酒呑童子を継ぐ者
葛城 南雲は、転生前の世界では、病弱な女の子だった。家から出られず、常にベッドに伏せていて、外の世界など知らない子であった。
病も重篤なものだった。歳を経るごとに身体が動かなくなる呪いのような病を患い、そのせいで体はどんどん動かせなくなっていき、最終的に、心臓の動きを止め、生きたえた。
それを、ある神様は嘆いたという。まだ幼きしょうじょが、これほど不幸な死に方をしてしまうのは認められないと。だから神様は死したその少女の病を治し、ある世界へ転生させた。その世界に初めて降り立った少女は、初めて得られた自由に感動した。
その自由のままに、少女はある村で暮らした。
転生したと言っても能力は与えられなかった。だが、少女はそれでも良かった。自分の足でこうして立って生きていられることが幸せだと感じたから。
だが、その幸せは一瞬にして崩れ去ることとなる。村が妖達の戦争の場となり、瞬く間に戦場と化したのだ。逃げ場をなくした村人は巻き添えをくらい、次々と殺されていった。
少女は必死に隠れた、血の匂いや燃える炎の煙の中で、小さくなって戦いが終わるのを待った。
そしてしばらくすると、戦いは終わった。村人はほとんど殺され、壊滅状態となり、もはや村は村として機能しなくなった。村人が散り散りになって村から出ていく中、少女だけが村に残された。他の村の人に連れていってもらおうとしても、拒絶され、共に過ごすことを許してもらえなかったからだ。
少女は何もなくなった村でしばらくの間一人で暮らした。幸いにも、食べ物には困らなかった、自給自足するだけの力は持っていたからだ。
だが、その静かな時間も、再び崩されることとなる。先の戦いで戦った妖の一族…鬼族が村を訪れたのだ。
少女は鬼に姿を見られ、殺されると思った。鬼は人を喰らい、自らの血肉とすると聞いていたからだ。
しかし、殺されなかった。その時、鬼族の長がやってきた。その長の姿は、白髪の自分と同じくらいの少女で、目が赤く、そして立派な2本の角が生えていた。その長がこう言った。
「お前…あの戦を経て尚この地に縛りついたのか、ここはまた戦場になるかもしれないというのに、死ぬのが怖くないのか?」
少女は首を横に振った。死ぬのは怖い、でも、少女には外の世界なんてわからなかった、だからここで暮らすしかなかった。それを聞いた鬼族の長はふむ…と考えると不敵に笑い、こう言った。
「気に入った、お前を儂の一族に迎え入れてやろう、鬼ではなく、人の子としてな。心配するな、儂は人は喰わん」
そう言うと鬼族の長は少女に歩み寄ろうとする。だが少女は長が一歩近づくと、同時に一歩下がった。
「……ふむ、儂に恐怖を覚えるか、何故か? 村を滅ぼされたからか? それとも儂が恐ろしい鬼だからか? それとも…」
「都合のいいことを言わないで!」
少女は2度の人生で生まれて初めて声を張り上げた。それを聞いた長はビクッと驚き、少女のように一歩下がる。
「村を滅ぼしといて! 村のみんなをバラバラにして! それでいて一族に迎え入れる? そんな都合のいい話、信じられるわけない!」
「お前……儂が怖くないのか?」
「怖いよ、怖いけど、でも貴方のそんな都合のいい要求を受け入れるくらいならここで喰い殺された方がマシ! 鬼だから人は食べるんだろう! さぁ! 私を食べろ!」
少女は手を広げ、魅惑的な話をする鬼達に抵抗するかのように身体を投げ出そうとする。それを聞いた鬼達の長は考え込むと、少女に近づき、こう言った。
「いや、お前は食べん、肉付きは悪いし、食べ応えがなさそうだ、それに…ここを焦土にしてしまった落ち度もある、お前に、償いをさせてほしい」
「償い⁉︎ 今更償いだなんて!」
「……ここで戦いを起こした儂は罰せられなければならない。だがその罪を償う手段がない、だから、お前を養うことで、その罪を償わせて欲しい」
「……勝手にして!」
こうして、少女は鬼達と生活するようになった。最初は鬼達に対して冷たい態度を少女は取り続けた。どうせすぐにボロを出す、人を食べると。
だが鬼達は少女を食べることなく、本当に家族のように接してくれた。その精神に絆されてか、次第に少女は彼らの優しさを受け入れるようになっていった。
だがある日、事件が起きた、その時は国全体に飢饉が起きていて、鬼の一族達も食糧をまともに確保できない状況になっていた。そんな中で事件が起こった。
飢餓状態になった鬼の一族の一人が、少女を食べようと迫り寄ったのだ。
「酒呑童子様の温情で家族になっているような子だ! 食ってしまっても……別にかまわねぇよなぁ!」
力強く掴まれ鬼が顎を開いた時、少女は本気で食われるかと思った。結局は鬼族は私を都合のいい家族として迎え入れたんだと、諦めかけた。
だが次の瞬間、少女を食べようとした鬼は真っ二つに両断された、急に鬼が死んだことに理解が及ばなかった少女は、叩き切った者を見る。それは、自分を家族に入れてくれた鬼族の長その者だった。
