第16話 静寂の残響
荒れ果てた神殿跡。
石壁は崩れ、天井は砕け、かつて“封印”と呼ばれた場所は、ただの廃墟と化していた。
空には灰色の雲がゆっくりと流れ、風が、戦いの名残をさらっていく。
アーリウスかつて神の封印を守る者。
その姿はすでにない。
彼は最後の瞬間、光の粒となり、風に溶けるように消えた。
キトは膝をつき、地を握りしめた。
その拳から血が滴り、赤く染みていく。
「……守るために戦ってた奴だったのにな。」
フィストが隣に立ち、黙って頷いた。
「でも、あいつも言ってたじゃねぇか。『己の意志で封印を守る』って。あれは誰かに命令されてたわけじゃねぇ。」
「……ああ。」
キトは空を見上げる。
そこに広がる雲の切れ間から、一筋の光が差し込んだ。
まるで、アーリウスの魂がまだこの空を見守っているかのようだった。
そのとき、背後から足音がした。
振り返ると、ルキがゆっくりと歩いてきていた。
その身体にはまだ黒い瘴気が微かに残り、額には冷や汗が滲んでいる。
「おい、大丈夫か?」
フィストが駆け寄る。
「……問題ない。」ルキは短く答えた。
だがその声には、どこか苦しげな響きがあった。
キトは立ち上がり、彼をまっすぐ見た。
「お前……戦いの途中で、何かに呑まれかけてたな。」
ルキの瞳がわずかに揺れた。
「見ていたか……。あの時、俺の中で“何か”が目を覚ましかけた。」
フィストが眉をひそめる。
「まさか、またあの魔王の力か?」
ルキは拳を握り、唇を噛んだ。
「……ああ。あの力は、俺を強くする。でも同時に、俺を喰らおうとしている。」
沈黙。
風が瓦礫を鳴らす音だけが響く。
キトは静かに歩み寄り、ルキの肩に手を置いた。
「なら、俺たちで止める。お前が自分を見失わないように、俺たちが“鎖”になる。」
ルキは驚いたように顔を上げる。
「……鎖?」
キトは笑った。
「強さってのは、繋がりの中で生まれるもんだろ? 一人で戦えば折れる。けど、誰かと支え合えば、何度でも立てる。」
その言葉に、フィストが頷き、拳を掲げる。
「そうだな。俺たちは“神を壊す”チームだ。仲間の闇ぐらい、俺たちで抑え込むさ!」
ルキはしばらく黙り込みやがて、ふっと笑った。
「……変な奴らだな。俺が暴走するかもしれねぇのに、そんなこと言うとは。」
キトが答える。
「それが“六騎士”になる奴らだろ?」
その言葉が、空気を変えた。
三人の間に、確かな絆が芽生えた瞬間だった。
だがその時、遠くから風に乗って声が響いた。
『神は、見ているぞ。』
三人が一斉に振り返る。
誰もいない。
だが、確かに“声”はあった。
キトの目が鋭くなる。
「……エデンか。」
空を仰ぐと、薄雲の間に光の紋章が一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。
青龍が岩陰から現れた。
「今の声……お前たちも聞こえたか?」
キトが頷く。
「たぶん、神の監視だ。俺たちが封印を壊したことで、気づかれた。」
青龍の表情が険しくなる。
「となると、奴らは動き出すかもしれん。」
キトは拳を握りしめた。
「上等だ。どんな神だろうと、もう逃げねぇ。俺たちは……この世界を変える。」
その瞳には、燃えるような紅の光。
そして風が吹き抜け、崩れた神殿の奥封印の残骸の中に、青く光る“龍の紋章”が一瞬だけ輝いた。
青龍はその光を見て、微笑む。
「龍が目覚めるか。」




