大妖狐と、大鬼と
「よし、今日の国事は終わり」
ここは月の国。焔月一族が統治する国で、現在は神癒奈がその国の統治をしている。
今日は仕事が休みの日で、神癒奈が宮に来ては国事をしていた。
「お疲れ様です、神癒奈様」
「お茶、ありがとうございます、小雪さん」
ひとまず片付けるべき仕事を終えると、彼女の秘書担当の妖の巫女、小雪にお茶を入れてもらった。神癒奈は温かいお茶を啜ると、ほうっと一息ついて小雪に聞く。
「小雪さんって、名前こそ雪と付いてますけど、やっぱり雪女の妖怪なんですか?」
「はい、ですので熱いものは苦手で、冷たいものや冬が好きです」
そんな雑談を交わしながら、宮の縁側で二人で一息つく。庭の方では…。
「隊長殿! では! 行くであります!」
「来い、相手してやる」
フローレアと永戸が一騎討ちで特訓していた。休みの日を満喫しようとした永戸だったが、神癒奈が国事をすると言う事で暇をつぶしに行こうかとしていたところ、フローレアが特訓を申し出てきた、なので宮の庭を借りて、互いに真っ向からぶつかり合うこととなった。
「これが隊長殿の剣……重みが違うであります!」
「訓練通りの槍捌きじゃないな、多少我流が混ざってるか、いい腕だ、だが」
永戸は剣を返し、槍を弾くと、剣を突く、フローレアはそれを寸前で避け、槍で絡め取ると、互いに睨み合った。
「へぇ、この攻撃も捌くか、槍の腕はそれなりにあるようだな」
「隊長殿こそ、まだまだ本気ではないでしょう! さぁ、その剣で、フローを試してみてください!」
言われるがままに永戸はフローレアと対戦していく。それを眺めながら、神癒奈は小雪と会話をする。
「最近、月の国で何か出来事はありましたか?」
「特には……いや、一件だけ」
「一件?」
「はい、自らを酒呑童子と名乗る輩が鬼を連れて近隣の国にやってきたそうです」
酒呑童子と聞いて、神癒奈は考える。
神癒奈は伝説の大妖怪、玉藻前の娘だ、そして、酒呑童子も、そんな大妖怪に比類する存在の一つ。それが、国の近くにまできているとなると、神癒奈は少し危機感を覚えた。そこで、神癒奈はあることを思いつく。
「…フィアネリスさん、いますか?」
「はい、こちらに」
神癒奈の前に、フィアネリスが現れる、彼女は跪くと、神癒奈からの指示を待った。
「至急、"ご先祖様"を連れて来れますか?」
「はい、すぐに連れてきます」
そうしてフィアネリスは消え、しばらくすると、戻ってきた、その胸には、神癒奈を小さくして目を赤くしたような少女を抱き抱えていた。
「なんじゃなんじゃ、火急の要件と聞いて来てみれば、妾の孫娘に何かあったのか?」
「何かあった…わけじゃないんですけど、ちょっと国の近くに厄介な存在が来てまして」
やって来たのは神癒奈のご先祖さま、玉藻前本人だった。彼女は、とあることから神癒奈が復活させ、第一支部、つまりイストリアミズガルズ本部の特査四課の隊員として活動している。そんな彼女がフィアネリスの腕の中から降りると、神癒奈から事情を聞いた。
「酒呑童子ぃ? まーだやつは生きておったのか」
「知り合いなのですか?」
「古いな、あやつとは腐れ縁で、仲はいいとも悪いとも双方でもなかった、ただの知り合いじゃ。じゃが、そやつはあくまで酒呑童子を名乗っておるだけなのじゃろ? なら、本人ではない可能性もあるわけじゃ」
確かに、と神癒奈は思う。仮に本物だとすれば厄介だが、偽物ならば対処は楽だ、だが本物かどうかすらはまだわからない以上、下手に動くわけにはいかない。
そう思っていた時だった。警備の兵が宮に入って来たのだ。
「神癒奈様! 大変です!」
「謁見の許可もなしに宮に入る事、無礼千万ですよ」
「し、失礼しました、ですが、大変な事が! 酒呑童子がこの国の都に入り、ここを目指しているとのことです」
「ここを…何故?」
神癒奈は謎に思った。酒呑童子の目的が理解できなかったのだ。目的は何か、自身と会うためか? それとも玉藻前が目的か、考えを張り巡らせるも、事態は一刻を争う、すぐに動くべきだった。
「宮に酒呑童子を通してください、それと、ご先祖様は私と一緒に来てください」
