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第20話 意図のない配置

 午後の空気が重たかった。


 光はあるのに、どこか動きの鈍い空だった。

 窓を開けても風が入らない。代わりに、部屋の奥で紙が一枚だけ動いた。


 リリアはその紙を拾わなかった。

 動いたことに意味があるのか、それとも意味があるように見せたかったのか。

 分からないうちは、何もしないと決めていた。


 レアが入室する音はなかった。

 だが、気配があった。


 彼女は椅子の向きをわざと正面に直さず、少し斜めに残した。

 机の上の筆記具も、使いかけのまま。

 紙の角だけ折ったものを一番上に置いておく。


 “乱れているが、整理の途中にも見える”状態。

 意図があるとは言えない。ただ、誰かが誤読するには十分な配置。


「……配置って、怖いね。

 何も言ってないのに、“読める”って勘違いされる」


 言葉の相手はいない。

 でも、壁の向こうで誰かが小さく呼吸を変えたような錯覚があった。


 記録という行為は、相手が何者であるかを問わない。

 それが人であれ、システムであれ、空間であれ──


 “ズレ”は蓄積される。


 リリアは立ち上がる。

 引き出しから白紙を取り出し、裏面にだけ圧をかける。


 インクは使わない。

 線は引かない。

 指の重みだけを、四箇所──角にだけ残した。


 紙を机に戻す。

 誰かが拾い、何かを書き足すかもしれない。

 あるいは、何も書かずに持っていくかもしれない。


 どちらでも構わなかった。

 構うのは、“何が書かれていたと想像されたか”だけ。


 リリアは椅子を引かず、背だけを壁に預けた。


 背中の温度が、少しだけ変わっていた。


 紙は、その日のうちに消えていた。


 リリアが部屋を出たのは日暮れ前。戻ってきたとき、机の上の白紙はなくなっていた。

 レアは扉を開けたまま、報告を待っていたが、何も問わなかった。


 誰が持っていったのか。どこへ行ったのか。

 その痕跡は、床にも空気にも残っていない。


 けれど、リリアには分かっていた。


 「これは、“反応する側”の手口じゃない」


 レアが軽く目を伏せた。


「仕掛けた者が、“仕掛けられる側を演じている”」


「それってもう、“観察”じゃないわよね」


 リリアは椅子に腰を落とす。

 柔らかくも硬くもない座面の感触が、今日はやけに“高さ”だけを意識させた。


 目の高さにあったはずの棚の端が、気づけばいつもより低く見えた。


 何かがずれている。

 でも、それが“今日の自分”なのか、“昨日の配置”なのか分からない。


 隅のテーブルに置かれた書簡の山を、一枚だけずらす。

 紙の滑りがよくなっていた。

 誰かが、手のひらで圧をかけていた証拠。


「“読まれた”というより、“書かれた”気がする」


「書き換えられた?」


「まだそこまでは行ってない。でも、“混ざってきてる”」


 リリアは言葉を選ばなかった。


 意図のない配置が、結果として“意図されたように見える”。

 そこから、誰かが“次の意図”を作る。


 それを“共犯関係”と呼ぶのは、少しだけ気が早い。

 でも──少なくとも“誤解の往復”は成立している。


 誤解が何層も重なると、やがて“理解に見える”ときが来る。


 それが、いちばん怖い。


 紙は、その日のうちに消えていた。


 リリアが部屋を出たのは日暮れ前。戻ってきたとき、机の上の白紙はなくなっていた。

 レアは扉を開けたまま、報告を待っていたが、何も問わなかった。


 誰が持っていったのか。どこへ行ったのか。

 その痕跡は、床にも空気にも残っていない。


 けれど、リリアには分かっていた。


 「これは、“反応する側”の手口じゃない」


 レアが軽く目を伏せた。


「仕掛けた者が、“仕掛けられる側を演じている”」


「それってもう、“観察”じゃないわよね」


 リリアは椅子に腰を落とす。

 柔らかくも硬くもない座面の感触が、今日はやけに“高さ”だけを意識させた。


 目の高さにあったはずの棚の端が、気づけばいつもより低く見えた。


 何かがずれている。

 でも、それが“今日の自分”なのか、“昨日の配置”なのか分からない。


 隅のテーブルに置かれた書簡の山を、一枚だけずらす。

 紙の滑りがよくなっていた。

 誰かが、手のひらで圧をかけていた証拠。


「“読まれた”というより、“書かれた”気がする」


「書き換えられた?」


「まだそこまでは行ってない。でも、“混ざってきてる”」


 リリアは言葉を選ばなかった。


 意図のない配置が、結果として“意図されたように見える”。

 そこから、誰かが“次の意図”を作る。


 それを“共犯関係”と呼ぶのは、少しだけ気が早い。

 でも──少なくとも“誤解の往復”は成立している。


 誤解が何層も重なると、やがて“理解に見える”ときが来る。


 それが、いちばん怖い。

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