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翌日、菫は子供の頃にジャスミンをよく連れていった海岸通りへ、咲良と一緒に出掛けた。和代に作ってもらったサンドイッチのピクニックセットを持ってきている。その日は未明に降っていた雨も上がり、晴れ渡った青空からの太陽光線が、海の波間にキラキラと光って、眩しいぐらいだった。
「このあたりでランチにしようか?」
菫は夏季シーズンには海水浴場になる広いビーチに設置されたベンチを指差した。
「咲良、昨日話していた犬のことだけどね、お父さまはね、お世話を他の人に頼まず、全部ひとりでできるんだったら飼ってもいいって…」
菫は白藤で編み上げたバスケットバッグの中からミックスサンドイッチを取り出して、咲良に手渡した。
「全部ひとりで?って?和代さんにもお手伝いしてもらえないの?」
咲良はサンドイッチを受け取りながら菫の顔をみた。
「ええ、お父さまはそうおっしゃってるわ」
菫は小型のステンレスボトルからクリームスープを紙カップに注そぎながら頷いた。
「えーっ、そうなの?咲良にできるかなあ…」
咲良は伏し目がちになって、手にしたサンドイッチを見つめている。
「パーラールームにあるおじいさまが描いたあの絵あるでしょ?ジャスミンね。あのこを飼うときもね、お母さんもおじいさまから同じこと言われたのよ」
菫は紙カップに注いだスープを一口飲んで、それがやけどしない程度の温度であることを確かめてから、頷いている咲良に手渡す。
「ふーん、そうなんだ」
「ジャスミンがいた頃は毎日楽しかったなあ」
菫はこの海岸通りをジャスミンが自分を引っ張るように走っていたことを思い出していた。
「ジャスミンとあたしはいつも一緒でね。でも、さすがに犬は学校へは連れていけないでしょ。だから、その時だけはゲージの中でおとなしくできるように躾けたのね」
菫もサンドイッチをひとつ手に取って続けた。
「ジャスミンは賢くてね、あたしが教えたことはすべて守ってくれたわ」
「いいなあ。ジャスミンがいいこで…。咲良もジャスミンみたいなこが欲しいなあ」
咲良はサンドイッチをひとつ食べ終えると、もうひとつ手に取ってから菫を見た。
「そうねえ…。ジャスミンだったらお父さまも許してくれるでしょうね」
菫が穏やかな波間を眺めながら、ふと目を上げると、水平線の向こうに虹が出ているのが見えた。そういえば、ここら辺りも今朝方まで雨が降っていたようだ。
「咲良、ほら、見てごらん。虹よ。ほら海の向こう、見える?」
菫は咲良の顔を覗き込んでから水平線の向こうを指差した。
「わーっ!ほんとだぁ。虹が二重になってる。ね、ジャスミンのあの絵みたいだねっ」
菫もその虹を見つめながら何度も頷いた。




