大人になる子供
3年生が自由登校となり、3年生たちがいた階から声が聞こえなくなった。校内は静まり返り、1年の中で最も寂しさが際立つ。いつも当たり前に響いていた声が消えるだけで、こんなにも違うものかと実感する。
先輩の卒業式は来週に控えていた。
放課後、いつもの教室へ向かう。そこには、いつものように教室の隅で本を読んでいる彼女の姿があった。
「先輩こんにちは」
「こんにちは」
先輩は本に目を落としたまま、いつも通りの淡々とした口調で返事をする。
「先輩は受験は終わっているんですよね?」
「推薦だからね」
「それなのに学校にきてるんですか?」
「この時期することが無くて暇なのよ、まだ受験を控えてる子もいるし」
先輩はそう言いながら、ページをめくる。
「入学の準備とかあるんじゃないですか?」
「ほとんど終わっちゃったからね、引っ越しの準備も終わったし」
「引っ越し?」
「大学から通うには少し遠いのよ」
先輩は読んでいた本を閉じ、こちらに視線を向ける。
「へぇーじゃあ先輩も来月から一人暮らしですね、どんなところですか」
「そんなに広くはないけど、トイレと風呂は別だし、一人で住む分には不便しない所よ、防犯面もしっかりしてるしね」
「そうなんですね、でも先輩、一人暮らしだからって、大学に行かずに本を読み漁るなんてことしないでくださいね」
「当たり前でしょ、私を何だと思っているの」
先輩は溜息をつきながら言った
「それにしても、実際日中は何をしてるんですか?」
「うーん……日中は車校にいって、終わったら学校で本を読んでるわね」
「車校ですか、そういえば通い始めたって言ってましたね」
「年明けからね」
「どうですか?順調にいってますか?」
「仮免は取ったから今公道で練習してるとこ」
「そんな危険な車両が野に放たれてるんですか?」
「馬鹿にしてる?ちゃんと教官が隣で監督してくれてるから安全よ」
「それは安心しました」
「野に放たれるのは免許を取ってからよ」
「自分で言うんですか…、それでいつ免許取れるんですか?」
「今週の金曜日、そこで受かればその場で免許がもらえるわ」
卒業式、先輩の口から出たその言葉に気が沈む
「へぇーじゃあドライブ連れてってくださいよ」
「うーん、分かった、じゃあヘルメット用意してきなさい?」
「事故る前提じゃないですか…」
「冗談よ、どこに行きたいか決めておきなさい連れてってあげるから」
「その発言なんだか大人っぽいですね」
車を運転する。それは、大人の象徴のようなものだった。
今まで年齢により制限されていた事が解禁されていく。先輩は解禁され自分は制限されたまま、大人と子供、たかだか一年の差なのに先輩が遠く感じる。きっと来年には気にならない事なのに、今はそれがどうしようもなく重くのしかかる。
「ドライブ楽しみにしてなさい」
そんな自分の気持ちも知らず、先輩は微笑みながら言う。