第12話 砕拳修羅道
夜明け前の空は、血のように赤かった。
あの“審判の光”が降り注いだ翌日、キトたちは焦げた大地の上に立っていた。
辺り一面、砂が融けて黒く固まり、焼け焦げた空気がまだ残っている。
「まるで……神が怒った跡だな」
ルキが低く呟く。
その横で、キトは静かに拳を握った。
あの夜、自分の腕に浮かんだ“神の紋章”
それが今も消えずに、皮膚の奥で光を放っている。
「俺の中に、神の血が流れてるっていうのか……」
呟きは風に溶け、誰にも届かない。
鬼として生まれ、鬼として誇りを持って戦ってきた。
それなのに、その魂の中に“神”の血が混じっていたとは。
キトの拳が震えた。
「キト、立ち止まるな。」
フィストがその肩に手を置いた。
「お前の拳は、誰かを守るためにあるんだろ?
なら、迷う暇なんてないさ。」
ルキも頷く。
「俺たちは、お前が何者だろうと仲間だ。
神でも鬼でも、人間でも……お前は“キト”だ。」
その言葉に、キトはわずかに息を飲む。
焚き火の明かりに照らされる仲間の顔。
それが、今の彼の“居場所”であることに気づかされる。
「……そうだな。俺は、俺であるために強くなる。」
キトは拳を見つめた。
神の紋章が淡く光り、それを覆うように鬼の力が脈動する。
二つの力が交わる瞬間、空気が震えた。
「修行だ。自分の中の“力”を制御できるようにならなきゃ、また暴走するかもしれねぇ。」
「よし、それならオレが付き合うぜ!」
フィストが嬉しそうに拳を鳴らす。
「この“剛拳神”フィスト様が、全力でぶっ叩いてやる!」
ルキは苦笑いを浮かべながらも、腰の剣を抜いた。
「俺も見ておこう。お前らの力がどこまで上がるか、な。」
こうして、三人の修行が始まった。
砂漠の外れにある断崖地帯。
昼は灼熱、夜は凍てつく。
修行には最悪の環境だが、彼らにとってはこれ以上ない試練の地だった。
「ハァッ!!」
フィストの拳が岩を砕く。
「キト! 次だ!」
キトは全身に鬼の力を巡らせ、腕に蒸気のような黒い気を纏う。
「覇拳・烈震ッ!!」
振り下ろした拳が大地を裂き、衝撃波が走る。
砂が舞い上がり、熱風が二人を包み込む。
「くっ……まだ制御が甘いな……っ!」
キトの腕の紋章が光を強め、神の力が暴走し始める。
眩い光が走り、岩肌が一瞬で蒸発した。
「落ち着けキト!!!」
フィストが叫び、拳と拳をぶつける。
ガァンッ!!と音が響き、衝撃が爆ぜた。
神の力と鬼の力がぶつかり合い、やがて均衡する。
キトの瞳が燃える。
「……俺は、神でも鬼でもない。俺は“キト”だ!!」
叫びと共に、光が収束する。
神紋の輝きは消え、代わりに鬼の角が静かに光った。
その光は、かつてよりも深く、澄んでいた。
フィストはにやりと笑った。
「やっと見えたな、お前の“拳”の本当の力が。」
「……ありがとう、フィスト。」
「礼なんかいらねぇよ。仲間だろ?」
ルキが少し離れた岩の上で呟く。
「この短期間でここまで制御するとは……。やはりあいつは“異端”だ。」
だがその声には畏怖よりも、確かな信頼があった。
夜。
焚き火の前で、キトは天を仰いだ。
空には満天の星。
あの“審判の光”が落ちた方向を見つめる。
「神は俺を異端と呼んだ。
けど、異端だからこそ、神をも討てる力がある。
それなら、俺はこの命で、抗ってやる。」
拳を握るキト。
その拳に宿るのは、神をも砕く“意志”そのものだった。
遠くの闇の中、誰かがそれを見ていた。
その瞳は黄金に光り、静かに呟く。
「……兄上。やはり、あなたは生きていたのですね。」
風が吹き、砂が舞い上がる。
次なる戦場“東の龍国”が、彼らを待っていた。
第12話「砕拳修羅道」、読んでくださりありがとうございます。
今回のテーマは「受け入れる勇気」。
キトが自分の中の“異端の血”と向き合い、仲間との絆によって一歩前に進む成長回でした。
次回、第13話「龍の眠る国」では、
ついに青龍との出会いの地へ。
神を討つ者たちの物語が、さらに動き出します。




