6
その夜、咲良はベッドのなかで不思議な夢を見た。咲良はあのパーラールームの中にいる。壁にはいつもと同じ絵が掛かっているのに、床は白い砂浜で、足元にはやさしい波が寄せては返している。
「ここは?どこ?」
咲良の呟きに応える代わりに、白い犬が現れた。そう、あのジャスミンだ。それは絵の中で見ていた通りのあの姿だ。真っ白で、大きくて、穏やかな眼をしている。
《ここは繋がっている場所》
声は聞こえなかったが、意味だけが意識としてまっすぐ心に届く。
《私は約束のあいだを渡すもの》
「やくそくって?」
《いつも一緒、それが果たされなくなる前に、次へ渡す》
ジャスミンが咲良の胸元を見た。いつのまにかあの白い首輪が、咲良の胸の前でしっかり握られている。
《その首輪は境界》
《人の世界と絵画の世界、それと想いの世界、それらが混じりすぎないよう、守るためのもの》
波が少し強くなった。遠くで、誰かの声が聞こえる。
「お母さま?」
*
菫は夜半、胸騒ぎで目を覚ました。隣で眠る悠人の寝息は穏やかだが、菫の心臓だけは早鐘を打っている。
「夢?」
菫はそう呟きながら、ナイトテーブルに用意されたピッチャーから水を注いで一口飲んだ。かすかな音がした。犬の爪が床を叩くような音だ。菫は裸足のまま寝室を出て、廊下を進んだ。パーラールームの扉がわずかに開いている。その扉をゆっくり開けてみると、壁に掛けられたあたしの肖像画がぼんやりと光を帯び、絵の中のジャスミンの尾が微かに揺れているように見えた。かつてジャスミンが菫を守ってくれたように、咲良も守りに来てくれたのか…。




