第八話 才能の暴走
「―――起きてください。ウォルトさん、起きてください」
「んん――」
誰かの声が聞こえる。
意識は微睡み、覚醒には至らない中。
「起きないんでしたら、私にも考えがあります」
誰かが何かを言っている。そんな程度の認識で浮上しかかった意識は再び深みへと落ちて―――、
「うわぁぁぁぁ!!」
首筋に当てられた濃密な死の気配。
一瞬にして氷漬けにされた。そんな錯覚と共に机から飛び起きる。
「おはようございます」
「え、あ、うん。おはよう。一瞬、向こう側が視えた気がしたんだけど……」
魔剣を鞘に納めるメリアを見て、首筋に魔剣を当てられたのだと理解する。
「起きなかったので」
「もう少し、起こし方を改善してくれると嬉しいな」
あまりにも心臓に悪すぎる。
死を感じる寝覚めなど最悪以外何ものでもない。
そんな要望をメリアへ述べるが、いつも以上にメリアの雰囲気は険しく。
「すみません。ですが、緊急事態です」
「なんだ? もしかして追い付かれたのか」
魔術王国の執行部隊・狩人。
それがこの街に来てしまったのだとすれば、すぐにでも出立しなければならない。
そう身構えるていると、
「いえ、そうではないです」
「違うのか。なら、なんなんだ?」
それ以外に緊急の出来事など、考えづらいが。
「街で人々が踊り続ける現象が起きています」
「ん……?」
何を言っているんだろう。
最初にそんな感想を抱いた。
「お祭りか何かじゃないのか?」
「いえ、それが違うみたいです。被害者の方は勝手に身体が動いてしまうと」
「なにそれ、こわ」
何かの病気なのだろうか。
仮に魔術が絡んでいたとして誰が、何のために?
何一つ意図が見えてこない。
「それで問題なのは分かったが、緊急というのは?」
大変なことになっているらしいというだけで、自分たちとの関係性はない。
「その踊りが問題なんです。舞踏人形と非常によく似ていて、術式の暴走なんじゃないかとクレームが」
「え? なんで?」
「分かりません」
舞踏人形の術式は完璧に調整を施してある。
仮に術式が暴走したとしても人間には何一つ影響は無いはずだ。
なら悪用された? だがそんな簡単に解明できる代物ではない。
「責任の所在を明らかにするため、早急に事件を解決するべきなので緊急事態なんです」
「なるほど。確かにそれは緊急事態だ」
悪用されたにしろ、考慮外の暴走にしろ、関係があるなら製作者の責任を果たすべきなのだろう。
「分かった。じゃあすぐに準備しよう」
「お願いします。ところでティナちゃんは何処にいるんですか?」
「へ? ティナならそこに……」
そうして普段、よくティナが遊んでいる場所へ目を向ける。が、
「居ない……」
「どういうことか説明して頂けますか?」
メリアの纏う雰囲気が一瞬にして鋭くなった。
鞘に納められた魔剣が今か今かと、氷漬けにする瞬間を待っている。そんな気がする程に。
「すみませんでした!!」
言い訳はなく。
清々しいほど潔く。
頭を下げ、許しを請う。
「今はいいです。急いで支度してください。ティナちゃんを探しにいきます」
「はい!!」
赦しはティナが見つかってから。
眠ってしまうまでティナは確かにこの部屋に居た。その記憶から恐らく事件性はないと判断できるが、街の異変もある。メリアとの情報共有を終えた後、すぐに街へと駆けだしていくのだった。
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「ありがとう。助かったよ」
宿を出てすぐの所で踊っていた若者の身体に触れ、術式を解除したことで感謝の言葉を受け取る。
「しばらくは動けないから安静にな」
「あぁ。言われなくても筋肉痛で動けそうにない」
「そうか」
そうして若者を置いて歩きながらメリアに術式の見解を話す。
「……これは魔術だな」
「そうですか。原因は分かりますか?」
「いや。ただ一つ分かるのは舞踏人形が原因ではないということかな」
「その理由を聞いてもいいですか?」
「術式の大元。つまり中心な訳だ。それがこの術式には存在している。
だが舞踏人形には、これの大元となる程の術式強度が無いんだ」
あくまで娯楽としての品物に過ぎず、大きな事件を起こすには力不足である。というのが結論だ。
「なるほど。分かりました。では、中心を叩けば事件は解決ということですね」
「少々、雑ではあるが合っている」
幾つかの疑問は残るものの、舞踏人形が直接的な原因ではないというのは大きな成果と言える。
仮に悪意を持った第三者が相手だとしてもメリアがいれば解決は容易だろう。
「では私はオルロアナさんの所へ行ってきます。もしかしたら、ティナちゃんと入れ違いになっているかもしれないので。事件の解決はお願いしますね」
「えっ」
「なんですか」
突然の武闘派の離脱に大きなショックを受ける。が、二手に分かれる方が効率がいいのも事実。
「いや、なんでもない」
「それでは」
