第8話 砂に埋もれた獣王
砂に沈みかけた夕陽が、地平線を赤く焼いていた。
キトとフィストは、果てしない砂漠を歩いていた。
背中には荒れ狂う熱風、前には人の気配がほとんどない乾いた世界。
「……まるで地獄だな」
フィストが額の汗を拭う。
「だが、神に抗うには地獄くらい慣れておかねぇとな」
キトは笑って返したが、その声は少し掠れていた。
二人が目指すのは“砂の都リゼア”。
そこには“獣王ルキ”と呼ばれる存在が君臨しているという。
神にも悪にも従わず、ただ己の力でこの地を支配する男。
「ルキは強いらしいな」
「強いどころか、この辺りの盗賊団を全部潰したって話だ。
……しかも、一人で」
フィストの声にはわずかな緊張が混じる。
砂嵐の中、やがて巨大な岩壁の都市が姿を現した。
都の入口に立つと、巨大な門の上から槍を構えた兵が叫んだ。
「止まれ! ここは“獣王”の領域だ! 命が惜しければ立ち去れ!」
だがキトは足を止めない。
「会いたいんだ、ルキってやつに」
その瞬間、門の上に気配が走る。
砂煙の中から、一人の男がゆっくりと降り立った。
金色の瞳、背中には黒い獣の影が揺れている。
皮の鎧に狩猟刀を背負い、その身から放たれる気配は“王”そのものだった。
「……俺を探していたのはお前か」
「獣王ルキ、か?」
「そう呼ばれてる。だが俺は王を気取る気もねぇ。ただこの砂の国は、俺が守る」
その声には、重い覚悟と誇りがあった。
キトが一歩前に出る。
「守る……か。だが、守るってのは時に“壊すこと”だろ?」
「違ぇな。壊すのは楽だが、守るには“血”が要る」
ルキは鋭い視線を向ける。
周囲の兵たちがざわめいた。
「こいつ……まさか挑む気か?」
「命知らずがまた一人……」
ルキは狩猟刀の柄に手を置いた。
「砂を踏み荒らすなら、相応の覚悟を見せろ」
その瞬間、砂が爆ぜた。
ルキの脚が砂を蹴り、キトとの間に激しい衝撃波が走る。
刃と拳が交錯し、周囲の砂が渦を巻く。
フィストが思わず叫ぶ。
「お、おい! いきなりやり合うのかよ!?」
だがキトも止まらない。
「悪いな、こういうのは言葉より拳の方が通じるんだ!」
戦いは瞬く間に激化した。
ルキの動きはまるで獣そのもの。
一撃ごとに砂が跳ね、刃が風を裂く。
だがキトも負けてはいない。
鍛錬で磨いた鬼の反射が光り、拳が獣王の刃を受け止める。
「悪くねぇ……!」
ルキが笑う。
「てめぇ、面白ぇ拳してんな!」
「お前もな。……まるで獣そのものだ」
戦いの末、互いの拳がぶつかり、
砂煙の中で二人は一歩も引かずに睨み合った。
沈黙。
そして、ルキがふっと刃を下ろした。
「いい目をしてるな。だが、今のお前じゃこの砂の国は変えられねぇ」
「変える気なんてねぇ。神に抗う力を集めてるだけだ」
ルキの瞳がわずかに揺れる。
「神、だと……?」
その一言が、彼の中の何かを刺激した。
一瞬だけ、ルキの瞳に“黒い光”が走る。
だがすぐに彼は目を伏せた。
「……余計なことを思い出しそうだ。今日はここまでだ」
そう言い残して、ルキは背を向けた。
キトとフィストはその背中を見送りながら、
砂の上で拳を握る。
「……あの男、ただの王じゃねぇな」
「そうだな。あの目は、何かを“抱えてる”目だった」
砂嵐が再び吹き荒れ、二人の影を包み込んだ。
そして、次の戦いの予兆が、風に混じって響いた。
8話ではついに“獣王ルキ”が登場。
まだ仲間ではなく、信念と信念の衝突の始まり。
彼の中に見える“黒い気配”が何なのか




