実質的な左遷
異世界管理組織イストリア、それは、多くの異世界に存在する秘密組織、異世界に蔓延る悪を倒し、調和を保つ軍隊である。そんな組織には、異世界特別調査隊と呼ばれる特殊部隊が存在する。
凶悪犯罪や強大な魔物と戦う一課。
危険地帯を調査する二課。
要人護衛や外交を行う三課
そして……。
「課長、本日のボランティア終えてきましたよ」
「うむ、ご苦労、地球での騒ぎはなんとも騒がしかったが、またいつもの日々が戻ってきたね」
紅いコートを着た男が、白髪の老衰した紳士にそう声をかける。
「そうですね、まさか怪獣と戦わされるとは思いもしませんでしたよ」
紅いコートの男は、ホッとするようにため息をつく。それを見た紳士は紅茶を飲みながらほっほと笑った。
「これも特査四課の仕事だからね、どうにもならないことをどうにかするのが我々の勤めだよ」
特査四課…それが彼らの所属する部隊、異世界特別調査隊四課であり、表向きはボランティア部隊だが、裏は死神部隊と呼ばれており、異世界のあらゆる悪と戦う為にどんな手段でも使ってでも戦うと言う部隊だった
「あぁそうだ、永戸君、神癒奈君とフィアネリス君に伝えて欲しいのだが…」
「なんですか?」
永戸と呼ばれた男は、紳士からの命令を全て聞き届けた。
その日の夜…。
「えーーーっ! 私達! 異動する事になったんですか⁉︎」
九尾の狐の女性、焔月神癒奈が家での食事中に驚いた。紅いコートを着ていた男、陽宮永戸は事情を説明する。
「今度3番街で新しく作られるイストリアミズガルズ第二支部に、特査四課が作られることとなった、第一本部の戦力は十分だから、分散させて戦力を増強させたいらしい」
「第一本部の隊長は誰がやるんですか⁉︎」
「それが決まってないらしいんだよ、みんなやりたがらないそうでさ」
困ったものだなと永戸は言う。ミズガルズとは永戸達が住んでいる近未来魔導都市で、あらゆる種族が交差する高い技術を持った都市だった。そこには1番街から9番街まであり、永戸達が住んでいるのが1番街の一等地だった。
「それで?第二支部の戦力や技術力の方はいかほどなのでしょうか?」
全身生身の義体の機械の天使、フィアネリスがそう聞くと、永戸はバッグからリストを取り出した…。
「あー………正直に言うと、頼りない、唯一頼れるのと言えばウチの課長と知り合いの人だな、この課の課長を務めるらしい」
リストには数枚紙がピロピロとあったが、永戸がそれを全部読み終えると、ため息をついた。
「となると、戦力は実質私たちだけですか?」
「そうなるな、できる限り戦えるメンツが欲しいところではあるが…これじゃ実質的な左遷だ」
そうも言ってられないかと永戸は再びため息をつく。神癒奈とフィアネリスは互いに顔を合わせると、心配そうに永戸を見つめるのだった。
ーーー
異動の日がやってきて、荷物を持った永戸達は、新しくできたイストリア第二支部の前に立つ。
「第一本部と比べたら幾らかスケールが小さいですね?」
「増員された兵士のために作られた第二支部だからな、ここにいるのは殆どが新兵、ベテランなんて俺たちみたいな鼻つまみ者ぐらいだろう」
「私達一応四課に配属されるんですよね? 人数は?」
「俺ら入れて全員で7人、隊長は俺、課長が1人、つまり神癒奈とフィーネを除けば3人が実働隊メンバーになる」
第二支部の中を歩き、受付に案内されては四課のオフィスを目指す3人、そして、四課のオフィスの前に着くと、永戸はノックした。
「入っていいぞ」
許可を得たので3人は中に入る。すると開幕とてつもなく大きな声が聞こえてきた。
「おお! 貴方がたが本部からやってきたと言う英雄らなのですね! 貴方達の活躍の話は伺っています! まさか四課にこんな隠された役目があったとは! 感涙物です!」
「あー、えっと、自己紹介、いいかな?」
「おっとこれは失礼! 私はフローレア・ランディスノートと申します! 種族はエルフ! 貴方がたが! 永戸さんと! 神癒奈さんと! フィアネリスさんでらっしゃりますよね!」
「まぁそんなところだ」
永戸達は困ったように笑うと、フローレアは話を続けた。
「私フローは貴方がたのファンでして! 第二支部の四課に配属が決まり、記憶処理が施された時から、貴方がたに憧れを抱いています!」
「そりゃどうも……」
「こら、フロー、英雄達を困らせるな」
続いてやってきたのはどこか斜に構えた男だった。
「俺はクレス・スナークス、クレスって呼んでくれ、まさかこうして英雄とご対面できる時が来るとは、俺も驚きだ」
「あぁ、よろしく頼む、クレス」
クレスと握手を交わすと、永戸は部屋を見渡す。部屋にはフローとクレス、それと課長らしき男と…後1人足りないようだが、一体どこにいるんだと永戸は思った。
「あー、もう1人のメンバーを探してるのか、メルト、隠れてないで出てくるんだ」
「ひっ! はぃ…!」
すると、机の下から、小柄な少女が出てきた。それを見た神癒奈はわぁ…と驚く。
「め、メルト・ミレイニアです……この課の救護兵を担当してます……よ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね」
「は、はい! 足を引っ張らないよう頑張ります!」
足を引っ張るってそんな……そう思った時、永戸達は、奥の机に座る課長らしき男に敬礼をした。
「イストリア第一本部から異動してきました。陽宮永戸他二名です!」
「知ってるよ、えーゆー部隊の本物のえーゆーが来るなんてな、俺はランジー・トロイヤークト、お前らの上官だ」
そういうランジーの手元には酒があり、既に飲み散らかしていた。酒臭い匂いに耐えながら、3人は話を聞く。
「えーゆー達が来て悪いけどね、ここの四課は戦わないお気楽なボランティア部隊を目指してる。本部のような命懸けの仕事を行う特殊部隊なんて真っ平ごめんだ、そんなのは本部に任せて、うちらはせこせことボランティアだけしてればいい」
「しかし、それなら何故、俺達がここに呼ばれたのでしょうか? それだけなら別の兵士を増員すればいいものを」
「本部の四課の戦力が過剰すぎると言う話は耳にしてるだろう? 特にお前達3人は例外的強さを持ちすぎる。そこで、本部からお前達を分散させて、尚且つ戦力として換算させない事で、戦力のバランスを整えようとしたってわけ」
成る程、左遷と呼ばれる理由もわかると神癒奈は思った。要するに自分たちは強すぎるから本部から爪弾きにされたのだ。とはいえ、ここは四課、仕事は入り込んでくるはずだと神癒奈は思う。
「でも、私達普通のエージェントではなくて四課ですよね、四課ってことは当然任務も来るのでは?」
「来ない来ない、こんな辺境の地の四課に仕事が舞いこんで来るもんか、全部本部に仕事が持ってかれるだろうさ」
そんな…と神癒奈はがっくりする。それを見てかランジーは笑った。
「まぁえーゆー達には悪いが、ここはそう言う部隊だ、大人しくボランティア活動をして、楽して過ごせ。お前達3人は働きすぎたんだ」
それを聞いて永戸は周りを見渡す。フローレア、クレス、メルト、ランジー、この4人がこれからの仕事仲間になると考えると、新しい環境に慣れるか心配に思えたのだった…。