そう言って駆けていったメリアを見送り、一人術式の解除に勤しみつつ事件解決へ向けて動いていくのだった。
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「さて、これで大体分かったな」
九人目の術式を解除し終わり、術式の大まかな出所に目星は付いた。
「それにしても術式は似ているのに所々が雑なのは一体?」
大雑把過ぎるがあまり精密な術式が事故を起こしている。
本来、もっと綺麗な術式であれば三人も解除すれば正確な位置も判っていたのだが。
そんなことを犯人に求めても仕方ないというのは分かっているが、どうにもチグハグな感じがしてすっきりしない。
「そもそも意図はなんだ……?」
事件を起こした理由は何なのか。
そこがはっきりしない。もし事故だとしても、これほど大掛かりな術式を組むなら、もっと慎重に事を進めなければならないだろうに。
考えが纏まらず結論が出ないまま目星を付けた広場へと向かうと。
そこには倒れている茶髪の少女と、地面に刻まれた大きな魔法陣の中心で泣いているティナの姿があった。
「どうして……! 止まって……止まってよ……!!」
暴走する魔法陣。
それを無理やりマナの圧力で抑えつけているが、逆に術式が強固になり続けている。
「だれか……だれか……」
助けを求めるティナの声。
しかし無差別的に発動し続ける魔法陣に、ティナを基点とした可視化されるほど濃密なマナの暴流が広場を覆い、誰も近づくことはできない。そんな状況だった。
「来るな。近づけないぞ!」
居合わせた魔術士だろうか。傍観することしかできない彼は、こちらへ忠告してくる。
「大丈夫です。ここは俺が受け持ちます。貴方は他の被害者の救助に」
「本当か? お前に何ができる?」
その問いかけは優しさなのか、心配なのか、はたまた侮蔑によるものだったのか。
「少なくとも傍観以外のことができます。ですので周りの避難をお願いします」
「チッ。わかった」
そう言って魔術士の男は周りの救助や避難誘導に動き始め、邪魔者がこの場から消えていく。
そうして周りから人が殆ど居なくなったことで、ようやく一歩ずつ踏み出しティナの元へと近付き始める。
傍観以外のことができる。そう口にしておきながら、もっとこの魔術を、暴走の行く末を見ていたかった。そんな気持ちを胸に押しとどめ、荒れ狂うマナの暴流に曝されながら進み続けていく。
「だれかっ……」
そう零しながら、今も必死に術式の暴走を押しとどめる少女の元へ辿り着く。
するとティナがこちらに気づき、顔を上げた。
「ごしゅじん……!?」
「あぁ。俺だ」
「うぅっ……ごじゅじん……!!」
堪えていた涙を零し始めるティナ。
「悪かったな。遅くなって」
「ううん。ごべんなざい゛」
何に対する謝罪なのか。思い当たることが多すぎて分からないが。
今はゆっくりしている場合でもない。
膝を地に突き、視線を合わせてティナに問う。
「正直に答えてくれ。これはティナがやったのか?」
「……うん」
なんという才能だろうか。
魔術に祝福されていると言っても過言ではない。
「じゃあもう一つ質問。やった理由は?」
「アニーを喜ばせたくて……」
「そっか。悪気があった訳じゃないんだな?」
「うん」
ティナの答えで全ての疑問は解けた。
結果として、不幸な事故だったという訳である。
才能ある者がこんな事故で、魔術嫌いになるのは魔術史における大きな損失だ。
「どうしよぅ……うっ……」
「みんなを困らせた訳じゃないんだもんな」
「うん……」
「なら、俺に任せとけ」
ティナの頭を撫で、落ち着かせながら立ち上がる。
問題の術式はティナの抑え込みで強力になり、その過程でより複雑化している。術式を解くのに熟練の魔術師三人で二時間は掛かるかと言ったところだが。泣いているティナの為である。そんなに時間は掛けられない。
覚悟を決め、この十年間一度も使うことのなかった魔術を解禁する。
魔法陣の構造は把握できている。
術式の原理も理解できている。
ならば阻むものは他になし。
「――■■■■」
詠唱により術式が起動する。
暴走していた術式に作用し、魔法陣の主導権がティナからこちらに移ったのを確認する。
外からの干渉が難しかった分、内から干渉すると早いもので。
絡み合った術式の正常化を行い、一つずつ異常を取り除くと、暴走は次第に鎮静していく。
そうして全てが治まるころには、可視化されるほどの濃密なマナの暴流は薄まり、地面に刻まれた魔法陣も綺麗に消え去っていった。
「終わったな」
「う、うわぁぁん。ごじゅじん!! ありがとお゛!!」
「わかった。わかったから、涙と鼻水を服に付けるのはやめてくれ」
抱き着いて来るティナを服から引きはがすのに苦労しつつ、遅れてやってきたメリアとオルロアナに事件の経緯を説明。両者の理解を得たことで今後の対応を話し合っていくことになるのだった。
そうして事件は一応の解決を迎え、関係各所に謝りにいくことになったのはまた後日のお話。