第17話 龍影、誓いの刃
陽が落ちきるころ、崩れた神殿跡には静寂が戻っていた。
風が赤く染まった空を渡り、砕けた石柱の間を通り抜けていく。
その中で、キトたちは焚き火を囲んでいた。
ルキの腕の黒い紋様は、まだ消えていない。
炎の光を受けて、ゆらゆらと不穏に蠢いている。
「おい、あの力……また出てきたら厄介だぞ。」フィストが低くつぶやく。
ルキは火を見つめたまま言った。
「わかってる。けど――怖いのは、その力を完全に否定できないことだ。」
キトが彼を見た。
「怖いって感情を持ててるうちは、大丈夫だ。
本当に危ないのは、何も感じなくなった時だから。」
ルキはその言葉に一瞬目を伏せ、そして笑った。
「……お前、説教くさい鬼だな。」
「よく言われる。」
キトが口元を緩めたその時、上空から一筋の影が落ちた。
ズンッ――!
青龍が、瓦礫の上からゆっくりと降り立つ。
彼の青龍刀が月光を受けて淡く光り、まるで生き物のように唸っていた。
「……やはり、来たか。」
キトが立ち上がる。
青龍は焚き火を見下ろし、静かに口を開いた。
「お前たちがアーリウスを倒したのを見届けた。あの男は、封印のために生涯を捧げた戦士だった。……だが、あの戦いで俺は確信した。」
「確信?」
「“神の正義”が、必ずしも正義ではないということだ。」
その声は、長い年月を背負ったように重かった。
「俺はこの国を守るために刃を振るった。だが、守るべき民は神の名のもとに犠牲にされ、祈る声は踏みにじられている。……そんなものを“神の秩序”と呼べるか?」
キトは黙って聞いていた。
炎が、彼の瞳の中でゆらゆらと揺れる。
青龍は刀を抜き、地に突き立てる。
「だからこそ俺は問いたい。神を討つと誓うお前たちに“覚悟”はあるか?」
その言葉に、フィストが立ち上がる。
「覚悟ならとうの昔にできてるぜ。俺たちはもう、誰にも支配されねぇ。」
ルキも立ち、拳を握る。
「俺もだ。自分の中の闇を乗り越える。そのためにも、神の力ってやつを超えてみせる。」
青龍の視線が、最後にキトへと向いた。
「……お前はどうだ、鬼。お前の拳に宿る“神の血”を恐れぬのか?」
キトは少し驚いたように目を細める。
「……神の血?」
青龍は何かを察したように、わずかに眉を動かした。
「気づいていないのか。お前の魂の奥に神の気配がある。」
空気が一瞬、重くなった。
フィストとルキが顔を見合わせる。
キトは拳を握りしめ、静かに言った。
「……たとえそうでも、俺は“鬼”として生きる。
この拳で守るために、誰かを壊すために生まれたとしても、俺の生き方は俺が決める。」
その瞳に宿る炎を見て、青龍は口元をわずかに緩めた。
「なるほど……“神鬼”の名は、飾りではないようだな。」
刃が地を裂く音。
青龍刀を抜き、構える。
「ならば証明してみせろ。」
突風が吹き荒れる。
キトが踏み出す瞬間、地面が弾け飛んだ。
「来い、龍ッ!!!」
拳と刀がぶつかり合い、轟音が走る。
青い残光と紅い鬼気が交錯し、夜空を照らした。
フィストとルキが後方で息を呑む。
青龍は速い――まるで風の流れそのもの。
刃の軌道が読めない。
だがキトは止まらなかった。
拳を振るうたび、血が舞い、それでも踏み込み続ける。
「……なぜそこまで戦う?」青龍が問う。
「自分のためでも、神への復讐でもないのか?」
キトの拳が止まることなく唸る。
「誰かが“壊す側”なら、誰かが“守る側”でいなきゃならねぇ。それだけだ。」
その瞬間、青龍の瞳に微かな光が宿った。
「なら、見せてみろ。“守る拳”を。」
青龍が全身から青い光を放つ。
龍の幻影が背後に浮かび上がり、咆哮が夜を裂いた。
キトもまた鬼の紋を輝かせ、拳を振り抜く。
「うおおおおッ!!!」
紅と蒼がぶつかり合い、天地が震えた。
そして沈黙。
立っていたのは、キト。
拳は血で染まりながらも、決して下ろされていなかった。
青龍はゆっくりと刀を鞘に戻し、膝をついた。
「見事だ……鬼。いや神鬼キト。」
キトが息を整えながら見下ろす。
「……勝負はもういいのか?」
「いや、これは勝敗の問題じゃない。」
青龍は頭を下げ、深く言葉を刻んだ。
「龍影青龍、この命を賭して誓う。お前の“刃”として、人を守るために戦おう。」
沈黙の中、焚き火がパチリと音を立てた。
キトは拳をほどき、微笑んだ。
「……ようこそ、六騎士へ。」
フィストが笑いながら叫ぶ。
「よっしゃ! これで三人目だ!」
ルキも静かに頷いた。
「悪くない。“神殺し”の旅が、やっと形になってきたな。」
その夜、四人の影が焚き火の中で揺れていた。
月の光が青く照らし、まるで“龍”のように舞い上がっていく。
だがその月の裏側
天界では、神エデンが静かに目を開けていた。
「……また、一つ封印が壊れたか。」
その声は冷たく、しかしどこか“怒り”よりも“悲しみ”に似ていた。




