第四十話 気掛かり
コハクの話が終わり、一段落したのを見計らって、ビャクヤに問いかける。
「気になってたことがあるんだが、聞いてもいいか?」
「余に答えられることであれば」
その応えに頷きつつ、大森林での一戦を思い返しながら疑問を口にする。
「ミズチを討ち取った、最後の剣技。あれは………なんだったんだ?」
あの時、確かにビャクヤは口にした。「幻式」と。
事前に打ち合わせていたのは、攻勢の「古式」と守勢の「新式」だけだったはずだ。
では最後に見せた「幻式」とはなんなのか。
「そのことか。………幻式は、一族の一子相伝の技、と言えば伝わるだろうか?」
「意味はわかる。でも、事前に共有しなかったのには理由があるんだよな?」
あれほどの技を、なぜ最初から使わなかったのか。
あれがあれば、戦局はもっと早く傾いていたかもしれないと。そう思わずにはいられない。
「無論。理由は話そう」
そう前置いて、ビャクヤは目を伏せる。そして、静かに語り出した。
「事前に共有しなかった、理由は二つ。
一つ。最初は使うつもりがなかった。
二つ。話せば主らが無茶をしただろう?」
「………十分、無茶な戦いだったと思うんだが?」
「ははっ、全くだな。面目ない」
軽く笑ってはいるが、どこか痛々しさも感じる。
そんなビャクヤの真意が見えず、問いを重ねる。
「つまりだ。どういうことなんだ?」
遠回しな言い方を避けるように問い詰めると、ビャクヤは淡々と告げた。
「つまり。幻式は代償を伴う技である」
その言葉に、自然と視線が彼の身体へと向かう。
包帯に覆われた腕と胴。
思い出すのは倒れる直前、彼の全身に滲んでいた血の華。
「そういうことか………」
納得と同時に、胸の奥がざらつく。
彼なりの配慮だったのだろうか。
ビャクヤを助ける為のミズチ討伐だったはずが、代償を背負わせてしまっていた。
その事実に僅かな悔いが生まれる。
「深刻に思わずともよい。代償を背負うと決めたのは余である。
その上、命を失わなかっただけ幸運であった」
強がりではない。心の底から出た言葉なのだろう。
彼の表情は実に晴れやかなものだった。
「他に訊きたいことはあるか?」
ビャクヤの問いかけに、後ろで話を聞いていたメリアが一歩前に出た。
「もし差し支えなければ、私からも一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
その言葉にビャクヤは静かに頷き、続きを促す。
「ありがとうございます。個人的な興味なのですが、孤影流があれほどの初速を出せる理由を詳しくお聞きしても構いませんか?」
いつになく真剣な面持ちのメリア。その眼差しに、ビャクヤも武人として誠実に応じる。
「主が何と比較しているかは分からぬ。が、孤影流は打ち合い、力で勝負する流派に非ず。
速度と技術を極め、誰よりも早く斬り捨てるための流派だ」
故に速いことは当たり前である。
そう告げるビャクヤに、メリアはさらに一歩踏み込んで問いかける。
「理解しています。私が知りたいのは、なぜ“あれほどの”速度が出せるのかということです。失礼は承知の上ですが、戦闘に不向きとされる種族であるにもかかわらず、あそこまで戦えていた理由を教えていただけませんか」
――かつてコハクが語っていた。狐族は本来、戦いに適さぬ種族であると。
制御門の存在、幻影都市の成り立ち、そのすべてがその事実を裏づけていた。
ようやく問いの真意を察したのか、ビャクヤはメリアを見据えたまま、確認するように尋ねた。
「一応、訊くが……主の流派は?」
「……ドラヴハイト流です」
「北方の剣術か」
聞き慣れない流派の名にも、ビャクヤはすぐに理解を示す。
会話の主導権は、そのまま彼の手に渡った。
「師事していたことは?」
「……あります」
「転魔を教わったことは?」
「……いえ」
「成程」
そこまで聞いたところで、ビャクヤはひとつ頷く。何かに合点がいったようだった。
「主の師は未熟であったか?」
「……いえ」
わずかに沈黙が生まれた後、ビャクヤは質問の形を変える。
「では、余と主の師の技量を比べたならば?」
「失礼なことは承知していますが……僅差で、師匠のほうが上だと思います」
「そうか。であれば、それは意図しての教えであろう」
ビャクヤは納得したように、静かに呟いた。
「恐らく、主の師が意図的に教えなかった技術がある」
「……意図的に、ですか」
「主とその師との関係までは知らぬ。故にこれはあくまで推測に過ぎぬがな」
「……その、意図の見当はつきますか?」
メリアが、どこか陰りを含んだ声で問う。ビャクヤはそれに静かに答える。
「普通に考えれば、地力を高めさせるためであろう。
魔剣を振るう者にとって、それがどれほど有効かは分からぬがな」
「……」
短い沈黙のあと、メリアは決意を込めた声で口を開いた。
「その技術について、詳しく教えていただけませんか」
「構わぬが、主の師が意図しないものやもしれぬぞ?」
「問題ありません。もう、お会いすることはほとんどないでしょうから」
