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第三十五話 烈炎

 一面に広がった紅い華々が静かに消えゆく中、ビャクヤの宣告が響く。


「………終わったのか」


 僅かな歓声が耳に届くも、どこか実感が湧かない。

 激戦を制したというのに、今はただただ安堵の気持ちが大きい。

 そんな感慨に耽っていると、


「―――っ!?」


 突如、呼ばれたかと思うと誰かに抱きしめられた。


「…………ルトさん……! ォ…………トさん…………」


 声にならないような声で、メリアは名を呼び続ける。

 震える声が胸を締め付け、彼女の涙が心に重く圧し掛かる。


「あぁ………」


 別れてからたったの三日程だが、相当な苦労を掛けてしまったことは想像に難くない。

 多少の文句も覚悟していたが、ティナを護り抜き、災害となるミズチを討ち果たし、そしてビャクヤと共に無事に生還、と振り返ればこれ以上ない成果だった。だが、その実感も、今はまだ遠く感じられる。


 そんなことを思い、嗚咽を漏らすメリアをそっと撫でながら、視線を前方へと投げた。

 するとビャクヤと目が合う。


「…………」


 言葉はなく、ただ静かに彼は頭を下げた。

 その沈黙にこそ、彼の気遣いや、再会のために水を差さぬようにという優しさが感じ取れる。

 それでも、勝利の余韻は充分に分かち合えたことを、心の中でしっかりと認識することはできた。

 そして再会の瞬間は、ビャクヤにも訪れる。


「…………にぃさま……?」


 恐る恐る、少女の姿がビャクヤの元へと向かう。

 都市の代表としての気丈な振る舞いを見せていた彼女が、今は一人の家族として震えるような声でその名を呼ぶ。


「…………」


 二年ぶりの再会。そのはずだった。

 しかしビャクヤは沈黙し、その目にどこか痛みを秘めながらも口を開いた。


「…………約束は守れぬようだ。済まない」

「え…………?」


 僅かに聞こえたその言葉と共に、ビャクヤの全身から紅い華が咲くように血が滲み出し、次々と傷口が現れる。

 まるで隠していたものが露わになるように。

 彼が背負っていた痛みが、疲労が、そして代償が瞬く間に顕在化していく。

 そうして全てが暴かれた時、ビャクヤは力なく地面へと倒れ込んだ。


「兄様!?」


 コハクの声が響き渡り、彼女はすぐさまビャクヤの元へと駆けよる。

 そして、予期せぬ衝撃に固まったままの少女の名を叫んだ。


「カヤ至急、兄様の手当じゃ! 急げ!!」

「は、はい!!」


 遅れてカヤが反応し、ティナを地面に寝かせるとすぐにビャクヤの元へと駆けていく。


「恨み言の一つも聞かぬまま逝こうなど許さぬぞ……」


 カヤがビャクヤに治療を施しているのを見届けながら、コハクは唇を噛みしめて呟く。

 その光景を目にし、メリアから少し離れ、ビャクヤの元へと向おうとしたその瞬間。


「あれ……」


 身体が急に重くなり、力が抜けていくのを感じる。

 意識が遠のいていく感覚に、以前のマナ欠乏症とは違う不安が(よぎ)った。

 身体を限界以上に酷使した結果だと直感するも既に遅く。


「―――ウォルトさん!?」


 反射で再び抱き留めてくれたメリアに感謝しながら、意識は深い闇の中へと落ちていった。


--- ---


 同時刻、火の燃え広がる森の中。

 衝突した二人の勝敗は既に決していた。


「はぁ……っ、はぁ……」


 肩で息をしながら膝をつくダイナ。

 対するクレディウスは衣服すら乱さず、余裕の笑みを浮かべていた。


「大言壮語だったようだな? 小娘よ」

「………そう? あたしはそう思わないけど」

「虚勢とは愚かだな」

「愚かさは魔術師には必須な才能よ」 

「己の立場も理解できぬとは、哀れなものだ」


 クレディウスの声には、勝者の余裕が滲んでいた。

 冷たく見下ろす瞳の奥には、どこか歪んだ優越感が宿っている。


「目覚めた時にも魔術師と言われていた者が居たが、貴様ら劣等種では所詮その程度か」

「…………目覚めたとき、ね。………ふぅん、やっぱりそういうこと」


 ダイナは息を整えながら、納得するように呟いた。


「―――二年前。王国が調査していた遺跡で、調査隊と責任者の魔術師が惨殺された事件。

 犯人は貴方ね?」

「如何にも。盗人に相応の報いを与えたまで」

「それに関係した研究施設襲撃事件も、貴方ね?」

「我らの物を取り戻すのに躊躇う理由などあるまい?」


 後ろめたさすらも見せることなく、清々しいまでにクレディウスは全ての罪状を肯定した。


「そう。まさかこんな所で王国が調査しても依然、解決しなかった真相が分かるなんて思わなかった」

「土産は充分であろう。貴様も魔術師なら同じ死に方で送ってやる」


 一歩、また一歩と詰め寄りながら詠唱を口にし始めるクレディウス―――

 だが、


「確かに充分ね。偉大な愚かさを秘める貴方に一つだけ忠告よ」


 膝を立て、ゆっくりと立ち上がるダイナ。

 口元に乾いた笑みを浮かべながら、迫るクレディウスへと投げかける。


「現代の魔術戦に於いて、勝利を確信するのは最悪よ。

 だって魔術師は必ず奥の手を隠しているから」

「なに………!?」


 その瞬間、辺りに広がっていた火の粉が舞い上がり、炸裂した。

 炎に干渉され、クレディウスの術式が乱される。


「この程度………!! 『風よ(ウェントゥス)!』」


 阻害された術式を破棄し即座に術式を構築し直すことで世界に干渉するが、思うように発動しない。


「どうなっている……!?」


 術式が乱れ、干渉すらままならない。

 その間にも、周囲を包む炎がさらに勢いを増し、結界のようにその場を世界から断絶していく。


「それと認識が間違ってるみたいだから、一つだけ教えといてあげる」


 余裕を失ったクレディウスをよそに、ダイナは淡々と告げる。


「同じ魔術師と侮っていたけど、序列十三位の彼と一緒にするからこうなるのよ」


 彼女の言葉と共に炎はさらに勢いを増し、クレディウスを包み込んでいく。


「ぐあぁぁッ!!」


 男の悲鳴が森に木霊する。

 ダイナは無言で手を掲げ、魔法陣を展開させた。


「大いなる火よ。我が手に集いて、大火と成せ………」


 詠唱に呼応して、魔法陣に火が宿る。

 それは次第に大きく、そして渦を巻いて大火へと成長していく。

 そうして一つへ集った火焔は凄まじい圧力を帯びた。


「―――焼き払え! 大烈炎メガス・ピュルカイアー!」


 解き放たれた烈炎は轟音と共に放出され、森の一角を薙ぎ払うように焼き尽す。

 そして―――、


「……なんだ、結局逃げるしか能がないじゃない」


 視線の先には、僅かに残された転移術式の残滓。

 黒焦げの地面を見下ろし、吐き捨てるようにそう呟いた。

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