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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その他の短編

偽りの番は運命に敗れ去る

あらすじに注意書きがあります。

なんでも許せる人向けです。

 月が傾き始める夜更け。

 ひっそりこっそり、足音を忍ばせながら辿り着いた王宮の一角の部屋の戸を叩く。

 そこは、俺が仕える主、第二王子オズワルド殿下の寝室だ。


「失礼してよろしいでしょうか」

「いいから、早く」


 中から掠れ声で急かされる。


 ――いつものことながら欲しがりな主だ。


 ニヤリと吊り上がりそうになる口角を引き締め、望まれた通り入室すると、のぼせたように頬を染めた青年が俺を出迎える。

 むわんと漂う濃厚な匂いもあって、彼が興奮しているのは明らかだ。


「くっさ」


 寝室の中に足を踏み入れ、しっかり戸締りしてから、従者にあるまじき暴言を吐く俺。

 だが人目に触れないところでなら許される。むしろオズワルド殿下は悦んで受け入れる。


「ビル、待たせ過ぎ。もう限界だよ……」

「大人しく待てて偉い偉い」


 雑に褒めながら頭を撫でると、ぎゅうと抱きついてきた。

 とろけた表情。熱を帯びた吐息。何もかもが俺を煽っているかのよう。俺も昂らずにはいられない。


「可愛がってやるからな」


 オズワルド殿下をベッドに引き込んで、朝日が昇るまで味わい尽くす。


 それが俺たちの密かなる日課。

 いつまでもこうして毎日暮らしていたいと、心から願っていた。


 ◆


 忘れもしない七年も前、互いが十三歳の頃のこと。

 俺とオズワルド殿下は特別な関係になった。


 建国百周年を記念して開かれていた式典の最中、俺を間近で目にしたオズワルド殿下がくらりと倒れた。鼓動が早く、足腰が立たなくなったふにゃふにゃの彼に、執拗に何度も何度も口付けられたのを覚えている。

 彼のキスは下手くそで、だからこそ可愛らしかった。

 本音を隠して困惑顔を見せるのに苦労したくらい。


「どうなさったんですか、オズワルド殿下。お戯れはよしてください」

「君が、僕の番らしい」


 オズワルド殿下はオメガだ。


 オメガというのは、男女の他に存在する三つの性のうちの一つ。いわゆる劣等種とされている。

 王侯貴族の大半が上流階級のアルファか一般的なベータと分類されるのに、王族でありながらオメガというのは非常に珍しい。

 一年に複数回訪れる発情期、獣のような激しい衝動に呑まれて正常な思考を失ってしまうオメガの特性のせいで、ひどく疎まれ蔑まれていた。


 オメガを鎮められるのはアルファ、それも世界でたった一人、運命の番と呼ばれる相手しかいない。


「――お願い、僕を助けて」


 苦しそうなオズワルド殿下に求められ、俺は頷いた。

 ただし条件付きで。


「お傍に置いてくださるのなら、喜んでお相手になりましょう」

「なんで……」

「いくら番でも大っぴらに付き合うのは難しいんですよ。オズワルド殿下は王子、俺は子爵家の生まれで身分差が激しいのでね」

「そういうものなの?」


 興奮で頭が回っていないせいか、ろくな教育を受けられずに虐げられて育ったせいか、呆れるほど純粋無垢なオズワルド殿下。

 思い出すだけで愛おしくてたまらない。

 実際は身分差があれど、国に申告し、本人たちが望めば認可されるなどという事実は一生知らなくていい。


「ええ、そういうものですとも。だから誰にもバレずに毎夜を共にできる立場になりたいのです」


 それまでは我慢してくださいね、と焦らしたのは可哀想だっただろうか。

 昔も今もつい意地悪してしまうのが俺の悪い癖だ。


 オズワルド殿下の従者になるのは簡単だった。

 普通の王族であれば暗殺などの可能性があるせいでそうはいかないだろうが、彼は完全に要らない子扱い。下働きのメイドが世話をしているという杜撰さであるからして、王宮側はすぐに認めてくれた。


