第13話 龍の眠る国
砂嵐の夜が明け、キトたちは静かな砂丘の上に立っていた。
ルキは傷だらけの拳を見つめ、微かに笑う。
「……本気でぶつかり合ったのなんて、いつぶりだろうな」
キトは頷いた。「お前の拳、まるで獣の咆哮だった」
ルキは鼻で笑い、背を向ける。
「分かってるさ。ただ……同じ空を見ているだけで十分だろ?」
その一言にルキの肩が小さく震えた。
彼は無言で拳を握りしめ、太陽の昇る方向を見た。そこは、東方の大陸“龍の国”と呼ばれる地だった。
その国には、古より「龍が眠る神殿」があるという。
世界が神に支配される前、人と龍が共に生きた時代の遺産。
だが今は神の信徒によって封印され、誰も近づくことができない。
キトは直感していたその神殿の奥に“神の力を打ち砕く何か”が眠っていると。
「行くのか?」
フィストが呆れたように聞く。
キトは笑いながら頷いた。「ああ。俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」
砂を蹴り上げ、三人は東へと進む。
ルキは振り返り、遠ざかる砂の都を見つめた。
そこにはもう帰る家もない。だが、胸の奥で何かが小さく灯っていた“仲間”という温もりが。
龍の国・シェンロンは、霧に包まれた山岳地帯だった。
無数の滝が音を立て、石造りの寺院が山肌に並ぶ。
その静けさの中で、一人の男が刀を研いでいた。
黒髪を束ね、碧眼が鋭く光る。
彼の名は青龍。
この国を護る最強の戦士であり、同時に“人でありながら龍の魂を宿す者”だった。
「……また、外の世界からの来訪者か」
彼は遠くの空気の揺らぎを感じ取り、わずかに目を細める。
キトたちの足音が山門をくぐる前から、青龍には彼らの“気”が届いていた。
「ここが……龍の国か」
フィストが息を呑む。山肌を覆う霧の中、巨大な龍の彫像が並んでいた。
その眼は宝石のように光り、まるで今にも動き出しそうだった。
キトは思わず呟く。「この地、力が満ちている……何かが、呼んでいる気がする」
ルキも頷く。「俺も感じる。神とは違う、“古の息吹”ってやつだな」
だが、彼らが奥へと進もうとした瞬間
地を裂くような声が響いた。
「外の者が、この地に足を踏み入れるとは……」
霧の中から、一閃。
龍の鱗を模した青い光が走り、キトの頬をかすめた。
その先に立っていたのは、青龍だった。
「我が名は青龍。この国を護る者だ。
神の力を狙う者も、龍の血を穢す者もここで斬る」
キトは剣を構えることなく、一歩前に出た。
「俺たちは戦いに来たわけじゃない。神の力に抗うため、“真の力”を探しているだけだ」
青龍の瞳が細くなる。「……抗う、だと?お前のその瞳。神の血が混じっているな」
キトの心臓が跳ねた。
なぜ、この男がそれを知っている?
誰も知らぬはずの、自分の中の“異質な血”を。
「答えろ、キトとやら。貴様、何者だ?」
キトは沈黙する。だが、その沈黙こそが答えだった。
青龍は刀を抜き、龍のようにうねる剣気を放つ。
「ならば戦いの中で確かめさせてもらう!」
空気が唸り、岩が砕けた。
キトは剣を抜き、青龍の刃を受け止める。
火花が散り、龍の咆哮のような衝撃波が周囲を吹き飛ばした。
フィストとルキは吹き飛ばされ、崖際まで転がる。
「なんだこの力……!」
フィストが叫ぶ。ルキは冷静に唸る。
「本物の“龍”の力だ。人の域じゃねぇ……!」
キトは一歩も引かず、剣を振るう。
だが青龍はその軌道を読み切り、斬撃を弾く。
「神の血を持つ者よ、その力は呪いだ。お前が生きる限り、この世界は再び神に支配される!」
「俺は神なんかじゃない!俺は俺として生きる!」
キトの叫びと共に、剣が光を放つ。
空間が震え、青龍の刃とぶつかり合った瞬間、
霧の奥で龍の彫像が微かに動いた。まるで、眠る龍が目覚め始めたかのように。
戦いの末、二人は互いの刃を止めた。
青龍の刀先はキトの喉元に、キトの剣は青龍の胸元に。
互いに傷だらけのまま、動きを止める。
沈黙の中で、青龍がわずかに微笑んだ。
「……悪くない。お前の中の“血”は、確かに神のそれだ。だが、心は人のままだ」
キトは息を吐き、剣を下ろす。
「俺はこの世界を壊したくない。ただ、神の理に縛られたままの人々を救いたいだけだ」
青龍は刀を鞘に戻し、霧の奥を見つめた。
「ならば来い。龍の神殿へ。お前が“選ばれる者”かどうか、確かめる価値はある」
キトは仲間たちに振り返り、うなずいた。
フィストは拳を突き上げ、ルキは微笑を浮かべた。
こうして三人と一人の戦士は、霧の奥の“龍の眠る神殿”へと歩き出す
やがてその地で目覚めるのは、龍の力か、あるいは神をも喰らう新たな存在か。
そして、空の彼方では、一人の男がそれを見つめていた。
白い翼を持ち、神々の都から世界を監視する存在エデン。
「……動き始めたか、神鬼キト。次の輪廻では、逃さぬぞ」
龍が眠る国に、静かに雷鳴が落ちた。
第13話「龍の眠る国」では、物語が一気に“東方編”へ突入しました
これまで「拳」「獣」「神」といった人間的・荒々しい要素が中心でしたが、
ここからは龍、精神、古代の記憶いった神秘が色濃くなります。
青龍はキトの血の秘密を“直感で見抜く”最初の存在であり、
同時に「神でも鬼でもない者」としてのあり方を象徴するキャラです。
次話ではついに“龍の神殿”が開かれます。




