第45話:深淵は応答する
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前回までのあらすじ:秩序を求めて彷徨う智哉が二階で妻・綾香らが佐藤に心酔し奉仕する光景を目撃し「ルール」を粉砕される一方、一階では健太と横山が鬱屈を晴らすべく香織や陽菜を道具として凄惨に蹂躙し、二階の絶対的静謐と一階の狂った暴力の格差が住人たちの精神を完全に自壊させていく。
それでは、第45話をお楽しみください。
※本作は規約遵守のR15作品です。過激な描写にご注意ください。
アパート『シャン・ソレイユ』を囲む樹海に、三十六日目の陽光が降り注いでいた。昨日よりも一段と濃密な緑を透かして。建物の外壁に這い寄る蔦は、わずか一晩のうちに数センチメートルもその領土を広げ、剥き出しのコンクリートを緑の鎖で縛り上げている。外界との断絶が始まってから一ヶ月余り。日常という名の薄氷は、この異様な植生の成長速度に比例するように、音を立てて砕け散ろうとしていた。
一階の102号室には、逃げ場のない絶望と、腐敗した欲望が澱みのように溜まっている。
田中健太は、寝起きの不機嫌さを隠そうともせず、床に転がっていた空のペットボトルを蹴り飛ばした。
「ちっ、どいつもこいつもシ気た面しやがって」
彼の視線の先には、神田英雄に抱かれながら、昨夜の執拗な蹂躙に生気を吸い取られ、人形のように虚空を見つめる小野香織の姿があった。
健太にとって、女はもはや自らのプライドをかろうじて繋ぎ止めるための「道具」に過ぎない。美咲に完全に拒絶され、二階の佐藤という「壁」に手も足も出ない現実が、彼の加虐性を歪んだ形で加速させていた。
「おい、香織。いつまで寝てんだ。さっさと奉仕しろよ」
健太は神田に抱かれている香織の髪を乱暴に掴み上げると、自らはその場に傲然と仁王立ちになった。抵抗を許さぬ力で彼女を足元に跪かせると、喉の奥を蹂躙するように、自らの猛る熱を無理やりねじ込んだ。込み上げる生理的な嫌悪感と、拒むことすら許されない絶望。香織は涙を流しながら、立ったまま見下ろす健太の容赦ない突き上げを、咽せながら受け入れるしかなかった。
健太は香織の頭を抑えつけながら、美咲を取り戻す自分勝手な妄想に耽っていた。
(……美咲、待ってろよ。あんなスカした野郎、俺がぶっ殺して、お前をまた俺の足元で泣かせてやるからな……)
妄執に突き動かされる健太は、仕上げとばかりに背を向け、自らの最も卑俗な秘所――汚辱の出口を、跪く彼女の目の前に突き出した。
「ほら、ここも綺麗にしろよ」
冷酷な命令と共に強要される、禁忌への接触。跪いたまま、逃げ場のない汚物へと舌を這わせる屈辱に、香織の心は音を立てて崩壊していく。その様子を冷めた目で見つめていた神田は、胸の内に疼く罪悪感を押し殺すように、顔を背けた。彼は自分の中に眠る異能の正体も知らぬまま、健太の暴挙を黙認し続けている。
「……二階の連中、今に見てろよ。美咲は必ず俺が取り戻してやる」
健太の口から漏れるのは、もはや実現不可能な狂った未来図だけだった。彼はその妄執を燃料に、香織の尊厳を徹底的に踏みにじっていく。
一方、二階の203号室では、一階の喧騒とは対照的な、静謐ながらも緊張感に満ちた空気が流れていた。
広告代理店の課長として、かつては数十人の部下を束ねていた北川結衣は、手鏡に映る自分の顔を静かに見つめていた。穏やかで知的な彼女の瞳には、今のコミュニティが抱える致命的な欠陥がはっきりと映っている。
(一階の崩壊は止まらない。田中健太さんの暴走は、いずれ私を巻き込む火種になる……)
結衣は、数日前に起きた不快な出来事を思い出し、眉をひそめた。共用スペースで、横山達也と川瀬涼太の二人に囲まれ、下卑た視線で身体を舐め回されたのだ。横山の乱暴な手が彼女の服を掴み、脚を力ずくで押さえつけられた。布地が悲鳴を上げて裂ける不吉な音が響き、絶望が彼女を飲み込もうとしたその時――。
「……何をしてるんですか、あなたたちは」
冷ややかな声が空気を切り裂いた。そこには、偶然通りかかった金井智哉が立っていた。横山と川瀬は毒づきながらも、智哉の公務員特有の理屈っぽさと、騒ぎが大きくなることを嫌い、「ちっ、邪魔が入ったか。北川、次はねえぞ」と捨て台詞を残して去っていった。
その後、智哉は「これ、少しですが……」と、自分の備蓄から貴重な食料を彼女に分けてくれた。かつての社会的な倫理観に固執する彼の精神は限界に近いが、その実直さが今の彼女を危ういところで守ったのだ。
