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第三十八話 一悶着

「―――という話なんだ」


 ティナの重みを膝に感じながら、隣に座ったメリアに一通りの説明を終えた。

 部屋に静けさが落ちる。

 真っすぐな視線を受け止め、彼女の言葉を待つ。


「理解はできました。確かに消去法で適任者が私になるのも頷けます」

「なら―――」


 生れた期待。それを引き裂く様に、メリアは静かに決然と言い放った。


「断らせて頂きます」


 予想外の返答に、思考が一瞬で凍り付いた。

 断わられると思っていなかった。それだけに言葉の意味が呑み込めない。


「理由を聞いてもよいかの?」


 無闇に攻め立てることはせず、コハクが慎重に問いかける。


「個人的な理由もありますが、何よりウォルトさんの身の安全を保障できないからです」

「俺の身の安全?」

「確かにティナちゃんの安全を確保するために先手を打つのは大事だと思います。

 ただ先ほどの説明の中で、重要なことが抜けていますよね?」


 そう言ってメリアは冷たい視線をダイナへと向ける。


「狩人とは本来、大罪人や正規の手続きでは処理することのできない事案を片付ける為の役割のはずです」

「何が言いたいの?」

「ダイナさんには感謝しています。ですが指名手配が解除されていない以上。極刑を言い渡されているウォルトさんを追って、いずれは別の狩人或いはダイナさん本人が処刑しにくるということですよね」


 今回、対立しなかったのはあくまで、魔術書の回収という任務であったから。

 そう冷静に状況を分析し、整理しながら並べ立てるメリア。

 それに対し、ダイナは余裕を崩さずメリアの言葉に反応する。


「認識自体に間違いはないわ。別の狩人が師匠を処刑しにくるのは事実だから。

 ただ一つ勘違いしないで欲しいのは、あたしは師匠と敵対するつもりなんてさらさらないってこと」

「それは魔術王国から命令が下されたとしてもですか?」

「当然でしょ?」


 ダイナは僅かに目を細めて、言葉を続けた。


「狩人になったのは師匠を見つけるため。

 ―――それだけの理由でここまで来たんだから」


 一切の躊躇いも見せることなく、ダイナはそう言い切った。

 そんな彼女の様子からメリアも鉾を収めるように見えた。が、こちらに視線を向けるとメリアは不服そうな表情で口を開いた。


「ずいぶんと慕われているようですね?」

「身に覚えがないとだけ言っておきたい」

「はぁ…………今は、そういうことにしておきます」


 後々、誤解を解くのに苦労しそうな予感に苦い顔をしながらも続くメリアの言葉に耳を傾ける。


「先ほどの言葉の真意がどちらにせよ、ウォルトさんの処刑に狩人が動くのは紛れもない事実です」

「………」

「そんな中、モイドヴェイン騎士公国に赴いて交渉はリスクが高すぎると思います」

「ならあの術者のことは諦める? 二つの追手から逃げるなんて不可能だと思うけど」


 横のダイナから冷たい意見が飛ぶ。

 どちらも無視できない問題であるだけに、明確な正解と呼べるものを導き出せそうにない。


「魔術王国の指名手配自体、ウォルトさんが亡くなるまで解かれることはないでしょう。なら追手が狩人でもあの術者でも同じです。当初の予定通り、西端へ向かいます」

「西端となると、果ての山脈を越えるつもりかの?」

「はい。未開拓の地であれば少なくとも狩人からは逃げ切れますので」

「じゃが未開拓地には先人が開拓できなかっただけの理由があるぞ?」


 それは荒廃した土地であったり、気候変動の激しさであったり、害を為す魔物が跋扈していることだったりするのだろう。そんな過酷な環境で本当に生きていくことができるのか。そうコハクは問う。


「理解しています。それでも狩人と直接戦うよりは生存確率は高いと考えてます」


 幻影都市の眷属を圧倒し、クレディウスまでも追い詰めた狩人の実力は疑うまでもなく。

 絶対に相手にしたくない意志をメリアは口にする。


「それは貴女の話でしょ。師匠があの程度にやられると本気で思ってるの?」

「えぇ………」


 ダイナの過剰なまでの信頼に思わず、困惑の声が漏れ出る。

 評価されて悪い気はしない。だが、これは流石に買いかぶり過ぎであり一種の罠なのではないかとすら思えてくる。

 そう感じたのは自分だけではないようで、メリアが反論する。


「ウォルトさんの何処を評価すればそこまで言えるのですか?」

「うんうん」

「人よりあるのは知識と好奇心だけで、実戦に関して言えば殆ど素人同然ですよ」

「え? 俺、今、貶されてる……?」


 正当な評価による援護かと思えば想像以上の火力が心に直撃する。


「そんな訳ないでしょ? 師匠と一緒に居る割に、何も知らないのね? 可哀想」

「そうですか。ダイナさんこそ、師匠師匠と慕っている割に当のウォルトさんの記憶にすら残ってないじゃないですか? この八年間、お弟子さんが居るという話は一度も聞きませんでしたよ」


 加熱する議論は一種の煽り合いにまで発展し始め、ダイナが魔法陣を構築し、メリアがそれに応えるように魔剣の柄に手を添えた瞬間。


「―――そこまでじゃな」


 パン。と手を叩き、その場を諫めるコハクの声が響き渡った。


「その議論は不毛でしかないじゃろう? お主らの口にするウォルトは大森林で術者であるクレディウスとミズチを相手に生き残った。これだけで力がある証明になる。じゃが、誰が相手でもという話はクレディウスを討ち果たせていないことから、否定もできる」


 そう言って議論を整理し、コハクは結論を簡潔に口にする。


「つまりどちらも一理あるが、見方によっては裏返るということじゃな」


 お互いに非があるという着地点を用意することで、二人を落ち着かせた。

 そうして一触即発の空気が解消されたのを見て、コハクは改めて最初の議論に対して自分の考えを口にする。


「急いで結論を出す必要もないじゃろ。まだお主らに出した依頼は解決しておらぬからのう」

「……それもそうですね。先ほどは失礼しました」


 改めて多くのことを話し合ったことで、忘れつつあったが未だに制御門の依頼は解決できていないのだった。

 状況が大きく変わったが、それでも一度受けた依頼は完遂したい理念は共通していて、メリアは結論を保留したようだ。

 そんなひと悶着を経て落ち着いた部屋に、


「―――」


 慌ただしく屋敷の廊下を駆ける音が近づいて来る。

 何か問題が起きたのだろうか? そう思いながら、開く襖に目を向けると、そこには淡い黄色の髪を乱したカヤの姿があった。


「―――っ様が…………!」

「なんじゃ。落ち着いて申せ」


 全員の視線が向けられる中、コハクの言葉を受け、カヤは深呼吸して今度は正確に言葉を紡いだ。


「―――ビャクヤ様が目を覚まされました」

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