立っていた。

くせっ毛の茶髪に、少しサイズの合っていない作業着。どこからどう見ても、気のいい肉体労働者だ。


「あ、おはようルカ。いやぁ、昨日は合成酒を少し飲みすぎちゃってさ」

俺は頭を掻きながら、へらっと笑う。


「お前なぁ。今日から新しい管理官が来るって噂、聞いてないのか? 初日から目つけられたら、今月のボーナス飛ぶぞ」

ルカは呆れたように言いながら、俺と並んでロッカールームへ歩き出す。


(新しい管理官、か)


俺はルカの歩幅を観察する。

彼の歩幅は、常に一定だ。そして、足音を立てないための『無意識の体重移動』が染み付いている。ただの労働者に、そんな歩法は必要ない。

ルカ。彼が中立機関である『第十二星閥(均衡調停局)』の末端工作員であることは、今の俺には手に取るようにわかる。


だが、俺は一切気づかないフリをして、能天気な声を出す。

「えっ、新しい管理官? マジか……。前の管理官みたいに、ノルマにうるさい人じゃないといいんだけど」


「どうだろうな。第八星閥の直系から来るエリートらしいぜ。俺たちみたいな下っ端は、おとなしく首をすくめてるのが一番さ」


ルカの言葉には、労働者特有の諦念が込められているように聞こえる。しかし、その瞳の奥には、赴任してくる「第八星閥のエリート」の弱みを探ろうとする、猟犬のような冷たい光が宿っていた。


(いいぞ、ルカ。お前には優秀な『目』として働いてもらわないとな)


俺はロッカールームで作業着に着替えながら、今日という盤面を頭の中に思い描く。


ルカという他派閥の工作員。

今日赴任してくる、第八星閥の新たな管理官。

そして、未だ目覚めぬ俺の最初の仲間――『重装の盾』ガランが幽閉されているであろう、この星の中枢要塞。


点と点が、まだぼんやりとだが繋がり始めている。


「ほらシオン、早く行くぞ。朝礼に遅れる」

「わ、わかってるよ! 今行く!」


俺は慌ててロッカーを閉め、ドジなモブを完璧に演じながらルカの後を追った。

力は一切使わない。

誰の記憶にも残らない「平凡な凡人」のまま、俺はこの倉庫の人間関係を、一つ残らず俺の手のひらの上に乗せていく。

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