 その時から、昼は従者として、夜は秘密の恋人として王宮勤めしているのである。


 七年間、誰よりも近くで彼と共に過ごした。

 綺麗な銀糸の髪を梳くのも、召替えをするのも、俺の特権。オズワルド殿下が体調を崩した時などは、看病にかこつけて食べ物を口移しで与える。

 それだけではない。オズワルド殿下の公務に付き添うという名目で二人で出かけ、恋人繋ぎで街を歩いたり、カフェで食べさせ合いっこしたりと、幾度もデートを重ねた。


「ビル、人前でこんなの、恥ずかしいよ……」

「へぇ? 俺が恋人じゃ嫌なのか?」

「そういうわけじゃなくて。わかってるくせに、ビルの馬鹿」


 すぐに照れて顔を赤らめてしまうオズワルド殿下に何度ゾクゾクさせられたことか。

 そんな初心のくせに、彼は発情期には別人のような顔を見せる。


 夜に限らず昼も身も心も通じ合わせ、欲望のままに暴れるのを相手するのは大変だったが、それを手懐けるからこその優越感があった。


 楽しかった。

 本当に楽しくて、オズワルド殿下も同じ気持ち……いや、もっと恋しく想ってくれていると思い込んでいた。

 彼は俺がいないと何もできないのだから。




 ある時、オズワルド殿下が国王より呼び出された。数年に一度あるかどうかの珍事だ。

 王の間から戻ってきた彼は、明らかに浮かない顔をしていた。


「何か厄介な案件か?」

「うん。『隣国からの使者が来訪してパーティーに参加する。その際、王族の一員として出席するように』だってさ」


 この国と新たに同盟関係を結ぶため、挨拶を交わす目的だとか。

 オズワルド殿下は基本的に社交場へ姿を現さない。劣等種の彼は歓迎されず、陰口を叩かれる。わざわざそんな場所に行きたくないと引きこもっているのだ。

 ただ王家主催のパーティーともなると、そうはいかない。


「憂鬱だなぁ……僕が行ったせいで使者さんに嫌な思いをさせるかもしれないし」

「俺もついていくから安心しろ。万が一、使者がくだらない文句を言ってきたら言い返してやるよ」

「ありがとう。頼もしいよビル」


 ふにゃりと柔らかく笑うオズワルド殿下。守りたいこの笑顔。

 まったく、俺の心を鷲掴みにする天才過ぎて困る。


 かくして来たる当日、いつにも増して気合を入れて彼の身支度をした俺は、一緒に社交界へと繰り出た。

 ただの従者ではあるが、これでも一応子爵家の息子なのでパーティーに出る資格は有している。


 パーティー会場に足を踏み入れた瞬間、早速無数の視線が突き刺さった。言うまでもなく悪意の類だ。

 それらからオズワルド殿下を庇い、他所行きの完璧な従者の顔でエスコートした。


「胸を張って堂々としていてください。ほら、あちらに美味しそうなお食事がございますよ。行きましょう」


 なるべく彼の意識が悪意に向かないように。楽しい気持ちで過ごせるように。誰にも絡まれないように。


 俺の頑張りのおかげで、パーティーは穏便に進行していった。

 そのまま何事もなく終われば良かった。けれども終盤に差し掛かった頃、ある人物がこちらへ歩いてきた。

 そっと逃げるべきか否か。俺が一瞬躊躇っていた隙に声がかけられる。


「ごきげんよう、いきなりごめんなさいね」


 凛とした女性だった。

 歳の頃は俺たちと同じくらいに見える。婚姻指輪を嵌めていないので、未婚の令嬢だろう。

 きっちりと着こなした漆黒のドレス。飾りは少ないが見るからに上質な布で、品位の高さが窺える。典型的な上流階級――アルファだ。

 色白の肌、整った顔立ち、高く結えられた黒髪、その何もかもが美しい。


「あ……はい」


 仕方なしにそう答えながら俺は悟る。

 彼女が件の使者だろう、と。そしてその予想は間違っていなかった。


「隣国より遣わされました、アリス・ファレクと申します。失礼ながら、そちらの御方からとても良い香りがしたもので、ついつられて来てしまいましたの」

「我が主が良い香りでございますか。お褒めいただきありがとうございます。俺は従者のビル、そしてこちらの方は第二王子の……」


 オズワルド殿下を紹介しようとして、しかし俺は最後まで言い切れなかった。

 すぐ隣にいる彼の瞳が、とろんと蕩けていることに気づいたからだ。

 直後、腰が砕けたようになったかと思うと俺にもたれかかってきた。


 ――まさか、発情期か?


