第六話 差し込む光明
少し豪華な食事を終えた次の日の昼。
メリアがティナの身支度を整えながら、今日の予定を唐突に口にした。
「ウォルトさん。準備してください。お出掛けします」
「お出掛けって、どこに?」
「オルロアナさん……、人形を販売させて頂いているお店です」
思えば宿に籠り切りで面識はなく、まともに挨拶すらしていなかった。
「分かった。でも、唐突だな。何かあるのか?」
「はい。是非、ウォルトさんとお話がしたいと言っていましたので」
「そっか」
お話。何を話すつもりなのだろうか。
皆目見当もつかないが、お世話になっているのも事実。挨拶ぐらいはしておいて損はない。
メリアとティナの身支度が整うのに合わせるように、急いで支度を終わらせ二人の横に並び立つ。
「よし、行くか」
「はい」
「いこー!」
妙にテンションの高いティナとメリアの三人で宿を出発し、件の店へと向かった。
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「着きました」
「ここか」
大通りから外れた小路に構える小さなお店。
大通りと比べて人通りは少ないものの、人が全くいないという訳でもない。
細々とやっている。そんな印象を抱くお店だ。
「聞いていた通りの立地だな」
「はい。ですが申し分ないと思いますよ。少なくとも私たちのお店よりは」
「違いない」
街中にあるというだけで、あんな山奥の店とは比べ物にならないほど好立地なのは確かだ。
「でも街中だと実験に苦労する」
「普通はそこまで大掛かりな実験はしません。早く入りますよ」
そう言ってメリアは扉を開けて店の中へと入っていく。
あとに続いて中へと足を踏み入れると、
「いらっしゃいませ~」
店内に朗らかな声が響き渡る。
「あ、メリアさんじゃないっすか」
そう言って奥のカウンターに座っていた少女がこちらにやってくる。
「ティナちゃん、おっは~」
「おっはー!」
いつの間にか仲良くなっていたのかティナは嬉しそうに挨拶を返した。
「おっはー?」
聞きなれない挨拶に、いつの間にか仲良くなっているティナ。
視界の端で踊っている人形に、壁に立て掛けている何を表しているのか分からない絵画など。
店内の商品に統一感はなく、雑多な内装と情報量の多さに思考が一時停止する。
「お世話になっております。オルロアナさん」
「相変わらず堅いっすね~。ロアナでいいっすよ。呼びにくいと思うんで」
「そうでしたね。ではロアナさん、こちらが言っていたウォルトさんです」
「はえ~。こっちが言ってたウォルトさんすか」
そう言って興味深そうにこちらへと、橙色の髪を揺らした少女が近づいて来る。
「オルロアナ・メイエールです。よろしくっす」
「あぁ、よろしく」
既にメリアから聞いているようであるため自己紹介を省いて挨拶を交わすと、オルロアナは何かを見定めるような視線を飛ばして来た。
「ふむふむ。この人があれを作ってる人っすか」
あれというのは恐らく人形のことだろうが、こうもまじまじと見られると落ち着かない。
「いやー、思ってたよりも話の分かる人そうで安心したっす」
「どういう意味なんだ……」
素直に喜ぶべきなのか、疑問が残る言葉にそんな感想を述べると、
「気難しい人だったら、どうしようって話っすよ。深い意味はないっす」
「そっか」
「そうっす。舞踏人形の売れ行きは好調っすから感謝してるんすよ。本当に。
そうだ、渡すものあったんで取ってくるっす」
そう言ってオルロアナは部屋の奥へ戻り、小さな革袋を持って帰ってきた。
「それは?」
「今回の売り上げっす」
そう言って渡された革袋は意外と重く、
「こんなにいいのか……?」
「何言ってるんすか。正当な報酬っすよ。
それにメリアさんと交渉してるんで、これ以上減らすと怒られるっす」
そう答えるオルロアナの後ろで微笑むメリアの姿が映る。
「そうか。なら遠慮なく。それにしても幾ら入ってるんだ?」
「金貨十枚に銀貨五枚っす」
「そんなに!? すごいな」
それだけあれば二カ月近くはお金に困ることもない。
メリアの計画に疑いはなかったが。あの三日間の努力が報われたのだと実感すると、嬉しいものである。
「それにしてもよくこんなに稼げたな」