「…はぁー、わかったわかった、可愛い孫の頼みじゃからな、昔の腐れ縁にあってやろうとするかの」
こうして神癒奈達は、酒呑童子に会うことが決まったのだった。
ーーー
そう言うわけで宮の席に座り、幕越しに神癒奈と玉藻前は酒呑童子を待つ、小雪は幕の前に立ち、いつでも出迎えられるようにしていた。
しばらくすると、たくさんの足音が聞こえ、謁見の場の扉が開かれる。すると、入って来たのは大量の鬼と、傘を被った、神癒奈とさほど身長の変わらない少女が入り込んできた。鬼達は横に二列に並び、少女を真ん中に通すと、謁見の場に少女は礼儀正しく座り込む。
早速、神癒奈は本題に入った。
「貴方が、酒呑童子を名乗る者ですか?」
神癒奈がそう聞くと、少女は頷く。続けて神癒奈は質問をする。
「この月の国への渡航目的は?」
「我々鬼族の住む場所を求めてやって来た、この国は、人と妖が調和する国だと聞いた。そこで、我々鬼族を、是非とも国の一部に迎え入れてもらいたい」
確かに、月の国は人と妖が共に暮らす国だ。なんなら鬼族も普通にこの国で暮らしている。そんな中に彼女達は加えて欲しいと言ったのだ。
「この国への移住が目的ですか、よろしいですけれど、正式な手順を踏まなければなりませんよ、この謁見の場では、あくまで私との口約束しかできませんので」
「分かりました、では、その手順に則って、我々をこの国の一員に加えていただきたい」
そうして、正式な移民届を受ける事となり、小雪は鬼達一人一人に紙を渡していく。最後に酒呑童子に紙を渡すと、鬼達は皆移民の手続きをし始めた。
酒呑童子も移民の紙を書くが、その時、玉藻前に聞かれる。
「お主、妾の声に聞き覚えはないかえ?」
「……? いえ、特に」
「……そうか、お主、酒呑童子ではないな?」
そう言った途端、鬼達は皆武器を取り、幕を破らんとばかりに神癒奈達に武器を向けた。
「このお方こそ! 酒呑童子様そのものなり! そこの狐! お前は何者だ! 酒呑童子様の前で無礼であるぞ!」
「妾が何者か、じゃと? くくく、それこそ無礼じゃのう、妾はこんな体こそしておるが、焔月の始祖にして大妖狐、玉藻前じゃ、お主らこそ控えい」
「何⁉︎」
「下がって、この狐様には、嘘はつけないみたい」
そう言って酒呑童子? は鬼達を下がらせると、頭に被った傘を取った。そこにいたのは、白髪で赤眼の少女で、なんと鬼であるはずなのに、角がなかった。
「確かに、私は酒呑童子じゃない。私は、そこの狐様と同じ、酒呑童子を継承する者、名は葛城 南雲」
なんとこの少女は神癒奈と同じように酒呑童子の名前を継承する者だった。だが神癒奈と違うのは、神癒奈は焔月の名前を継承した者で、この少女は、酒呑童子の名前そのものを継承した事だった。
やはりか…と玉藻前は呟くと、南雲に聞いた。
「…本物の酒呑童子はどうした?」
「……」
南雲はその質問に対し沈黙する。その沈黙は、酒呑童子がどうなったかを結論づけていた。
「…そうか……最後くらい、看取ってやりたかったのう……あやつはお主に何を受け継がせた」
「鬼族の稀血を、酒呑童子の血筋を受け継がせた。私は、元人間の鬼にして現世代の酒呑童子、今は鬼族の頭領を任されている。これも全部、酒呑童子が望んだ事」
「妾と同じく人を喰らうておったあの酒呑が人を匿っておったとは、不思議な縁よな、わかった、お主がどんな存在かは、もう何も聞かぬ」
「かたじけない」
ひりつく空気の中、移民の手続きは進み、これで鬼族全員は、神癒奈の国で暮らす事になった。鬼達はここに来る前に何かあったのか、安堵している。
「移民の受け入れ、ありがとうございます」
「いえいえ、これも助けですから、この国についてこれから案内しましょうか?」
「もしよければ、よろしくお願いします」
そうすると、神癒奈は幕から出て、南雲と顔を対面させる。その時、不思議な感じを感じ取った。
(どこか…永戸さんと似てます)
風貌から、永戸と似た感覚を感じ取ったのだ。彼と同じく、何か、重いものを背負っているような感覚、それを感じ取った神癒奈は少し言葉を詰まらせるも、言った。
「こちらです、皆様ついて来てくださいね」
そうして神癒奈は南雲達鬼族を連れると、都の案内へと向かったのだった。