 人前でこの状態になるのはまずい。

 女性……アリス嬢には悪いが、適当に話を切り上げて、慌てて休憩室に駆け込んだ。


「あ、はぁっ、はぁっあぅあああ!」


 荒い息と共に苦鳴を漏らすオズワルド殿下を組み伏せる。

 幸い休憩室は俺たち二人きり。扉の鍵をかけておいたから誰かが入ってくる心配はない。


「ビルぅ、ビル、助けてよビル……!」

「クソ、なんでこんな急に」


 ひとまずの応急処置で貪るように唇を重ねた。それでも足りなくて正装を解き、生まれたままの姿になった。

 そこまでしてさえ、なぜか落ち着いてくれない。やっと疲れ果てて眠りに落ちた時には、パーティーが終わってすっかりあたりが静かになっていた。


 これが異変の始まり。

 そのあとも、度々唐突に発情期を迎えては収まりがつかないということが続いた。




 心ここに在らず。

 オズワルド殿下の状態を言い表すならば、まさしくそれだった。


 俺に甘えてこなくなった。俺に目を向けてくれなくなった。

 彼曰く、


「ビルが僕を想ってくれているのは知ってるし、わかってるんだ。でも最近どうしても満足できなくて……」


 とのこと。

 パーティーの日以降、彼はいつもどこか遠くを眺めている。

 なぜそんな風になってしまったのか、俺には思い当たることはあった。だが認められない。認めてしまうのが恐ろしい。


 俺は必死に考えまいとした。彼にも考えさせまいとして、四六時中ベッタリとへばりついた。

 おはようからおやすみまで、用足しすらついていく始末。


「か弱いお姫様じゃないんだからそこまでしなくてもいいよ」

「いつ発情期になるかわからないだろ。そうなったら迷惑被るのは俺なんだぞ」


 オズワルド殿下は「そっか、そうだよね」なんて言うけれど、彼にとっては俺が迷惑なのかもしれない。

 我ながらやり過ぎだとは思う。思うのに、どうしようもない不安感が胸中をかき回していた。

 そして、その不安は見事に的中してしまう。

 『オズワルド殿下にお会いしたい』という人物が現れたのだ。隣国からの使者、アリス・ファレク嬢である。


 ――ああ、やっぱり。


「何か企みがあるのかもしれない。わざわざ指名してくるなんて、明らかにおかしいだろう」

「だとしても突っぱねるわけにはいかないでしょ。ねぇビル、もしかして焦ってる?」

「焦ってない。ただ、心配で」

「本当に?」


 オズワルド殿下はこてんと首を傾げる。


「ちょっと話すだけだよ。この前は僕の体調がおかしくなって失礼なことをしてしまったから、そのお詫びもしないと」


 ただの会話で、ただのお詫びで済むだろうか。

 だって、だって間違いなく、アリス嬢はオズワルド殿下の運命なのだ。


 ◆


 俺はベータだ。

 アルファでも、オメガでもない。ごく一般的な中流階級である。


 ベータは男女のベータ同士で番う。それでしか子は成せない。

 すなわち、本来はオメガのオズワルド殿下を愛する資格なんて有していなかった。

 けれど……俺はオズワルド殿下に惚れ込んでしまった。


 きっかけは、貴族子女を集めたお茶会だったと思う。社交デビュー前に親交を深めさせようという意図に加え、番探しも兼ねたその催しでも、いつもの通りオズワルド殿下は疎まれていた。


