第2話 血に染まる空の下で
戦場に、朝はなかった。
夜と朝の境目を、血と灰が塗りつぶす。
それが、この世界の「日常」だった。
キトが目を覚ましたとき、彼はすでに戦火の中にいた。
この世界では、生まれた子どもは剣と共に育ち、生きる術を覚える前に、戦い方を叩き込まれる。
人々は神の支配と終わりなき戦争の中で、ただ「今日を生き延びること」だけを目標にしていた。
「立て、キト!」
怒号と共に飛んできた木剣が、頬をかすめた。
彼の名を呼んだのは、訓練場の教官ハルド。
鍛え上げられた巨体と獣のような眼光を持つ男だ。
この世界で、キトは貧しい傭兵の村に生まれた。
「ぼさっとするな! 斬られるぞ!」
反射的に腕を上げる。
それと同時に木剣が振り下ろされ、骨に響く衝撃が走る。
身体が勝手に動いた。
理由なんてなかった。ただ――
「……避けろって、身体が……」
生まれた時から剣を握っていたかのように、キトの反応は他の子どもたちよりも速かった。
訓練場では、年上の少年たちですらキトの動きに目を見張る。
「お前……何者だ?」
訓練後、息を荒げる仲間の一人が、キトに問う。
キトは首を振った。自分でも、わからなかった。
ただ時々――
夜、眠りにつく直前、遠い昔のような、どこか懐かしい声が聞こえることがあった。
『――神を……殺す……』
誰の声かもわからない。
けれど、その言葉が胸の奥で焼き付いて、消えなかった。
数年が経った。
キトは剣士として頭角を現し、傭兵団の一員として戦場に立つようになっていた。
戦火は広がる一方で、この大陸は神の使徒を名乗る軍勢と、人間たちの抵抗軍の戦いで荒れていた。
戦場に立つたび、キトの剣筋は研ぎ澄まされていった。
まるで、生まれる前から戦い方を知っているかのように。
仲間たちは彼を「鬼才」と呼んだ。
だがキト自身は、自分の中の“何か”が怖かった。
「……俺は……誰なんだ……?」
夜、焚き火の前で、剣を見つめながら呟く。
剣を握ると、まるで別の自分が目を覚ますようだった。
それはまるで、過去の記憶が体に刻まれているようで
「キト!来い!前線が崩れる!」
仲間の叫びで、思考が遮られる。
戦場に駆け出すと、空は赤く染まり、地には夥しい血が広がっていた。
その中心には、一人の“神の使徒”が立っていた。
背中に六枚の羽を持ち、光を纏う存在。
名も知らぬ神の配下。
その姿を見た瞬間、キトの奥底が震えた。
「……神……」
刃を構える。
何も考えられなかった。ただ、体が勝手に前へと進む。
それは怒りでも恐怖でもない。
“戦うために生まれた”とでもいうような感覚だった。
「面白い人間がいるな」
神の使徒の声が響くと同時に、周囲の兵士が一瞬で切り裂かれる。
その光は剣ではなく、神の力そのもの。
触れた者の命を焼き尽くす神聖の炎。
傭兵団は壊滅状態だった。
「……俺が、やる」
キトは一歩前に出た。
恐れもなく。
目の奥には、燃えるような衝動だけが宿っていた。
剣を振るえば、風が裂ける。
神の使徒の刃を受け止めた瞬間、全身が焼け付くような痛みに包まれる。
それでも――足は止まらなかった。
「なぜ……そこまで抗える……?」
「わからない……けど……俺は、神が……嫌いだ!」
叫びと共に放たれた斬撃が、神の使徒の頬を裂いた。
それは、この戦いで人間が初めて与えた“傷”だった。
しかし、勝てるはずもなかった。
キトの剣は神の力に弾かれ、身体は地面に叩きつけられる。
骨が軋み、血が溢れる。
「その魂……面白い。神の敵に相応しい」
神の使徒が手を掲げると、空から光の槍が降り注いだ。
仲間たちの悲鳴が消えていく中、キトはただ――空を睨んでいた。
「次は……もっと……強くなって……」
その言葉と共に、彼の第二の生涯は幕を閉じた。
その瞬間、闇の中で声が響いた。
『……キト……』
あの懐かしい声が、また聞こえた。
姿は見えない。でも、確かに感じる。
“復讐”という名の炎が、再び彼の魂に宿ったのだ。
第2転生では、キトは血と戦火の中で育ち、初めて「神の使徒」と対峙します。
この章はキトの“戦士としての基盤”を描く重要な部分でした
次はいよいよ、第3転生。
記憶の“欠片”が目覚め、彼の中に眠る鬼の力が、形を成し始めます