「ならば、教えるのもやぶさかではないか」
そう言って、ビャクヤは丁寧に語り始めた。
「武術や剣術を修めるにあたり、ほとんどすべてに共通して存在する技術がある。それが“転魔”だ」
「転魔……ですか」
「魔を転じて、力と成す技術のことだ」
「それって、魔術とはどう違うんだ……?」
疑問を抱き、思わず問いを挟む。
「転魔は内に在る力に作用し、魔術はマナを外へ放ち、現象として操るもの。
端的に言うならば転魔は、身体能力を飛躍的に高めるための技術とされている」
「身体能力の向上なら、魔術でもできるんじゃ——いてっ」
言い終わる前に、背後から腰をコハクが軽く小突いてきた。
「話の腰を折るでない、馬鹿者」
「悪い。でも、気になるからさ……」
「なら妾が別室で答えてやろう」
そう言うや否や、コハクは迷いのない手つきで手を取った。
戸惑う間もなく、そのまま強引に引いていく。
「ちょ、待っ――」
「ティナも来るかの?」
「いく!!」
遮るように言葉を挟み、誘われたティナが勢いよく駆け寄ってくる。
こうして半ば強制と言った形で、三人は別室へと向かうのだった。
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別室にて。
再び机を挟む形で、コハクが腰を落ち着けた。
「して―――どれから話すべきじゃろうな」
「転魔と魔術の類似性と、代替可能分野についてじゃないのか?」
先程、「別室で答える」と強引に連れ出したのはそれが理由だったはずだ。
「はぁ。お主気づいておらんのか?」
「気付くって、何にだ?」
「まぁ、よい。これは追々話すとしよう。今はお主の知的好奇心に付き合うとするかの」
若干の呆れを含む物言いに疑問は残るが。
先に知的好奇心を満たしてくれるというのなら、言葉に甘えるとしよう。
「さっきの続きだが、身体能力の向上は魔術でも代用可能じゃないか?
転魔の優位性は何処にある?」
「代用自体は可能じゃ。
じゃが、こと優位性に於いては、練度に応じて現れる向上幅の差にあるといえる」
魔術が広く普及しているにも関わらず、廃れることのなかった技術―――転魔。
コハクの口ぶりから察するに、単なる代用では及ばない利点があるのだろう。
それこそ―――
「………燃費が良かったり、するのか」
「察しが良いの。燃費は遥かに優れておる。
でなければ、戦場で生き残れぬからの」
「自己の内側で完結する運用だからこそ、か」
魔術は総じて、一度外に放出するプロセスが挟まる。
対し、転魔にはそれがない。故にこその燃費の良さがあるのだろう。
そう考えたとき、一つ引っかかることがあった。
「それなら、幻式はどうなんだ?
あれは内側で完結したというのには無理があるだろ」
ビャクヤが駆ける直前、突如現れた一面の紅い華を思い出す。
あの現象は確かに外部への干渉―――幻影であったように思う。
「一子相伝の技、故に妾も詳しくは知らぬ。
じゃが兄様曰く、同時使用とのことじゃ」
同時使用。それが意味する所は、魔術と転魔の合わせ技ということだろう。
「そんなことが可能なのか………」
「その代価があれじゃがな」
瀕死の傷を負い、倒れたビャクヤの姿が脳裏を過る。
「代価が、重すぎる」
「全くじゃな。だが転魔を極めし者が、種族の限界を超えようとしたのじゃ。
その代償も、ある意味当然というべきかの。妾としては許せんが」
珍しくコハクが本心を吐露する。
危うく最後の肉親を失いかけたのだ。
そんな想いをひとしきり飲みこんだのか、コハクは切り替えるように口を開く。
「―――さて。では、そろそろ本題に入るとしようかの」
「転魔について、ではなかったのか?」
「当然であろう? お主ら、メリアについて何も思わなんだのか」
驚き混じりの、呆れ顔。コハクはじっとこちらを見つめて口にした。
「少し様子が変だったことか?」
「………様子が、へん?」
疑問符を浮かべ、首を傾げるティナ。
それに対し、コハクは深々とため息を吐き、頭を抱えるように静かに呟く。
「気付いておるなら、お主が最初に気にかけてやるべきじゃろう………」
「愚痴程度なら聞けるだろうが、今回のはそうじゃない」
何を思い、何に焦って、何に怯えているのか。
どれほど推し量ってみたところで、それはメリア自身にしか分からない。
彼女が語ってくれるまで、せめていつも通り振る舞うことぐらいしかできないのだ。
「はぁ………。気づいておるのなら、それでよい。
じゃが、取り返しが付かなくなる前に手は打つべきじゃと思うぞ?」
「打てる手なんて、そうないだろ………」
一方的に忠告を受けたところで、何をどうすればいいのかなんて分かる訳もなく。
「ティナは、どうすればいいと思う?」
微かな希望を込めて、膝に座る少女へと投げかける。
「わかんない!」
屈託のない笑みで、ティナは元気よくそう答えた。
「だよなぁ………」
結局、解決の糸口は見えないまま。
天真爛漫なティナの笑顔に少しだけ救われながら、再び難題に身を投じるのだった。