「劣等種オメガが、近寄らないでくださる?」

「いくら王族でも、アルファじゃないんだから形無しだよなぁ」

「くすくす」


 といった風に。

 子供だからなおさら言動に容赦がない。

 まだ幼かったオズワルド殿下は心をズタズタに傷つけられていたのだろう、みっともなく泣いていた。

 そんな彼を『可愛い』と思ってしまった変人が一人。俺である。


 泣き顔も最高だが、笑ったらさぞ魅力的なのだろう――と。


 お茶会は定期的に開催され、その度オズワルド殿下を遠くから見つめるようになる。そのうち、見つめるだけでは我慢できなくなり、話しかけたいを飛び越えて欲望が膨らんでいった。


 折れてしまいそうな細い身体を包み込み、白い首筋に甘く噛みついて、顔中を舐め回して、でろでろに甘やかしたい。彼の脳内を俺一人でいっぱいにして孤独を埋めてやりたい。

 ベータはオメガと交わるように造られていないはずだから、この気持ちは恋や愛ではなく執着と呼ぶべきものだろうか。

 だとしても構わなかった。


 王都のはずれにある貴族街と呼ばれる場所に赴いて惚れ薬を購入した。禁忌の秘術で作られた、強烈な魔薬で本能を狂わせる違法な代物である。

 裏社会でよく使われ、一部の貴族が重宝しているという。俺の父親がそういうのを取り締まる役職にあったので知っていたことだ。

 惚れ薬さえ手に入れればあとは簡単で、惚れさせたい対象であるオズワルド殿下にほんの少し飲ませるだけ。

 オズワルド殿下はいつからかお茶会に来なくなってしまっていた。そのせいで再び接触するまでしばらく時間がかかってしまったが、ちょうどいい機会があった。

 それが、建国百周年の式典だった。


 彼のために用意されていたスープに異物を混入させた。王子とはいえ大切にされていないオズワルド殿下の飲食物を毒味したり監視している者などいない。

 スープを飲んで十分ほどで効き目が出始め――――まんまと俺は彼の番になった。

 そう、信じさせた。


 上手く丸め込んで周囲に関係性を伏せたおかげで、俺がベータだとバレることはない。

 運命を捻じ曲げてやった気でいた。

 真のアルファが、本物の番が現れたらどうしよう。そんな懸念は常に頭の片隅にありつつも、あえてその可能性から目を背けていた。背け続けていた。


 その報いが今になってやって来たのだろう。


「でも、問題ないはずだ」


 オズワルド殿下はどっぷり俺に依存している。いくら運命でも、いくら上位種の美しい女でも、そちらの手を取るものか。

 笑ってしまうほど愚かな自惚れだった。


 誘われるがままにアリス嬢と対峙した時、自惚れは粉々に打ち砕かれたが。


「あはっ。この匂い、好きぃ……!」


 アリス嬢を見つけるなり、オズワルド殿下がわかりやすく笑顔を綻ばせる。

 今まで俺しか知らなかった、いや、俺すら知らなかった表情。

 しかしそれはまだ序の口だった。アリス嬢の豊かな胸元へ躊躇いなく飛び込み、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めた時には倒れてしまいそうになった。


