第四十三話 対等
白き尾を風に靡かせ、少女は愉快そうに笑みを浮かべていた。
「――余興。そう呼ぶには些か物足りぬが……悪くはなかったぞ」
傲岸な態度で彼女は、そう感想を口にした。
「余興か………。悪趣味が過ぎるんじゃないか?」
現実と区別がつかない中で経験する全滅ほど嫌なものはない。
二度と御免だと、抗議の声を上げるが少女は不思議そうな面持ちでこちらを見つめた。
「異なことを言う。挑んできたのは其方であろうに」
最後の制御門を奪取する為、欺こうとしていたことを少女は指摘する。
お狐様からしてみれば、仕掛けられた側である、と。
「その通りだが、看破できなければ永遠に繰り返すつもりだっただろ」
「永久とはまた、人の子らしい発想よ。
泡沫の如き刹那に過ぎぬからこそ、余興であろう?」
そう言いながら目を細める少女。
刹那などと口にしているが、獣神の感覚などあてにできるはずもなく。
幻覚から抜け出せなかったことを考えると恐ろしい。
「コハクは無事なのか?」
制御門に接続が発端であるなら、彼女もまた幻覚の只中に囚われていてもおかしくない。
そう思い、問いかける。
「無事か否かは――あの娘次第。其方がそうであったようにな」
淡々とした返答だった。
脅しではなく。ただ、等しく与えた条件だと伝えているだけの声音。
「……なら、大丈夫だな。よかった」
自分よりも幻術に精通している彼女であれば、大きな問題にならない。
そう判断して、安堵の息を漏らす。
「――随分と信を置いておるように見えるな」
懐疑と探るような視線を向け、少女は口を開いた
「あの娘の何処にその信頼に足りるものがあった?」
「苦楽を共にした。それだけで、十分だろ?」
「一週間程度の短き旅路でか? 未熟で非力な娘であったろう」
全て見ていたかのように、少女は口にする。
「我が眷属との戦も、大森林での争いも、全て他者に頼っているだけではなかったか?
適材適所と言えば聞こえは良いが、己が刃を振るうことはなく、代わりに知略を巡らせるでもない」
怒気も呆れもない。ただ事実を陳列するように淡々と告げる。
それはまるで審問にも似ていた。
「――再度、問おう。何処に、あの娘を信ずるに足るものがあった?」
彼女の言葉に、思わず視線を落とす。
だが、すぐに顔を上げてまっすぐに彼女を見た。
「確かに、コハクはまだ未熟だ。だが、それが信頼できない理由にはならない」
「それは妄信か? それとも――」
「どちらでもないな」
短く、しかし迷いなく答える。
「では、何であるという?」
不可解とでも言いたげに、少女が目を細める。
「――お狐様。人をあまり見縊るなよ。
俺はコハクの可能性を信じている」
一週間という短い時間ではあるが、彼女の悩みも術式も、間近で見てきたつもりだ。
だからこそ断言できる。コハクは未熟であっても、非力なままでは終わらないと。
この都市で、誰よりも責任を負い、常に己の弱さと向き合い続けてきたのだ。
この程度の幻覚、破れない訳がない。
「見縊るな……ふふっ。大きく出たな、人の子よ」
少女の口元が、僅かに歪む。だが、その瞳はどこか遠くを見ていた。
「明確な根拠無き確信は、慢心に過ぎぬ。
信ずるという言葉の裏には、往々にして期待が潜む。
そして、期待は時に――重荷となる」
「生憎、俺は同情で信じている訳じゃない。
コハクの努力と才を見て、信じると決めたんだ」
「生まれながらに欠落した者の才を信じると?」
少女の声音は静かだったが、冷ややかというわけではなかった。
その目の奥に、過去を知る者の深さがある。
「欠落もまた、立派な才能だ。視覚を閉ざした者の聴力が鋭敏になるように。
声を失った者が無詠唱の型を打ち立てたように。足りぬまま、なお足掻くことを辞めない――その諦めの悪さを俺は信じている」
「甘いのう。其方は」
少女の瞳が細くなる。
「其方が語るような可能性を、我もかつて信じた。才ある者、努力を惜しまぬ者たちを幾人も見てきた。しかし、凡ゆる才を以てしても到達できない地点は確実に存在する」
その声には怒りも憐れみもなかった。
ただそれは、長い時を生きた彼女だからこそ得た真実だった。
「無謀にも届かぬ境地に手を伸ばす者に、期待という名の重圧を背負わせる。
そして届かなければ、裏切られたと嘆く――それが現実であろう?」
淡々と紡がれたその言葉には、重みがあった。
誰かを責めているのではない。多くの失敗を見届けた者の言葉だった。
だが、
「それでも俺は信じるさ」
静かに、だが確かに、言葉を返す。
期待は重荷に成り得る。
しかし、彼女の努力と才を知りながら、信じないことの方がきっと侮辱に近い。
一人の術者として、彼女とは既に対等なのだから。
「……それが其方の答えか」
少女の声にこくりと頷く。
その瞬間、風がそっと吹いた。何もないはずの空間で。
見ると、少女の瞳がわずかに揺れていた。
「……似ておるな。その在り方は」
ぽつりと呟くような声。
「似ているって……?」
問い返した、そのときだった。
突如、眩い光が視界を覆い尽くす。
「……っ!?」
唐突な変化に、思わず目を細める。
空間が軋み、世界がうねるように揺らぐ中――
「刻限か」
少女の声が、凛と響いた。
「良い余興であった。懐かしき気配を感じられたこと、嬉しく思う。
導きの代理者よ。覚悟せよ。いずれ星は其方にも視線を向けるだろう」
その言葉を最後に、幻想は崩れ落ちるように、静かに幕を下ろした。




