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 何事もなかったかのように朝は始まった。

目を覚ました咲良は自身の手に白い首輪が握られていることに気が付く。昨夜までの確かな存在感は薄れ、目で見て確かめなければならないほどになっている。ヘッドボードに置いた時計を見ると、目覚ましタイマーが作動する間際だ。

「学校、行かなきゃ」

咲良は目覚ましタイマーをオフにして、バスルームの洗面スペースへ向かった。

 制服に袖を通して、ダイニングルームへ行くと、すでに朝食の席を準備してくれている。

「おはようございます」

「あ、咲良お嬢さま、お早いですね。おはようございます」

和代がキッチンスペースから顔を出して微笑んだ。

ティオーレを飲みながら、昨夜の出来事を思い浮かべて、パーラールームの方へ目を向けても、胸はざわつかなかった。

「おはようございます」

菫がキッチンスペースの和代に声を掛けながらダイニングルームに入ってきた。

「あら、咲良。今日は早いのね。何かあったのかしら?」

菫が咲良に声を掛けながら席に着く。

「ううん、別にないよ。ただ早く目が覚めただけ…」

「そうなの」

菫はマグカップに注がれたコーヒーを一口飲んでから咲良の顔に目を向ける。

 悠人がダイニングル―ムに入ってきた。

「おはよう、あれ?咲良、早いな」

悠人は不思議そうにしながらも笑顔を見せる。

 今朝がた書斎で検分していた問題の作品を元の位置に戻し、保護ガラスを整えて、照明の角度も調整しておいた。目録には小さく追記をする。〈状態安定〉それだけ書いたことを思い出していた。理由は説明できない。ただ、これ以上触れてはいけない気がしたからというだけだ。見送る。その言葉が初めて肯定的な意味を持った。

「旦那様もコーヒーでよろしいでしょうか?」

悠人は和代の問いかけに曖昧に頷きながら、まだその作品のことを考えていた。

 菫は悠人と咲良を送り出した後、ひとりでパーラールームに立っていた。母とあたしの肖像画はいつも通り静かだった。光も、音もない。菫は問いかけも、感謝も、別れの言葉も発しなかった。それらはすべて、ここに置いていくものではないと知っているからだ。


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