第九話 ウォルトの魔術教室
「先日はご迷惑をおかけしました」
ティナの暴走で影響が出た各所で頭を下げること八件目。
「あぁ、災難だったな。ロアナちゃんから聞いたよ」
「あはは。すみません。ほんと」
昨日の出来事のはずだが、街で顔の広いオルロアナが事態に収拾をつけるため予め話を通したのだという。
無論、真実をそのまま話す訳にもいかず。調整が終わっていない自動舞踏術式をティナが勝手に持ち出してしまった末の事故。そう脚色することで、舞踏人形に対する信用を損なわず、ティナが非難されたり、その才能から目を付けられたりすることも防いだ。
当然、怪しむ声も上がったが、今回の事件の黒幕を無理に考えようとすると舞踏術式の需要から社交界の人間が候補に挙がり、それを憶測だけで批難できる訳もなく。
不幸な事故だった。この街では、そう結論付けられたらしい。
「謝罪なんていいから、これ持ってけ」
そう言って気前のいい店主から、果物の入った紙袋を渡される。
「これは?」
「ロアナちゃんの友人なんだろ? なら、遠慮はいらねぇ」
「え、いやでも」
謝罪をしにきたのに受け取ってしまうのは、どうなのだろうか。
そう思い遠慮を口にするも、
「事故を止めてくれただろ? 感謝の品として受け取ってくれ」
そこまで言われてしまっては、これ以上の遠慮は野暮というもので。
「ありがとうございます」
そうお礼を口にして紙袋を受け取り、店を後にした。
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「ただいま」
各所への謝罪も終わり、紙袋を抱えたまま宿の扉を開けると、
「おかえり!」
そんな声をと共に、勢いよくティナが飛び掛かってきた。
「もう帰ってたんだな」
「うん!」
先日の事件で巻き込んでしまった友達の元へ、ティナと謝りに行くとメリアは言っていたが。
「仲直りはできたか?」
「うん! 謝ったら許してもらえた!」
「そうかそうか。よかったな」
今日の朝まで不安そうにしていたティナだったが、上手く仲直りできたらしく満面の笑みを見せる。
「ウォルトさん、お疲れさまでした」
ティナの後ろからやってきたメリアがそう労いの言葉を口にした。
「あぁ、メリアもお疲れさま」
「はい。一時はどうなるかと思いましたが、丸く収まりそうでよかったです」
「オルロアナさんに感謝だな」
「はい。彼女には頭が上がらないです」
今回の功労者は間違いなくオルロアナだろう。
彼女が居なければ事件がここまで収まることもなかった。
何かお礼をするべきだろうな。と考えていると、
「ごしゅじん、ごしゅじん! それ、持ってるのなに?」
紙袋を指しながらティナが疑問を口にする。
「あぁ、果物だよ。貰ったんだ。みんなで食べようか」
「やったー!」
「じゃあ私が準備しますね」
跳んで喜ぶティナにつられ、頬を緩めたメリアが紙袋を受け取る。
こうして深刻だった先日の雰囲気から一転して、幸せな果物パーティーが急遽始まるのだった。
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「ごしゅじん、ごしゅじん!!」
綺麗に切り分けられた果物を頬張りながら、ティナが呼びかけてくる。
「なんだ?」
「あのね……」
「うん」
そう頷いて、ティナの言葉を待つ。
すると一瞬の静寂が流れ。
踏ん切りがついたのか、躊躇いがちにティナは続く言葉を口にする。
「……魔術を教えて!」
「いいぞ」
「ほんと!?」
断わられると思っていたのか、ティナが驚きに満ちた表情を浮かべている。
「本当だ」
「やった―!」
先日の暴走の影響から魔術を忌避するようになるのでは。と危惧していたが、杞憂だったようで。
才能ある者が魔術に興味を持つのは願ってもないことだ。
「あぁ。でも、いきなりだな。理由を聞いてもいいか?」
先日、魔術書は難しいと関心を無くしていたはずだ。
何か思う所があったのだろうか。
