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 今日は咲良の小学校入学式だ。上之宮家の庭に1本だけ植えられたソメイヨシノの木が開花し始めている。今年も満開の花を付けることだろう。

「咲良、新入学おめでとう!」

「お嬢さま、おめでとうございます!」

悠人と菫に付き添われ、学校で行われた入学式から戻ってきた咲良に、和代はもちろんのこと、出入りの食品納入業者や庭の管理をしている造園業者もお祝いに来ている。

その日、上之宮邸の1階のレセプションスペースは次々と訪れる人々でほぼ満杯になり、ひとしきり喧騒状態が続いた後、大人たちはパーラールームへ場所を移したようだ。今日の主人公である咲良がその場に不在であることに、誰も気に留めていないようだった。薄い茜色に包まれる頃、咲良はそっと抜け出して、庭を横切り桜の木の下へ向かった。庭のソメイヨシノの花びらがほころび始めて風に揺れている。

咲良は誰かに呼ばれたような気がしたのだ。理由はわからない。ただ、胸の奥が少しだけ温かくなって、足が自然と動いた。桜の木の根元近く、まだ冬の名残を留めた土の上に、白い布のようなものが落ちている。咲良はしゃがみ込み、そっと拾い上げた。それは犬用の首輪だった。古いものらしく、金具はくすんでいるが、布地は不思議なほど白く、汚れひとつない。内側にはかすれた刺繍で文字が縫い込まれていた。

〈JASMINE〉

「ん?ジャスミネ?いえ違う。あ?ジャスマイン?いや、ジャスミン?かな?」

咲良は菫からから日常会話レベルの英語は教えられているが、フランス語はわからない。しかし何となくそう読めた。咲良が小さくそう声に出した瞬間、ふわりと風が吹いた。桜の枝が揺れ、まだ若い花びらが一斉に舞い落ちる。その向こう、庭の奥から海岸通りへ抜ける小径の入口に白い影が立っていた。大きくて、ふわふわしていて、夕暮れの光を受けて淡く輝いている。

「あれ?犬?わんちゃん?」

咲良が思わず声を掛けると、その白い影は咲良の前まで駆け寄ってきて首を傾げた。咲良がその白い頭に手を添えると、もう一方の手に持った首輪がかすかに光り熱を持ち始めた。この白い影は決して恐ろしいものではなく、むしろとても懐かしい感覚を持っていた。その影が一歩、こちらへ踏み出して、咲良が持っている首輪が、その犬に装着されているハーネスに連動するようにカチッと音を立てて、取り付いた。


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