しかし、結衣自身の部屋の備蓄も底を突きかけている。飢えの恐怖が現実味を帯びる中、彼女が生き残るための選択肢は極めて限られていた。
結衣は決意を固め、席を立った。彼女が向かったのは、アパートの「真の王」が君臨する201号室、佐藤悠の部屋だった。
「佐藤さん、少しお話があります」
結衣は努めて落ち着いた声で切り出した。佐藤は無言でソファを指し、彼女を促す。
「今のままでいいと思っているわけではないのでしょう? あなたの持つ力……それを使って、このアパートの『秩序』を再構築すべきです」
結衣は佐藤の瞳を真っ直ぐに見つめながら、自らの中に眠る「何か」……他者を惹きつける不思議な影響力を、無意識に佐藤へと向けた。彼女自身、それが特定のスキルであるとは露ほども知らない。ただ、自分の言葉には他人を動かす魔力があると、経験則だけで信じていた。
彼女は佐藤の隣に滑り込むように座り、その柔らかな肢体を彼に寄せた。知的な大人の色香を漂わせながら、彼女の手が佐藤の胸板に触れる。
「私を……あなたの右腕として使ってください。そうすれば、私はあなたの望むままに、この場所を統治してみせますから」
結衣の唇が佐藤の耳元に寄せられ、甘い吐息が吹きかけられる。彼女は自分の「言葉」が、この男を動かす鍵になると信じて疑わなかった。
だが、次の瞬間、彼女の背筋を凍らせるような冷徹な視線が、彼女を貫いた。
「……面白いな。だが」
佐藤の大きな手が、結衣の細い顎を強引に掴み上げた。彼はまた、自分に備わった「支配」の力の正体など自覚していない。ただ、目の前の女が小賢しい術策を弄していること、そしてそれが自分には一切通用しないことを、本能で理解していた。
「俺に指図をするな。お前の役割は、支配することではなく、支配されることだ」
圧倒的な威圧感。結衣が必死に築き上げてきたプライドが、佐藤の放つ絶対的な「王の余裕」の前に、脆くも崩れ去っていく。彼女の瞳から余裕が消え、代わりに強烈な恐怖と、それを上回るほどの「未知の快感」が芽生え始めた。
佐藤は結衣の口内に、用意していた水を強引な口づけと共に流し込んだ。むせ返る結衣の喉を、佐藤の指先が愛撫するようになぞる。
「あ、はぁ……っ、佐藤、さん……」
水を媒介にしたその行為は、単なる接触を超えた「屈服」の始まりだった。佐藤の膝の上に無理やり座らされた結衣の身体は、彼女自身の意志とは裏腹に、佐藤の冷徹な支配に呼応し、熱く疼き始めていた。
同じ頃、201号室の死角となる影の中では、五十嵐咲希がその光景を食い入るように見守っていた。
普段から周囲に馴染めず、空気のように気配を消して生きてきた彼女は、自分が特殊な異能を使っている自覚など全くない。ただ、こうして誰にも気づかれずに佐藤を見つめている時間が、彼女にとって唯一の平穏だった。
(結衣さんも……やっぱり、佐藤さんには逆らえないんだ……)
咲希は自らの身体を強く抱きしめた。彼女の深奥は、先ほど結衣に流し込まれた水のように、熱く粘り気のある感情で満たされている。佐藤という絶対的な王の庭で、ただの影として存在すること。それが今の彼女にとって、至上の喜びだった。
佐藤の部屋のソファの上では、結衣が端正な顔を崩し、佐藤の足元で屈辱と快感の狭間に沈んでいる。
再び、一階の102号室。
横山達也が、陽菜への執拗な蹂躙を終え、腰を上げた。陽菜の身体は、床に突っ伏したままピクリとも動かない。剥き出しの背中には横山の指の痕が赤黒く浮かび、太腿には無造作に放たれた情欲の残滓が、無惨にその肌を汚している。彼女の瞳からは光が失われ、ただ荒い呼吸だけが室内に虚しく響いていた。
「おい、田中健太さん。上の佐藤って野郎、そろそろマジで教育してやらねえか?」
横山は、ぐったりとした陽菜の横腹を軽く蹴り飛ばし、気だるげに吐き捨てた。健太は香織の身体を乱暴に振り払い、立ち上がった。
「ああ。美咲を奪い返し、あのスカした野郎をこのアパートから叩き出す。……そのための準備は、着々と進んでいる」
彼らの足元では、心身ともに崩壊しつつある香織と陽菜が、意味をなさない言葉を漏らしながら震えている。救いを見出せない絶望の連鎖は、この一階の闇をより深く、より醜く染め上げていた。
三十六日目の正午、樹海の静寂は、嵐の前の凪のように不気味なほど重く、住人たちの息を詰まらせていた。
佐藤は、自らの内に広がる「支配の領域」で蠢く異質な気配を、冷笑と共に選別し始めている。彼の掌の上で踊る住人たちの運命は、もはや彼自身の意志によってのみ決定されるのだ。
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