「酒呑童子…様」
「すまなかった。儂の仲間がお前を食べようとして、家族にする約束をたがえそうになったな」
「なんで…どうして⁉︎ 貴方は鬼族の長だろう⁉︎ 何故私を助けて仲間の鬼を殺した!」
「言っただろう、これは償いだと。お前は、儂の大切な家族なんだ、死なれては困る」
「だからって! 何も自分の仲間を殺すことまで…!」
少女と鬼族の長は死んだ鬼をじっと見つめる。すると鬼族の長は小さな声で呟いた。
「そうだな、殺す必要まではなかった……なのに何故だ……ここで殺しておかねば、また我々は人を食う道へ走ってしまう、そんな気がしてしまったのだ」
「……っ!」
その言葉を聞いて、少女はこの鬼が本気で自分たち人間を食べる気がないのだと悟った。だがわからなかった、なぜ、そこまでして人を食べたくないのか。すると長は答えた。
「……もう耐えられないのだよ、儂ら鬼と、お前達人間の確執に、耐えられなくなった。だから儂らは人を食うのをやめた」
そう聞いて、少女はこの長を本気で信じてみようと思った。仮初とはいえ、家族として接してくれる彼女を。それ以来、少女は鬼族に心を開くようになった。宴会をする時は笑って騒ぎ、仲間が死んだ時は共に悲しみ、気がつくと、一人で街に出てみれば鬼に育てられた娘と忌み嫌われるようになった。だがそれでも良かった。自分には大切な家族がいてくれるのだからと。
だが、そんな暖かな時間も、ある日を境に終わることとなる。鬼族の長が倒れたのだ。原因は人を食わない事による自身の力の不足。長ゆえ一際鬼の血が強い彼女ならではの病だった。
医学に長けた鬼にそう言われたその時、少女は思った。鬼族の長は、自らの命を削ってまで、鬼と人との諍いをなくし、少女への償いを行おうとしていたのだと。だから少女はとこに伏せる鬼族の長に近づき、言った。
「私を食べて! 私はもう充分生きたから、もう充分幸せを与えてもらったから。だからもういい! 私を食べて生きながらえて!」
少女は鬼族の長の手を取り、必死に懇願した。彼女達には、もう充分人生の幸せを与えてもらった、だからもう自分は終わってしまってもいい、彼女がそれで救われるならと。
だが、長は手を取った少女の手を優しく払った。
「それは、できぬ相談だ、お前を食べてしまったら、また儂らは元の鬼へと戻ってしまう。だから食べない。すまないなぁ、お前がもっと幸せに暮らす姿を、この目に焼き付けたかったのだが」
「そんな事どうだっていい! 人と鬼がどうとかいうプライドなんて捨てて、食べてよ!でなきゃ死んじゃう!」
「……これでよかったんだよ、これは、今まで散々人を殺め食い続けた儂への罰だ、酒呑童子と呼ばれたこの儂も、病には勝てなかったか」
ふっと笑って鬼族の長は清々しい表情を見せると、少女の頬に手を伸ばした。
温かい、今にも命の炎が消えそうな中、鬼族の長は、その少女に確かに生命の鼓動を感じ取った。だから決断した。
「南雲……儂の血を飲め……儂の血を身体に取り込み、真の鬼となるんだ、そして、今日からお前が、次代の酒呑童子として生きろ」
「嫌だ! そんな願い! 聞き届けたくない!」
「……これは儂の最後の願いだ」
優しく頬を撫でながら、鬼族の長はにっこりと笑って言う。
「お前なら、元が人故、この病気にかかることはない。そして同時に、人であるが故に、鬼を食わずに済むはずだ。頼む、儂が望んだ、鬼と人の調和の夢を……受け継いでくれ」
「酒呑童子様……」
「もう様付けで呼ぶな、今日からお前が、酒呑童子になるんだから」
少女は、迷いに迷って、そして受け入れた。鬼族の長の覚悟を、その想いを、願いを。
小刀を取り出し、自らの手を切り、血を垂らす鬼族の長、その血を手に必死に受け止め。少しずつ舐めるように飲み込む少女。命の炎が次第に一つ消えゆく中、同時にもう一つの炎が熱く燃えたぎっていった。
そして、血を飲めるだけ飲み込んだ後、少女の体に変化が起きた、髪は鬼族の長と同じ白髪に、目は赤色になり、そして額には、鬼族になった証として、光る角が二つ生えていた。
それを見届けた鬼族の長は、優しく笑うと言った。
「よく似合って…いる……」
そして、鬼族の長の命の炎は燃え尽きた。鬼族の長は、最後まで少女と人間を案じ、そして人の為にあろうとした。その想いを受け継いだ少女は、鬼族の長がかつて持っていた大剣を手に取った。以前までは重すぎて持てなかったのに、今では羽のように軽く持てる。それを手に外に出ると、鬼族の長の身を案じていた鬼達全てに語りかけた。
「酒呑童子様は! 私に全てを託してお亡くなりになられた! 彼女は望んだ! 鬼と人が共存する未来を! だから私がそれを受け継ぐ! 我が名は葛城 南雲! 人から鬼になった者にして、次代の酒呑童子だ!」
その日、少女は最強の鬼となり、多くの鬼達を従える大妖怪となった。




