第6話 神の血 鬼の魂
雲の切れ間から差す光が、荒れ果てた山の頂を照らしていた。
キトはひとり、剣を地に突き立て、静かに息を整える。
リベラでの戦いから数日。
彼の体にはまだ傷が残っていたが、心はもう前を向いていた。
もっと強くならなければ。
人々を守るため、そして己の信じる正義のために。
そのときだった。
風が止み、空気が変わった。
視界の先に、光が降り立つ。
白銀の髪が陽にきらめき、空色の瞳が静かにキトを見据える。
イオ 神に仕える戦士。
「お前が、神を討とうとする者……キトだな」
「そういうお前は?」
「天神の使徒、イオ。神の名の下に、貴様を討つ」
その言葉と同時に、地面が震えた。
光の輪がイオの足元に広がり、空が裂ける。
まるで天地そのものが彼の存在を讃えるようだった。
「……やっぱり、神は俺を邪魔だと思ってるわけか」
「邪魔ではない。ただ放っておけない存在だ」
イオは一歩踏み出した。
その瞬間、世界が弾けた。
光速の一撃がキトの頬を掠め、岩壁を吹き飛ばす。
「っ……!」
キトは咄嗟に剣を構え、反撃の斬撃を放つ。
だがイオは手をかざし、光の盾で容易く受け止めた。
「なるほど……やはり、力は確かだ」
「試してるのか……?」
「そうだ。どれほど“あの血”が残っているのかを」
その言葉に、キトの眉が動く。
あの血だと、?
意味が分からない。だが、胸の奥がざわついた。
「分からねぇが、俺を殺しに来たなら容赦はしねぇ!」
キトの剣が赤く染まり、炎が爆ぜる。
彼の一撃が山を裂き、光と火がぶつかり合う。
それでもイオは一歩も引かない。
拳を握るたび、空が震えた。
神の光と鬼の焔――相反する二つの力が交錯する。
「くそっ……速ぇ!」
「まだだ」
イオの声と同時に、光が爆ぜた。
キトの視界が白く染まり、次の瞬間には背中を地に打ちつけられていた。
「これが……神の力か……」
「違う。これは……“お前の中にもある力”だ」
「……は?」
イオは拳を引き、光を収めた。
「神の血を持つ者それがお前だ、キト」
「何言ってやがる。俺はただの……」
言葉が続かない。
胸の奥が、強く疼く。
頭の片隅で、幼い日の光景が一瞬だけよぎった。
優しい声。笑い合う誰かの姿。
だが、思い出そうとすると、霧のように消えていく。
「お前……誰なんだ、本当は」
「いずれ、思い出す。だが今はその時ではない」
イオはキトに背を向け、静かに言葉を落とした。
「俺がなぜお前を殺さないか、分かる日が来る。
そのとき、お前が何を選ぶのか……見届けたい」
光が風に溶け、イオの姿が消える。
残されたキトは膝をつき、拳を握りしめた。
「神の血……? ふざけんな……俺は、神なんかじゃねぇ」
だが、心のどこかで、その言葉が引っかかっていた。
自分の中に眠る“何か”。
それが今、確かに脈を打っている。
懐かしい声が、耳の奥で囁いた。
「キト……また、会えたね」
キトは息を呑み、顔を上げる。
風が吹き抜け、赤い夕陽が山々を染めていた。
「次は……勝つ」
その言葉が、誰に向けられたものかも分からないまま。
キトは、立ち上がった。
今回はついに、“神の血を持つ者”イオが登場しました。
これまでの戦いとは一線を画す、圧倒的な力を持つ存在。
そして、彼がなぜキトに執着するのか、その理由の一端がほんの少しだけ見えた回でもあります。
キト自身はまだ知らない自分の中に「神」と「鬼」、
相反する二つの魂が共存していることを。
それが後に、彼の運命を大きく揺るがす鍵になる。
イオが見せた“迷い”と“憎悪”。
そこに隠された感情は、単なる敵意ではありません。
兄弟としての“血の記憶”が、無意識の奥底で交錯し始めているのです。
次回、第7話ではキトがこの戦いの意味を自問し、
再び己を鍛え直す「修行編」へと突入します。
“鬼の魂”が再び燃え上がる瞬間を、どうか見届けてください。