 ――嘘だ、こんなの、嘘だ。


「本日は私のわがままを聞いてこの場を設けてくださりありがとうございます。単刀直入、申し上げますとですね、私の番は第二王子様ではないかと思いますのよ」

「うんっ! そう、君が僕の……あれ、でもビル? あれぇ?」

「なるほど、すでに番がいるのに、王子様も私に運命を感じていらっしゃると。これは調査が必要でしょうか」


 アリス嬢が淡々と言葉を紡いでいるが、まるで内容が入って来ない。

 心底幸せそうなオズワルド殿下の姿が脳裏に焼き付いて離れない。


 俺はただひたすら、二人を眺めているしかできない。

 完全に蚊帳の外であった。


 ◆


 オズワルド殿下はアリス嬢を選んだ。

 ぽっと出の彼女を。隣国の使者という情報くらいしか知らなかった彼女を。一度もデートをしたことのない彼女を。


 国に要請して行われた調査の結果、正しく運命の番であると判ったからだそうだ。

 あってもなくても同じような王位継承権を棄て、アリス嬢が故郷へ帰ると共に国を出て、二度と戻って来ないつもりらしい。




 出立の前夜、オズワルド殿下の部屋にて。薄ぼんやりと月明かりが差す中で、俺はじっとオズワルド殿下と向かい合っていた。


 運命の番が発覚して以降は顔も見たくないとばかりに遠ざけられていたのだが、『最後に話がしたい』とオズワルド殿下の方から持ちかけられた。

 甘い雰囲気は欠片もない。まったく真逆、ひどく重苦しく息苦しい。


「……ごめん」


 開口一番、謝る必要なんて何一つないくせに、申し訳なさそうに謝られた。


「俺が好きじゃなかったのか」


 思わず責めるような台詞を吐いてしまう自分が嫌になる。でも止められなかった。


「七年も恋人だったんだぞ。一緒に過ごしてきた日々の思い出とか、想いとか、ないのかよ!」


 俺は確かに、番ではない。

 でも運命の番以上に強く想い、大切にしてきた自信はある。愛を囁き、抱きしめて、関係を着実に築いてきたはず。

 それらの行いは、努力は、運命の前には無力だったというのだろうか。


「たまに意地悪だけど、優しく寄り添ってくれる君が好きだったよ」

「なら!」

「僕の見る目がなかった。ビルは僕に気に入られたかっただけなんでしょ? これでも僕は王子だから、従者になって、甘い蜜を吸おうって腹積りだったんだよね」

「違う、そんなんじゃ」


 彼の傍にいたい、ただそれだけだった。

 傍を許されるには騙すしかなかった。考えつかなかった。王家との繋がりや地位や名誉を得る目的なら、別の王子に取り入るに決まっている。

 けれど、弁明する暇さえ与えてはくれなくて。


「惚れ薬を使って、嘘を吐いて。説得力が全然ないじゃないか」


 背筋がゾッとするほど冷え冷えした、ひどく寂しい声音。

 失望と憎しみ、そして拒絶の意思が確かに感じられる。

 彼からしてみれば一番信頼していた相手に裏切られていたのだから、当然だけれど。


「惚れ薬のことも調べたのか……!」

「君のお父さんに知らせたら家名に泥を塗ったとして処刑されていただろうね。公表しなかったのは、恋人としての情と、せめてもの恩返しかな。だからさ」


 聞きたくなかった。


「――終わりにしよう」


 いかなる鋭利なナイフよりも、その一言は俺に激痛をもたらす。

 一瞬、死んでしまったかと思ったくらい。


 実際に刺された方がいくらかマシだっただろう。本当に死んでしまった方が、苦しみを味わわなかっただろう。

 哀れっぽく泣き喚いたところでどうにもならないのに、涙がぽろぽろ溢れ出した。

 情けない。まるで子供だ。子供以下だ。


「いやだ、いやだっ! 捨てないでオズワルド殿下、お願いだから!!」

「最初からこうなる運命だったんだよ、ビル」


 俺が創り出した運命は偽りでしかなく、この終焉こそ正しいのだ。捻じ曲げたはずの運命に敗れ去った事実を嫌でも認めなければならなかった。


 「さよなら」と手を振るオズワルド殿下に、なんと応えるべきだったのか。

 わからないまま、逃げるように部屋を飛び出した。


 ――運命なんて、糞食らえ。


 心の中で負け犬の遠吠えをしながら。


 ◆


 その後の人生で、俺も番と巡り合うことが叶った。


 番は十歳も年下のベータの令嬢。銀の髪をしていたからか、線が細く折れてしまいそうな体つきだからか、幼い頃のオズワルド殿下を思い出して少しだけ懐かしくなる。

 理性を失くしてしまうオメガほどではないのだろうけれど、本能が疼く感覚も理解した。令嬢に近寄ると高揚してのぼせたようになった。


 が、拗らせまくっていた執着心に比べれば、なんということはない。

 令嬢はオズワルド殿下の代わりにはなり得ない。

 ベータ令嬢には悪いが、熱烈なプロポーズを受けたものの適当な理由をつけて断ってしまった。

 可哀想で可愛いオメガの彼以外ではそそられないのである。当の彼はアリス嬢と幸せに暮らしているに違いないというのに、だ。


 たまらなく恋しく、たまらなく虚しい。

 俺の心は永遠にオズワルド殿下に囚われ続けている。きっと、命尽きるその時まで。

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