一年後の僕たち
卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
車の窓の外、街灯が流れるように後ろへ消えていく。エンジンの低いうなりが心地よいリズムを刻んでいた。
僕は片手でハンドルを握りながら、もう一方の手でコーヒーを口に運ぶ。
去年まで運転席にいた先輩は、今は隣の助手席に座っている。
「今日から君も大人の仲間入りね」
「そうですね」
前を見据えたまま、僕は静かに答えた。
「それで、引っ越しの準備は進んでる?」
「はい、あとは荷物を運ぶだけです」
「そっか、それならひと安心ね」
先輩はほっとしたように微笑み、缶コーヒーのプルタブを開けた。
独特の香ばしい匂いが車内に広がる。
「先輩は、最近どうですか?」
「うーん、特に何もないわ。でも、なんだかんだ楽しくやってるわよ」
「それならよかったです」
信号が赤に変わり、車がゆっくりと停まる。
先輩は缶コーヒーを片手に、僕の方をじっと見た。
「…君も、1年で随分大人っぽくなったわね」
「そうですか?」
「そうよ。あの時はまだ子どもっぽかったのに」
「…お互い様ですよ」
僕がそう言うと、先輩はくすっと笑った。
「でも、まあ…今の君も悪くないわよ」
「…ありがとうございます」
青信号に変わると、車は再び静かに走り出す。
これからどこへ向かうのか、僕はまだ聞いていない。
けれど、不思議と不安はなかった。
この先に待っている時間が、きっと悪いものではないとわかっていたから。




