朝の空気
朝日が差し地面に降りた霜が溶け出す頃、自宅の前で先輩の到着を待つ
息はいまだに白く、春の訪れはまだまだ先になりそうだと思っていると、自宅の前に一台の軽自動車が止まり窓が開く
「お待たせ」
いつも学校で見る先輩とは違い、髪をくくり私服を着ている、見慣れぬ姿に一瞬動きが止まり思わず見とれてしまう。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
そう言いながら車内に乗り込み車が動き出す。
「コーヒーを買ってきたから、よかったら飲んで」
「ありがとうございます」
「……今日はなんだか固いわね?」
「…そうですか?いつも通りですよ」
実際は初デートのようで、心臓が妙にうるさい。けれどそれを悟られないよう、カップのフタを開けコーヒーを一口すする。
「苦っ……」思わず呟いた声に、先輩がくすっと笑う。
「砂糖もあるよ?でも、大人っぽくブラックに挑戦したかったのかな?」
「……別に、そういうわけじゃないです」
コーヒーの苦みと、先輩の笑みに、ますます落ち着かなくなった。
「今日はどこへ行くんですか?」
「今日は慣らしも兼ねて市内をぐるぐると回ろうかと思う、地元とはいえあまり行ったことないような観光地もあるのよ」
「確かに昔は注目されてなかった場所とか、最近SNSで話題になってることありますもんね」
「そう、そういう所って車がないとなかなか行けないじゃない、けれどわざわざ親に頼んで連れて行ってもらうのも違う気がする」
「まあ、そうですね」
「でしょ?だから今日は君がナビ役お願い」
「先にナビのセットしておかないんですか?」
「いいの、人生とドライブは道を間違えるのも楽しいものよ」
「高校卒業前の子供が何を知ってるんですか」
先輩の言葉に笑みがこみあげる。
「それで結局どこに向かうんですか」
「とりあえずこの道真っすぐ進んでみようか、君はマップを見ながら近くに何か面白そうなところ見つけて案内して」
「本当に無計画なんですね」
「そうよ、何が起こるか分からないからワクワクするでしょ?」
先輩は楽しそうに言う
「この先には何かありそう?」
「うーん、特にめぼしいものは……あっ、なんかこの先で朝市みたいな事してるみたいですよ」
「いいね、少し寄ってみよう」
「朝市って何があるんですかね?」
「どうなんだろうね、野菜とか売ってるんじゃない?」
「野菜かあ、買ってもどうしようもないですね」
「そんなことないよ、私も来月には一人暮らしなんだから料理の練習もしないとね」
「先輩は料理とかするんですか?」
「簡単なものなら、今度食べさせてあげる」
「本当ですか?じゃあ楽しみにしてますよ」
車はゆっくりと朝の街を抜け走り出した。
車内にはコーヒーのほろ苦い香りと、甘い芳香剤の香りが満ちていた。