「アニーに人形さんが踊る術式? を作ってあげたい!」
「それなら出立まで時間もないし、舞踏人形を―――」
一式プレゼントしようか。そう言いかけて、口を閉じる。
危うくティナの魔術に触れる機会を奪う所だった。
「ごしゅじん?」
不思議そうに問いかけてくるティナを見ながら、どう教えるべきだろうかと思考を回転させる。
魔術の基礎すら知らない素人に、魔法陣の製作は困難を極める。
早々な挫折は拒絶を生み、擦りこまれた苦手意識は才能の邪魔をしてしまう。
かと言って一から基礎を教える時間もない。
しかし魔術が好きな身としては、どうせなら楽しんで貰いたい。
そんな葛藤を抱えながら、導き出した結論。
「一緒に作ろうか」
「うん!」
ティナの元気のいい返事が部屋に響いた後。
切り分けた果物を食べつつ静観していたメリアへ確認する。
「という訳で、あと二、三日出立を遅らせてもいいか?」
「良くはありません。ですが、お友達とお別れになるので仕方ないです」
「そういうことか」
突然、作ってあげたいと言い出した理由に納得がいった。
「そういうことなら」
こうして滞在期間は数日引き延ばされ、僅かな時間の中でティナと一緒に舞踏術式の魔法陣を創ることとなった。
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「じゃあ、始めていこっか」
「おおーー!!」
ティナのやる気は十分。
一先ずとして別件の材料調達で出掛けているメリアが帰って来るまでに、ティナの魔法陣に対する理解を深めることを目標に進めていく。
「魔法陣を描いていく前に一つ。誰でも使える魔法陣を作るのは難しい。それは理解してる?」
「そうなの?」
それほど難しいと思っていなかった。そんな顔をしている。
先日、事故とは言え、見様見真似で魔法陣を生み出したのだから、そう思うのも仕方ないのかもしれない。
「そうなんだ。誰でも使えるようにするのはとても難しいんだ」
魔術の魔法陣という分野に於いて、センスや才能ある者が挫折しやすいのがこの部分のギャップにある。基礎を固め、深く理解していないと独りよがりな魔法陣しか作れない。
「でも同じものを描くだけだよ?」
「なら描いてみる?」
「やってみる!」
そうして用意していた皮紙にペンを走らせ、横に置かれた完成版の魔法陣を見様見真似で描いていく。
「できた!!」
少しの時間を経て、ティナが完成を喜ぶ声を上げる。
「どうどう!?」
自信あり気に見せつけてきたティナの魔法陣は存外悪くなく、上手く模写できていた。
「よく描けてる」
「でしょ!」
「じゃあ、動くかやってみようか」
簡易的に作った土人形をティナの描いた魔法陣の上に置き、術式の起動を待つ。
踊り出すのを今か今かと待つティナが、魔法陣にマナを流し込む。
術式が作動した手応えがあったのか、食い気味に成果の程を見ていたが、
「動かない……」
「動かないな」
期待していた成果は得られず、項垂れるティナ。
魔法陣は確かに作動しているのだろう。
僅かにマナの流れが視える。
「なんで動かないの?」
魔法陣を見比べながら、ティナがそんな疑問を口にする。
「術式を間違えているんだ」
「間違えてる?」
確かに外見は殆ど同じで、とても上手く模写できている。
だが模写するだけで魔法陣が量産できるなら、魔術技師など要らないだろう。
「簡単な話だよ。描き方が違う」
「どう違うの?」
「複数の術式を重ね合わせて書いてるんだよ」
「えー」
他に何か凄いものでも期待していたのだろうか。
落胆するような声が聞こえる。
「凄い魔術は地味な技術の積み重ねだからね」
「そうなんだ……」
多少心苦しいが、現実とは得てしてそんなものである。
「でも、その試行錯誤が一番楽しい部分でもある。それじゃあ、やっていこうか」
「……うん!!」
そうして多少の実験も交えつつ、魔法陣の解説をしているといつの間にか陽は落ちていった。