ニートと勇者
勇者なんて大したものじゃない。この前来た勇者もついに僕を部屋の外へ出せなかった。世界は救えても人一人救えやしないんだ。
インターホンが鳴る。今日もまた勇者がやってきた。異世界からやってきた。僕は「どうぞ」と寝たまま云って、勇者は部屋へあがってきた。
「やぁ、幕浦君。ラダなんたらの王様から頼まれて、君を開放しに来た。おや、ダーヌドラゴンがいないな。よし、今のうちに逃げよう!」
にこやかにせっせと勇者は僕を担ごうとした。僕はそこにあった壺を勇者に投げつけ、牽制した。すると勇者は緊張した面持ちで剣を抜いた。
「おのれ! 催眠術か呪いを掛けられたのか! なんて卑怯な魔王! 仕方ない、少しだけ痛めつけて教会まで運ぶか!」
「いや、違うから」
「違うわけないだろ! これでも私は三回くらい世界を救ったんだ! 違うわけないだろ!」
人の話を訊かない勇者にはスライムのぬいぐるみを。思いきり投げつけ、腰をつかせた。勇者は「今更スライムごときにやられるだと……!?」と自信喪失した。僕は何度目かの憂鬱、どこぞのカルトの無意味な朝のお祈りのように、一言一句同じく説明する。
「ここは日本。僕は部屋を出たくない。お前は変質者。さっさとどっか行け」
されど勇者は勇者。勇気と根性、努力の狂信者。あるいは最強のドM。僕が罵ろうと「いいや、君はお姫様。見た目は少年っぽいが、バイデンが云うにはそれでもお姫様? 私は君を救うぞ!」自らを励まして食い下がらない。
「警察呼ぶぞ」
「ならば警察ごと魔法で焼き尽くしてやろう」
「捕まるぞ」
「ならば脱獄してここまでまた来よう」
「死ぬぞ」
「僕のステータスはカンストしているから死なない。死んでもすぐに蘇る」
こいつは勇者。異世界を何度か救った勇者。頑固すぎる精神と古今無双の才能がある。どれほど魔王を盛ろうと、二ページ足らずで倒せるであろう何でもありの人物だ。現実を叩きつけたところで、実際に今来た警察数人がその意味不明な覇気で気絶したように、無効化される。
しかし無駄だ。僕はお姫様ではないが、勇者にとってはお姫様。危害は加えられない。ちょっとさっきは違ったが、今は落ち着いたようだ。
「やはり呪いか!!」
「全然落ち着いてなかった! 違うから、はい、謎の力で剣使うの禁止!」
「やっぱり呪いじゃないか! こんな呪い使えるだなんて、呪いじゃないか!」
剣が抜けぬなら勇者、拳で。と勇者が動きを取ったから手錠を付けた。たまにこういう頭の悪い勇者が来て、こうやって手錠を付けるのだけれど、そのたびに「キャーユウシャサマーゴキブリガー!」とお姫様の振りして抱きつかないといけないのが嫌だ。まじかに照れる勇者が気持ちわるくて死にたくなる。
「な、なにをするんだ! くそ、なんだこれは! これじゃダーヌドラゴンを倒せないじゃないか!」
「倒せないな。だからさっさと帰れ。そしてもう二度と来るな」
「そうはいかない! 勇者が負けると読者が離れるからそうはいかないんだって誰かが言ってたんだ!」
「知らねえよ、帰れよ」僕は勇者の尻を蹴って、部屋の扉へ追いやった。
「くそ、なんて卑劣な呪い! まさか、こんなところに私よりも強そうな敵がいたとは! 異世界よりも現実のほうが難しいのか!!」
「そうだよ。だから帰れよ。もういいから」僕は勇者の尻を蹴って、外へ出そうとした。勇者は驚異的なつま先の力で耐える。だから僕はその足を「せーい!!」っとバットで嬲った。バットが折れた、鉄製なのに。
やはり力づくじゃ勇者を追い出せない。最終手段を取るか。僕は外を適当に差した。
「あんなところに魔物が! 誰かに襲われてる!」
「なんだと!! 困っている人がいたら見逃せない! 勇者ですから! 勇者ですから!!」
勇者は勢いよくその空の彼方へ突っ走った。去っていった。
「これで今日の忌々しい日課が終わった」
「戻ってきたが?」
「は?」
「戻ってきたぞ。よし、中に入れたまえ」
このレベルの勇者はもちろん最強なので三秒くらいで敵を屠れるようだ。いないはずの敵もどこから湧いてきたのか、倒してきたらしい。今までの勇者ではこんなことなかったから、今まではほんとうに悪い奴がそこらへんにいたのかもしれない。そんなのはどうでもいい。
「帰れよ!」
「だが断る!」
「使い方ちげえよ!」
「私は使い方の違うと言ってくるファンにノーと叩きつけるのが好きなんだ。だが断る!」
「帰れよ! いいから!」
僕の頑張って引っ張る扉は勇者の覇気で全く動きませんでした。歴戦のニートである僕をここまで手こずらせるとは、今日の勇者は最強の勇者らしい。だけどそんな力技が通用していいわけがない。この世界で。
「あ! あっちと、あっちとあっちに魔物が! 女の子が食べられてる!」
「いないが?」
「は? いるし」
「だって私、さっきこの世の悪を全部倒してきたからね」
「……プー○ンは?」
「生きているが」
「プー○ンは悪らしいぞ?」
「知らん! この世に悪がいるから私がいるんだ! 悪を野放しにしておくのも勇者の仕事!」
「何でもありじゃねか!」
「そうだ! さぁ早く中に入れたまえ!」
勇者は体で僕を押して中に入ろうとする。だんだんと手加減も効かなくなってきているようで、僕は吹き飛ばされそうだ。
「殺す気か!」
「殺しは悪だろう! 勇者はそんなことしない!」
「じゃあちょっと力抜けよ!」
「抜かん! 一回くらいの殺しは許される。神様がそう云ってた!」
「なんでやねん! くそ! 死にたくない! そもそも部屋に入る必要ないだろ!」
「……たしかに」勇者はピタリと止まった。
「ん? やった!」僕はその間抜けの顔面を蹴って、外に出した。勇者は宙で三回ほど回ってから倒れた。僕はドアを思いっきり閉じた!
「はぁはぁ……やったか?」
静かになった外。僕はドアの穴から外を見た。そこには勇者はいなかった。
「やっと帰ったか。今日の勇者はしぶとかった。横になってNBAの試合でも見るか」
「最近、ウォーリアーズいい感じだよなぁ」
「そうそう、ジミーバトラーが――ってなんでいるんだよ!」
勇者は窓と地の文を蹴破って中に入ってきたようだ。僕の部屋がクソ風通し良くなっていた。この勇者、倫理観終わりすぎだろ。中高生に悪影響だろ、こんなの。
「次はどうするか」僕はドアノブを強く握りながら思索を練った。しかしその大きいような陰、勇者はテレビの前に座ってPS5を起動すると、「むしゃむしゃ」とポテチを食べながらゲームを始めた。
「なにしてる?」
「ゲームだ。ワイルズだ。ちょうど気になってたから一狩り行こうと」
「ここ、僕の部屋なんだが。それに使命はどうしたんだ。僕を外に出すんじゃないのか」
「勇者は疲れた。話はもうおしまい」
「は?」
「勇者は疲れた。話はもうおしまい。それよりチーズナンって美味しそうだな!」
この勇者は自分勝手が過ぎる。付き合ってられるか。
僕は部屋に居座る勇者にうんざりして荷物まとめて外に出た。勇者はクソである。僕を救うどころか追放するのだから。