第三十四話 繚乱
「孤影流・新式『逆波』」
「暴 旋風!―――メリア!!」
「はい!!」
それぞれの掛け声に合わせ、二人の剣士と一人の魔術師が巨大な竜を相手に戦場で入り乱れる。
最初と比べ、前衛が二人になったことで安定感が抜群に増し、互角以上に戦えている。が、それでもやはり決め手に欠ける。
「……まだ倒れないか」
魔法陣を展開しながら、満身創痍のミズチを見てそう口にする。
刻まれた傷は無数に増え、メリアの魔剣により傷口から体温すら奪われていてなお、その巨体は限界を知らず動き続けている。
「……やはり埒が明かぬな。ウォルト!」
ビャクヤに呼ばれ目を向ける。
すると彼は声が届いたと判断したのか、すぐさま次の言葉を紡いだ。
「余が時間を稼ぐ! その間、余の時間を稼ぐための準備を頼む!」
「………了解だ! メリアはそのままビャクヤの援護を頼んだ」
「分かりました」
ビャクヤの指示に少し戸惑いこそしたものの、何か策があるのは明らかで。
今はそれに賭けるしかない。
「少し時間が掛かるぞ!」
「心得た」
すぐに戦線から離脱し、魔法陣の作成に取り掛かる。
悩んでいる時間などないが、ビャクヤの時間を稼ぐだけの大魔術。
一体どれだけの時間を稼げばいい。ミズチ相手に何処まで時間を稼げる。
ミズチを侮れば死の天秤はこちら側に傾く。故に一度使用した魔術は通用しないと考えるべきで。
「くそっ……」
即興でやるには強力な術式はリスクが大きく、安定した術式を優先すれば時間を稼げるかは怪しくなる。
悠長に考えている暇など無いというのに。
そう苦悩していると、背後から声が掛かる。
「手が止まっておるぞ」
振り返るとそこには目を赤く腫らしたコハクの姿があった。
「お主の為に持ってきた。これを使うとよい」
そう言って差し出されたのは、見覚えのある紙だった。
「まさか。狐紙か!?」
「その通りじゃ。役立つと思っての」
「最高だ! これならいける!!」
現状を打開するには最適な一手をコハクから受け取り、すぐさまペンを走らせる。
ミズチに使ったことがなく、一定以上の時間を稼ぐことが見込めるであろう独自の魔術。
書き上げてすぐマナを通し、起動する。
「氷晶爆発!」
詠唱と共に狐紙が燃え、巨大な魔法陣が湖全体に広がる。
すると気温が下がり、地表に霜が降り冷気が立ち込めた。
「準備完了だ!! いつでもいける!」
「承知した!」
そう言うとビャクヤはミズチから距離を取り、刀を納めて集中する様に目を閉じた。
「メリア! 今だ!!」
幻影都市での経験からメリアは理解していると云うように頷き、魔剣を切り上げるように振るった。
直後、魔剣から放たれた氷結の波が漂う冷気に反応して、凍結の連鎖爆発を引き起こしていく。
「どうじゃ……!?」
客観的にも手応えを感じたのか、背後のコハクが思わずそんな声を漏らす。
「…………」
爆発は確実にミズチを巻き込んだ。凍り付くのは免れないはずだ。
淡い期待を抱きながら、徐々に晴れる視界に集中する。
すると見えてきたのは歪な氷像だった。
丸みを帯びた氷像を前に僅かながらの喜びと、それ以上の不安が去来する。
動きを封じた。そのはずだ。それなのに、この違和感は一体……。
巡る思考に答え合わせをするように、氷像に亀裂が入った。
「そういうことか……!」
丸みを帯びた氷像は凍結の瞬間にミズチが生み出した水の膜であったのだろう。
気付くにはもう遅く。
氷が砕け、中から現れたミズチが咆哮を上げる。
「―――!!」
「力不足か……!」
己の力量不足を嘆いても仕方なく。
狐紙は使った。メリアの協力もあった。
それでなお、時間を稼ぎきれないのなら、命を代価に時間を掴み取れ。
「風よ―――」
躊躇うことなく、ミズチの元へと走り出す。直前、コハクに腕を掴まれ制止された。
「自殺行為はやめんか!」
「今、時間を稼がないと……!」
「時間を稼ぐなら妾が居るじゃろう」
「だが……」
これ以上、口にするのは躊躇われた。
幻影。それは確かに強力な目くらましになる。が、ことミズチに於いては、瘴気という最悪の切り札を誘発する一手にしか成り得ない。
そんな思考が表情に出てしまっていたのか、コハクは察したように口を開く。
「仔細は知らぬが、妾では役に立たない。そういうことじゃな?」
真っすぐな瞳でそう尋ねてくるコハクに明言せず、静かに頷くことで同意を示す。
「そうであったか。じゃが、他に手が無いのも事実……」
厳しい現実を突きつけられ、コハクは深く考え込む素振りを見せ、一つ思い付いたように口にした。
「…………お主に問う、都市で言っておった続きを覚えておるか?」
「都市で言っていた続き?」
「お狐様を騙せと言っておったアレじゃ」
「―――まさかっ!?」
「お主の理論が正しければできるはずじゃ。違うか?」
不敵な笑みを浮かべ、尾を揺らしながらコハクはそう口にした。
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「はぁッ……はぁっ……」
