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ジャスミンは突然やって来た。あたしがいくら望んでも何故か叶えてもらえなかった犬の飼育という望みがやっと叶えられた日だ。その日のことは今でも昨日のようにはっきりと覚えている。あたしが小学校へ入学した春のある日、菫は学校から帰ってきて我が目を疑った。
「きゃっ!なに?」
あたしは驚きのあまり、その場でランドセルを背負ったまましゃがみ込んでしまった。その日からあたしの最愛の友となった白い動物が、パーラールームのロングソファの上で眠っていた。それはサモエドの子犬で、真っ白でふわふわの被毛は、忽ちあたしを虜にしてしまった。
「ずっと犬を飼いたいって言ってただろ?おまえが学校へ行くようになって、自分で世話ができるようになったらと、パパは考えていたんだよ」
大葵は微笑みながら眠っている犬の頭を撫でて、菫自身で世話をすることが条件だと念を押された。万一、それができないと判断したら、直ちに他に売却するからとも云われた。
「パパ、ありがとっ!この子とずっと一緒!絶対に約束守るからっ」
菫はその子犬の頭をそっと撫ぜながら嬉しくて涙が出てしまった。
「うんうん、わかった。わかった。仲良くするんだぞ。ずっと一緒にな」
大葵も嬉しそうに破顔一笑の表情を見せた。
「あ、そうだ。菫、こいつの名前はどうするんだ?いまお前がずっと一緒だって云ってたから、〈ジャスミン〉というのはどうだ?」
大葵は菫の頬に流れた嬉し涙をハンカチで拭き取ってやる。
「ジャスミン?それってお花の名前でしょ?」
菫は自身の掌で少し残った頬の涙を拭った、
「ああ、そうだよ。花言葉はいまお前が云った〈いつも一緒〉だよ。お前の名前スミレの花言葉、〈思いやる愛情〉で仲良くしてくれ」
大葵は菫の顔を覗き込むように見た。
「うん、いつも一緒。うん!ジャスミンね!パパ、それいいっ!素敵よっ」
その日、ジャスミンと名付けられた真っ白で小さな子犬は、菫が成人式を迎える年に、老衰で亡くなるまで、お互いを守ったり守られたりして暮らすことになった。
ジャスミンやってきたのは生後90日を超えたところで、それは自然な親離れが始まる時期だそうだ。従って、我が家にきて環境が変わってしまっても怖がることもなく、情緒は安定しているようだった。菫とジャスミンはずっと一緒だった。菫のベッドで一緒に寝て、ダイニングテーブルでも、菫の横で一緒に食事をし、菫が学校へ行っているあいだは、菫の部屋に設置してもらったゲージのなかでおとなしくしていた。休日の天気がいい日などは一緒に庭を駆け回って遊び、雨の日は菫の部屋で犬用のぬいぐるみやおもちゃなどで部屋中を転げまわりながら遊んだ。