「ウォルトさんの作ったものですので当然でしょう」
メリアが自信をもってそう答える。
素直に褒められると、こそばゆいものがあるがそう単純な話でもない。
もちろん全力で製作し、商品に自信もある。だが良い商品は必ず売れるという訳でもないのが現実だ。
それは前の店で痛い程、理解している。
「売るの大変だったんじゃないか?」
認知して貰えなければ商売は成り立たない。
大通りに面していないこの店では、かなり苦労しそうだが。
「あぁ、そこっすか? 確かに最初は大変だなって思ってたんすけど、ティナちゃんが手伝ってくれたんで楽だったっすよ。ねぇ~」
「ねー!」
オルロアナの言葉に反応を示すティナ。
息ぴったりに満足そうな笑顔を浮かべる少女たちの光景はなんとも微笑ましい。
「へぇ、そうだったのか。ティナはどんなことをしたんだ?」
「しらない!」
「知らないのかよ」
さっきの「ねー!」はなんだったのか。
そんなことを思っているとメリアが口を開く。
「仕方ないです。ティナちゃんは遊んでいただけなので」
「手伝ったって話は?」
「はい。その遊んでいたのが手伝いになったので」
「そうなのか……?」
遊びがどう手伝いに繋がるのか。
未だ疑問が解消されずにいると、さらに詳しくメリアは説明していく。
「ティナちゃんが人形を外に持ち出し、他の子たちと遊んでくれたことで、それが宣伝として機能しました。子供の噂は早いですし、子供が購買能力を持たずとも、子の意見に弱いのが親ですから」
「なるほど」
生活必需品でもない商品を売ると言っていた彼女は、最初からここまで想定していたのだろうか。
取り扱う店との交渉に、販売するにあたっての手腕。
「凄いな……」
それは素直に零れ出た賞賛の言葉だった。
今まで頼りにしてきたが、ここまでできるとは。
「いえ。それほどでも」
謙遜の言葉とは裏腹に、少し頬が緩んでいる辺り。
メリアも今回の成功は嬉しいのだろうと思う。
そうして話が一段落した辺りで、オルロアナが口を開く。
「ところでなんすけど、話が二つあるっす」
「二つですか?」
「はい。二つっす。一つは既にメリアさんにも話している通り、売れ行き好調な舞踏人形のように既存の人形を踊れるようにカスタムしてくれないかという話が来てるっす」
いずれはそんな要望も出るだろうと思っていたが、想像以上に早かった。
「それでもう一つは?」
「貴族向けに、既存の舞踏人形の上位互換となる商品を作って欲しいっす」
「理由は?」
目を輝かせるように提案を続けるオルロアナへと問いかける。
「品質が良く、希少性の高い品物であれば貴族に高く売れること間違いなしだからっすよ」
「なら悪いが、断らせてもらおうかな」
「えぇぇ! どうしてっすか」
まさか断わられると思っていなかったのか、オルロアナは狼狽えるような様子を見せる。
「魔術に触れる機会は平等でなくてはならないからな。貴族のような一部の力あるものだけが、良い魔術を独占することは駄目だと思ってるんだ」
オルロアナが提案したことは確かに金銭面で魅力的であるのだろう。だが良質な魔術に触れる機会を一部に絞ってしまえば、魔術の衰退に繋がる。そして少ない魔術師の中から革新的な魔術は産まれない。
「なら仕方ないっす」
「潔いな」
もう少し食い下がってくるかと思っていただけに、少し驚きだ。
「お互い不快な思いをするのは嫌っすからね。それに手を切られる方が痛手っすから」
「そっか。なら俺も譲歩するべきだな。二つ目の話は受けられないが、一つ目の話なら受けようと思う」
「ほんとっすか! ならよかったっす」
オルロアナは思わぬ儲けに喜びながら、安堵したような様子を見せる。
そんな中、横で聞いていたメリアが一つ提案をする。
「貴族向けの舞踏人形の話ですが、術式の性能はそのままに人形の装飾などで特別感を出してあげるのはどうでしょうか。それならウォルトさんの反対した理由もなくなるのでは?」
「それっす!」
「なるほどな」
視野が狭くなっていた所にメリアの意見で光明が見えた気がした。
「確かに、それなら俺も文句はない」
「じゃあ、その方向性で売っていくっす! 楽しくなってきたっすよ~!」
「おおー!」
最後に何故かテンションの高いティナの元気な声が締めとなり、話合いは終わりを迎えた。