魔剣を握り、一人果敢にメリアは竜の攻撃を凌ぎ続けていく。
氷像が砕けてから数十秒。散乱した氷の残骸に足を取られないよう気を付けながら、地面から噴き上がる水流を躱し、襲い来る凶爪を受け流していた。
そうして幾度目かの攻撃の際、メリアは信じられないものを目撃する。
「うそ……」
視界を走るは白線。
その手に握られしは二本とないはずの魔剣。
まるで鏡写しと言わんばかりに二人目の少女の姿がそこにはあった。
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「ッ……!」
脳が処理しきれず頭が割れそうな痛みに襲われながらも、コハクの背に手を当てて術式維持をしつつ幻影に指示を的確に飛ばしていく。
「援護は任せてくれ!」
鼻から嫌な雫が伝うのを感じながらも、メリアへと声を張り上げる。
「こんな状況じゃなければ、最高だったんだがな……」
コハクの尾の術式を手探りながら構築して九本目としての役割を担い、そして激しい戦闘の渦中にあるメリアの邪魔をしないよう的確に援護する。失敗できない緊張感と想像以上の処理の多さに身体中が悲鳴を上げているのを感じる。
「じゃが、これであれば問題は解決じゃろうて。ほれ、集中せんか」
「分かってる……」
普通の幻影であればミズチの瘴気を誘発することになる。
だが、それはミズチが幻影であると判断できた時の話であり、ミズチ自身が幻影を偽物であると判断できない場合はその限りではない。
実質的な幻影の神であるお狐様を騙そうというのだから、たかが竜ぐらい騙し切れなくてどうするというのか。
「そこ数歩先、水が噴き上がるぞ」
「あぁ……!」
本物であると錯覚させ続ける為に被弾は許されない。
指示を飛ばし、間一髪で回避に成功させる。
魔剣を持ってはいるがあくまでも都市の幻影には劣るため、頼りにはできない。故に攻撃できないことから、いずれはバレる。
それでも立ち回りに気を付け、メリアと幻影の立ち位置を交互に入れ替え続けることで攻撃しない偽物がいるのを悟らせないようにすることはできる。
「ぐっ……」
身体の限界だろう。視界が明滅し、口内に鉄の味が広がる。
そして目が回る感覚に襲われ、思わず膝を着く。
疲労の積み重なった肉体に更なる負荷を与えたのだから当然と言えば当然である。
それでもなお、意地で倒れそうになる肉体を立て直す。
「まだだ……」
戦いは終わっておらず、コハクもビャクヤも、そして何より信頼してくれているメリアが未だに戦場で駆けているのだ。ここで倒れる訳にはいかない。
「コハクッ……!」
「なんじゃ!?」
ただならぬ声音に驚き、肩を震わせながらコハクが応答する。
「…………幻影は昇華する程に感覚に影響を及ぼす。そうだな?」
幻影都市で得た知見から導き出された、幻影に対する結論。
「概ねその通りと言えるじゃろう」
「なら次の一撃で大きな隙を生み出せるはずだ」
「なんじゃ、何をするつもりじゃ」
困惑を隠しきれないコハクがそう叫ぶが、既に退路はなく。
「俺の全てでコハクの術式を昇華させる」
あくまで一時的な引き上げに過ぎないが、今はこれに全てを注ぎ込む。
今にして思えば制御門は封印を施し、力を借り受ける為だけのものではなかったのだろう。
契約者の成長をも促す役割を持っていた。その役割を微力ではあるが、再現してみせる。
「―――ッ!!」
コハクの術式に干渉し、拡張、調整、そして一つ上のものへと引き上げを試みる。
確証はない、それでも己の構築した理論と直感に従い適切に組み替える。
そうして作業が終わる直後、視界の端で白い尾が視えた気がした。
「今だ!」
新たになったコハクの術式が駆ける幻影へと干渉し、懐に飛び込むよう指示が飛ぶ。
それにすぐさま反応したメリアが攻撃を合わせ、両脇からミズチの側面を斬り上げた。
「―――!!」
ミズチの悲鳴が響く。
幻痛とでも云うべきだろうか。
幻影から受けた場所に傷などないのに痛みを感じたはずだ。
受けた側にそんな事実など理解できるはずもなく、ミズチはただただ仰け反った。
それが致命的で、最大の過ちだと知らずに。
「―――ビャクヤ!!」
少し離れた場所で集中しながら待機していた彼へ声を上げる。
「よくぞ、持ち堪えた」
落ち着いた雰囲気でそう口にし、ビャクヤは腰の刀に手を当て抜刀の構えを取った。
「孤影流・幻式」
直後、世界が一変した。
曇り空は夕暮れに。
荒れ果てた湖には一面の真紅の華が咲き誇る。
外から一陣の風が吹き、花びらが舞う。
可視化された真紅の幕は主人を連れて、主賓の元へと迫る。
刹那、
「『彼岸繚乱』」
白刃が振り下ろされ、ひと際大きな華が散る。
終わりを告げる断末魔が鳴り響き、紅い幕が下りた。
そうして力なく倒れ伏す竜の肉体を一面の紅い華々が歓迎する。
その姿を見届け、彼は刀に付いた血を振り払い。
「此度の討伐戦、我々の勝利だ!」
落ちたミズチの首を前にウラミ・ビャクヤはそう宣告した。




